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魔王軍に拾われた俺は、身も心も救われました。

──夢を見た気がする。

碌でもない異世界に呼ばれ、理不尽に振り回された末に死ぬ夢だ。


嫌な夢だった。

こんなもの、起きてしまえば忘れて終わる。


「──あ、起きた」


目を開けた先に待っていたのは、可愛い女の子だった。


「──え?誰?」


突然の出来事に、間の抜けた声が出る。


瞬間、背中に激痛が走った。


「──っ!?ぐぁ──っ!」


「まだ安静にしていてください。傷が開いてしまいます」


目の前の少女に注意される。

今の痛みで、思い出した。


あれは、夢なんかじゃなかった。


本当に異世界に召喚されて、王様とその取り巻き、街の人たちにまで雑に扱われ。

挙げ句の果てに死んでこいと言わんばかりに丸腰のまま魔獣狩りに行かされ、致命傷を負った。


夢と違うのは。


「……俺、生きてるのか?」


首だけを動かして、さっきの少女の方を見る。


褐色の肌。

金色の瞳。

黒縁のメガネ。

頭には山羊のようなツノ。

腰の辺りからは細い尻尾が見えている。


「はい。これは夢ではなく、現実です」


淡々と、しかし温かな声で少女は答える。


「あなたは、生きています」


ベッドの傍らで屈み込み、そっと俺の手を握る。

久しぶりの、人の温もりだった。


涙が溢れる。

止めようとしても、嗚咽が漏れた。


「どこか、痛みますか?必要であれば、薬を用意しますが」


心配そうに顔を覗き込む。


「……いや。人の温もりって、良いなって」


鼻声で、答える。


少女が安堵したように微笑む。


「身体だけでなく、心も傷だらけのようですね」


「私はレイン・レイシス。これから少し席を外しますが、何かあれば、左手の宝石を強く握ってください。手の空いている者が伺います」


スッと立ち上がり、扉の方へ歩いていく。


俺の方を向き直り、一礼してから部屋を出た。


彼女がいなくなった途端、部屋がやけに静かに思えた。

一人暮らしで慣れていたはずの孤独が、今はとても辛い。


「……にしても、どうやってあそこから生き残ったんだ、俺」


天井をぼんやりと眺めて、考える。

てっきり、あのまま魔獣の餌にでもなったと思っていたんだが。


あの後、何があったのか。

誰が俺を助けてくれたのか。

そもそもここはどこなのか。


レインさんが戻って来たら、その辺を聞こう。

そう決めて、再び瞼を閉じた。


「──お客様。お眠りのところ申し訳ありません」


お腹の辺りを優しく叩かれながら、声をかけられる。


重い瞼を持ち上げると、レインさんが戻っていた。


「お食事をお持ちしました。食欲はありますか?」


良い匂いが鼻をくすぐる。


「──食欲はあります。有り余ってるくらいです」


この香りだけで元気が出る。

流石に、自力で身体は起こせないが。


「それは良かった。消化に良いものを中心に作らせました。お口に合うと良いのですが」


レインさんに身体を支えられながら、上体を起こす。

木のプレートに乗っていたのは、リゾットのような米料理。

それと、細かく刻んだ野菜が入ったスープだった。


「お皿は持てますか?」


お椀とスプーンを持って、レインさんが問う。


一応、腕は動かせるが。


「食べさせてもらって、良いですか」


甘えさせてもらおう。

こんな機会でもないと、出来ないし。


一口ずつ冷ましてもらって、食べる。


舌と胃に優しい味。

さりとて薄味というわけでもない。


昼間に食べた、あの露骨に態度を変えてきた店主のホットサンドよりも、ずっと美味い。

また、涙が溢れてきた。


「熱かったですか?」


「いや、久しぶりに美味いもん食べたなって」


レインさんが、また微笑む。


「疲れた心には暖かい食事が一番ですから」


スープを掻き混ぜて、レインさんが口を開く。


「食後に、リエル様との面会があります」


「体調次第では別日に変更も出来ますが、いかがしますか?」


リエル様。

レインさんの上司だろうか。


「いえ、会わせてください」


怪我人の俺をこれだけ介抱してくれたんだ。

きっといい人に違いない。

お礼を言わなければ。


「分かりました。では、そのように伝えてきますね」


完食してから、皿を下げてもらう。


食事の余韻を楽しんでいると、扉がノックされた。


「お客様。リエル様がお越しです」


レインさんの後ろから、美しい女性が現れた。


灯りに照らされ艶かしく輝く褐色の肌。

濡羽色の髪と、長く尖った耳。

豪奢なドレスと宝飾品。


失礼だと分かっていても、その顔を、肢体を目で追ってしまう。

それほどまでに魅力的だった。


「良かった。元気そうですね」


にこやかな笑顔で、俺を見る。


「私は影の国の女王、ダークエルフのリエル・アリエル」


「貴方のお名前は?」


「黒木志郎、二十四歳。人間……です」


リエルさんに倣い、名前と種族名を名乗る。


「人間……久しいですね、人間がここに来るのは」


リエルさんが俺の目を見据える。

あの国王とは違う、優しい目。


「さて、どこから説明しましょうか。何か聞きたいことはありますか?」


俺のそばに椅子を寄せて、腰を下ろす。

その所作だけで、高貴な立場なんだと理解した。

まあ、王様なんだから当然だろうが。


「ここは、どこですか。なんで俺は生きてるんですか。俺を助けてくれたのは、誰ですか」


気持ちが逸り、寝る前に聞こうと思っていたことをいっぺんに聞いてしまう。


「ここは私たちの城、セレネー城です」


「貴方を助けたのは、我が軍の兵士です。本当に偶然、そばを通りかかった時に貴方を見つけたそうです」


「治療は主にレインが担当しました。他にも医療担当者が数名、交代で面倒を見ていましたよ」


リエルさんは嫌な顔一つせず、俺の質問に答えてくれる。

それだけのことが、今の俺には信じられなかった。


「……なるほど。ありがとう、レインさん、リエルさん」


「いえ、私は私に出来ることを成したまでです。それと──」


一拍置いて、レインさんが微笑む。


「レイン、で良いですよ。“ロウ”」


……また、名前を聞き間違えられた。

日本名は馴染みがないだろうから、仕方ないか。

それに、あだ名みたいで悪くない。


「……ありがとう、レイン」


改めて、礼を言う。


「レイン。引き続き彼の治療を行って。動けるようになったら、リハビリを兼ねて城の外を案内してあげて」


「はい。リエル様」


レインがリエルに頭を下げる。


「では、私はこれで。また今度お会いしましょう、ロウ」


リエルが部屋を出る。

直前、振り返って軽く手を振った。


「では、このまま治療の続きを行います」


レインが俺の胸の辺りで手を重ねる。

手のひらに光が灯り、身体の痛みが少しずつ引いていく。


「──あなたには、この街を、世界を知ってもらいたいですから」


それだけ言って、後は治療に集中していた。

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