リエルの過去と、フォレスタでの仕事
地下牢に入れられた翌日。
ローズが再び現れた。
「お前たちの処遇が決まった」
「喜べ。我々の王、マリー様が謁見を許した」
「本当か!?」
レインの言う通り、良い方向に話が進んだ。
最悪の事態は回避できた。
「ついては、お前たちの持ち物にあった礼服に着替えてもらう」
「これからすぐに謁見だ。出るぞ」
まずレインの牢が開けられ、腰紐を引かれる。
次に、俺も連れ出された。
「ね?言った通りでしょう?」
「ああ。ありがとな、レイン」
「──私語は慎め。お前たちはまだ許されたわけではない」
ローズの後ろでコソッと話したが、怒られてしまった。
階段を登って、地下室から出る。
木造の簡素な内装の部屋に出た。
廊下を歩き、少し大きな部屋に出る。
真ん中に衝立が置かれ、両端に俺たちの服が置かれている。
「ここで着替えろ。生憎、用意できた部屋がここだけでな」
「……マジで?」
レインは何も言わずに服の方に歩き出す。
俺も慌てて自分の礼服の元に向かう。
──衝立の向こうが気になる。
微かに聞こえる衣擦れの音。
この薄い衝立一枚を隔てた先で、レインが着替えている。
(……ダメだダメだ、考えるな!)
頭を横に振って、煩悩を払う。
油断しすぎだ。
まだローズたちが味方になると決まったわけじゃないんだぞ。
いそいそと礼服に着替える。
以前、俺の新しい作業着を仕立ててくれた羊の獣人によるオーダーメイド品。
サイズもぴったりだ。
「よし、両方とも着替えたな」
「これからマリー様の元に向かう。無礼のないようにな」
衝立の向こうから、レインが現れる。
凛としたパンツスタイルに、ワンポイントの白が可愛らしい。
彼女のスタイルも相まって、見惚れる美しさだ。
(……似合ってるな)
(ロウもですよ)
小声で褒め合うと、二人で少しだけ笑った。
ローズに連れられ、建物の外に出る。
そこは、幻想的な光に包まれた集落だった。
淡い光を発する大小様々なキノコが、街灯代わりに街を彩る。
藁葺き屋根の家の軒先には、蛍のような虫を入れたカゴが吊るされている。
「ここが、フォレスタ……」
「なんて、幻想的な景色なんでしょう……」
レインと二人で息を呑む。
見たことのない現実離れした光景に、言葉を失う。
「あれがマリー様の家だ。行くぞ」
ローズが指し示した方向には、一際大きな樹木があった。
この集落全体を覆い隠そうとするような枝ぶり。
根に近い部分には、観音開きの扉が取り付けられている。
そう遠くもなく、少し歩くとすぐに着いた。
木製のノッカーで扉を叩き、ローズが背筋を伸ばす。
「マリー様。例の侵入者二名をお連れしました」
ローズの言葉の後、内側から鍵の開く音がした。
「良いぞ、入れ」
扉がゆっくり開かれる。
そこには、一人のエルフが膝を崩して絨毯の上に座っていた。
一際長く、少し垂れ下がった耳。
美しい銀髪は、身長の倍以上はありそうな長さで、丁寧にまとめて背中に流している。
見るものを吸い込んでしまいそうな、深い紫水晶のような瞳。
王として玉座にいるときのリエルとよく似た、ドレスのような服。
「すまないな、このような場所で」
「さあ、座りなさい」
手で座布団を示される。
レインと並んで正座で座る。
ローズは俺たちの背後に立って、睨みを効かせている。
「私はマリーゴールド・フレグランサ」
「このフォレスタの首長をやっている」
「マリーゴールドでは長いだろう。マリーで良い」
「私はレイン・レイシスです」
「おっ──私は、黒木志郎。影の国からの使節として、参りました」
レインが布に包まれた箱を取り出す。
おそらく、レインの方の着替えと一緒に置いてあったのだろう。
「こちら、リエル様からの土産となります」
「これはこれは、ご丁寧に」
丁寧に布を解き、箱を開ける。
中に入っていたのは、複雑な模様の描かれた磁器の皿とカップ。
それと、影の国で採れるノーチェ・ディアマンテと呼ばれる黒いダイヤの指輪だった。
「……この模様」
「やはり、リエルなのだな」
「──!やはり、生きていたのですか!」
皿に描かれた模様を、マリーが懐かしそうに眺める。
ローズも食器を見て、驚いたような声を上げる。
「やはり、リエル様のことをご存知なのですね?」
レインが背筋を伸ばしたままマリーに問う。
マリーは視線を食器から俺たちの方に移した。
「ああ。何を隠そう、リエルは元々ここの民だったのだ」
「この食器に描かれた模様は、リエルが考えたものでな。風に揺れる木々を表している」
「二十年前にエルフ狩りに遭って、行方不明になっていたのだが……生きていてくれたとは」
マリーが愛おしそうに皿を撫でる。
ローズもマリーのそばに寄り、カップを手に取った。
「ああ……リエル。本当に良かった……」
「──今までの非礼を、詫びさせてくれ」
「それと、礼を」
「私の友を──リエルの生存を伝えてくれて、ありがとう」
カップを胸元に寄せて、ローズが俺たちを見る。
「いえ。ローズさんの対応は国を守る者として真っ当なものでした。謝ることではありませんよ」
俺は背筋を伸ばしたまま答えた。
実際、検品から拘束までの手際の良さは見習いたいものだったし、取り調べでも暴力的な手段は取らなかった。
「──マリー様。質問、よろしいでしょうか」
「ああ。どうした?」
レインが手を挙げて質問する。
「森の中でも、私たちに向けてローズ様が言っていました」
「エルフ狩りとは、なんでしょうか」
レインの質問に、マリーとローズが眉を寄せる。
最初に口を開いたのは、ローズだった。
「我々エルフを捕えて、奴隷として売る」
「それを稼業とする下劣な連中がいるのだ」
「──人身売買……!」
思わず声が漏れてしまう。
人の尊厳を踏みにじる、最低の行為。
しかもそれを業として行うなんて。
「我々エルフは、他の種族と比べて数が少ない」
「普通のエルフはもちろん、リエルのようなダークエルフや、長い年月を生きたアークエルフともなればさらに高く売れる」
「だからこうして森の中に身を隠し、魔法で侵入者を迷わせて都度捕えてはいるのだが……」
マリーが視線を落とす。
この様子では、まだ完全に解決はしていないらしい。
「近ごろ、この森の中にエルフ狩りの拠点を作った連中がいるようでな」
「行方不明者が増えてきている。おかげで狩りや採集に行く者が減り、食料不足に陥っている」
「我々成人はまだ良いが、子供たちの食料が減っているのは死活問題だ」
ローズも深刻な顔で続く。
人が攫われ、国が回らなくなる。
これは、確かに大問題だ。
「──我々に、手伝えることはありますか」
前に乗り出し、マリーの目を見る。
リエルの故郷が無くなるかもしれない。
そもそも人身売買なんて非道、見逃すことなんてできるわけがない。
「──手を貸してくれるのか、二人とも」
「もちろん。このまま去るなんてできませんから」
レインも強い意志を宿した瞳で答える。
「──ありがとう。助かる」
ここでの俺たちの仕事が決まった。
エルフ狩りの拠点を見つけて、連中をこの森から叩き出す。
エルフ狩りを狩る、それが俺たちの仕事だ。




