理不尽の果てに、俺の異世界生活は終わりを迎えました。
兵士に連れられて、城から出る。
「えっと……客室で泊まりとかじゃないのか?」
「生憎だが、空きがなくてな」
困惑する俺を、兵士は冷たく突き放す。
こんな大きな城で空きが無いなんて、そんなことがありえるのか。
雑に巻かれた紙を投げ渡される。
落としかけながら受け取ると、兵士は興味なさげに鼻を鳴らした。
開いてみると、地図だった。
「バツ印が城、赤い丸がお前の宿だ。地図の読み方は分かるな?その通りに行け」
「それと、これは宿代だ」
淡々と説明され、小さな麻袋を渡される。
薄々、あの王様たちにとって俺が客人ではないことを察した。
勝手に呼び出しておいて、なんて理不尽だ。
出張先のお客さんの方がまだ気が利いていた。
さっさと行けと言わんばかりに兵士が槍を地面に突き立てる。
仕方なく城を後にして、地図の通りに街を歩いていった。
街は、それなりに活気があった。
木造と石造の家。
石材を敷き詰めた道路。
そこを行き交う人々。
露店では果物や干し肉が売られている。
──人目が気になる。
まあ、ここの人たちからしたら、この作業着は異質だろう。
少し目を伏せながら、目的の宿に着く。
想像を絶する、ボロ宿だった。
所々朽ちた木材。
屋根や外壁には蔦が絡まり、金属の部品は錆び付いていて外れかかっているところもある。
地震が起きたら真っ先に倒壊しそうだ。
意を決して、戸を開ける。
中年の男が、フロントで気だるげに頬杖をついて居眠りしていた。
「……すいません、部屋は空いてますか」
恐る恐る、聞いてみる。
男が、不機嫌そうに起きた。
「……あん?客か?」
俺の顔を見ると、小さく舌打ちして机の下を漁る。
鍵を取り出して、机に放り出す。
「……二〇一号室」
それだけ言って、また寝始めた。
コイツもまた、感じが悪い。
鍵を持って上階へ。
言われた部屋を開ける。
軋む床。
カビ臭い布団。
淀んだ空気。
……ここで寝たら何かの病気にかかりそうだ。
「……最悪、野宿か」
ボロボロの椅子に座ると、ギシギシと音が鳴った。
脚の長さが合っておらず、常にぐらついている。
せっかくの異世界召喚なのに、なんて雑な扱いだ。
召喚早々、期待外れと言わんばかりに殺されそうになった。
その上雑に追い出された。
しかも追い出し先は今にも崩れそうなボロ宿。
この様子では、食事も期待できないだろう。
「どこかで、飯でも買うか……」
硬貨の入った麻袋を握りしめ、外に出る。
フロントのオヤジは、寝たままだった。
当てもなくフラフラと、食事を探して歩く。
さすがにコンビニはないだろうが、大衆食堂みたいなものはあるだろう。
しばらくすると、良い匂いが漂ってきた。
肉の匂いだ。
匂いに釣られて早足で歩く。
そこには、サンドイッチ屋のようなものがあった。
店先で肉を焼き、その場で焼いたパンに挟む。
疲れた心と空腹感には、抗えなかった。
「すいません、これ一つください!」
思わず声が大きくなる。
店主は、にこやかに対応してくれた。
「お!救世主様か!?もしかして召喚されて最初の食事は俺のところかい?嬉しいねえ!」
──ん?
「……どうして、俺が救世主だって知ってるんです?」
思わず聞く。
まだ俺がこの世界に来て数時間しか経っていないはずだが。
「なんでって、その格好、外から来たんだろ?もう国中アンタの話題で持ちきりだぞ」
店主が一枚の紙を渡してくる。
何やら文字のようなものが書いてあるが、俺には読めない。
「……すいません。なんて書いてあるのか教えてくれませんか?」
書いてあることはなんとなく察しがついたが。
紙を店主に返す。
「ああそうか、アンタはこの世界の人間じゃないから読めないのか」
「“⚪︎月⚪︎日、影の国の魔王を討ち、我らが王国に永遠の平和をもたらす救世主が外の世界より来たる”」
──なんだって?
もう国中に喧伝した後だったのか。
しかもめちゃくちゃ強そうじゃないか、この救世主。
唖然とする俺を見て、店主が訝しむように覗き込む。
「ところでアンタ、服が汚れているが……もしかしてもう魔王軍とやり合った後か?」
「……いや、まだ宿を紹介されただけで……」
混乱と困惑で言葉が詰まる。
あんな冷たく追い出しておいて、国民には既に大々的に宣伝済みとは。
絶対的な自信があったんだろうな、あの王様たち。
「……まあ、救世主様もお客様だ。ウチのホットサンドは美味い。それは保証するぜ」
店主のテンションが露骨に下がった。
そりゃそうだ。
噂の救世主様が来たと思ったら、なんて事はない、普通の日本人が飯を食いに来たんだから。
料金を払い、ホットサンドを受け取る。
味は、まあ普通だった。
なのに、この暖かな食事を食べた途端、少し涙が出そうになった。
「はあ……宿に帰りたくないな」
このままでは本当にあのボロ宿で一泊だ。
いや、一泊どころではない。
ここを拠点にする限りずっとあそこだろう。
愛する我が家が、さっそく恋しくなった。
通りのベンチで項垂れる。
街の人たちがチラチラと俺を見ながら小声で話す。
もう既にこの街全体に、俺の存在が知れ渡っていた。
たまたま拾った、救世主様のチラシを見る。
みんな、俺とこの紙を二度見、三度見する。
「あれが救世主様?」
「思ってたのと違うな」
「なんだか汚らしいわ」
「偽物なんじゃねえか?」
ある人は首を捻り、ある人はため息をついた。
子どもたちは笑いながら小石を俺の方へ蹴ってきた。
酔っ払いはニヤつきながら俺に肩をぶつけてきた。
異世界に来たのに、どうしてこんな目に遭わないといけないのか。
目に涙が溜まる。
──遠くから、金属のぶつかる音がする。
音の方を見ると、さっきの兵士が俺に近付いて来ていた。
「仕事だ。こい」
短く一言。
俺の腕を持ち、身体を引き上げる。
「ま、待ってくれ!仕事ってなんだ!?」
「城壁の外に魔獣が出た。倒してもらう」
そのままズンズンと連れて行かれる。
振り解けない。
「なあ!せめて武器はあるんだよな!?それか何人か手伝いとか!」
兵士が呆れたようにため息をついた。
「救世主なら何事も一人で成し遂げるものだろう」
「それに、お前はモノ作りが得意らしいじゃないか。武器くらい自分で用意しろ」
また理不尽を突きつけられた。
こっちは喧嘩もしたことがないんだぞ。
害獣駆除なんてもってのほかだ。
それにあの盾を作った能力についても分からない事が多すぎる。
こんな状態で戦いに出るなんて自殺行為だ。
有無を言わさず、城壁の外に放り出される。
「救世主ならこれくらい出来て当然だろう。ゆえに魔獣を倒すまでこの門を潜る事は許さない。それが王命だ。そら、行ってこい」
槍を突き立て、威嚇する。
「……っ!もう、戻ってこないかもな!」
涙を浮かべ、捨て台詞と共に駆け出す。
もう嫌だ。
クソ上司にクソ環境。
現実世界と何も変わらない。
ここに戻るくらいなら、野宿の方がまだマシだ。
しばらく平野を走り、やがて疲れてへたり込む。
「んだよ……魔獣なんてどこにもいないじゃないか」
腹が減った。
喉も乾いた。
気がついたら日は沈み、月が顔を出していた。
草原に大の字で寝転がる。
疲労感で瞼が重くなってきたところに。
──異音。
ガサガサと、何かが動く音。
慌てて飛び起きる。
目の前に、獣がいた。
真っ白な眼光、隆々とした筋肉。
並の生物なら一撃で仕留められそうな、爪と牙。
──終わった。
俺の異世界生活、ここで終わりだ。
魔獣は俺の気も知らず、飛びかかってくる。
咄嗟に顔を庇うように手を振ると、盾が現れて爪と激突した。
「──くっそおおおお!」
必死に盾を振り回す。
だが、魔獣は横に飛び、簡単に距離を取る。
目で追えない。
「え──」
瞬間。
背中に鋭い痛み。
魔獣の爪が、肉を抉った。
味わったことのない痛み。
血が吹き出す感覚。
冷たくなる身体。
視界が霞んでいく。
どこに行っても、結局同じか。
──本当に、散々だったな。俺の人生。




