尋問官ローズと、明るいサニー
ローズが机に羊皮紙を置き、羽ペンを持つ。
「──では、名前は?」
「黒木志郎。仲間からはロウと呼ばれてる」
俺の声を聞きながらローズがペンを走らせる。
文字自体は読めないが、それでも美しいと思える筆跡だった。
「ここに来た目的は?」
「影の国と同盟を結んでもらうための、交渉に来た」
「影の国とはなんだ?そんな国は聞いたことがないが」
ローズの目つきが鋭くなる。
俺を疑っているようだ。
「行き場のない人たちのための国だ」
「場所は──」
場所は、どこだ?
そういえば、影の国がどこにあるのか、具体的なことは知らない。
穴を介して行き来する場所だ。
普通の環境ではないことだけは分かるんだが。
「言えないか?」
「難民の寄り合いが勝手に国を名乗っているだけでは、交渉も何もないと思うが?」
ローズが手で橋を作り、顎を乗せる。
まずい、心象が悪くなった。
「……異界、といえばいいか」
「穴を介してこっちの世界と行き来する、昼が存在しない場所だ」
俺の知る情報を正直に話す。
さらに疑われるかもしれないが、こう言うしかない。
「……異界」
「今、その穴とやらを開けることは?」
「……俺には開けられない。レインでないと」
ローズが少し考え込む。
これで納得してくれると、俺としても助かるんだが。
「──首長は誰だ」
「仮にも国を名乗るなら、王か指導者がいるだろう。それは誰だ」
ペンを再び手に取り、質問を投げかけてくる。
ひとまず影の国の場所については横に置くことにしたらしい。
「リエル・ガリエル」
「彼女が俺たちの王だ」
「──リエル?」
ローズの手がピタリと止まる。
俺の方を見て、また眉をひそめる。
「知ってるのか?」
「……いや、まさかな」
「なんでもない。次の質問だ」
目線を羊皮紙に戻して、話を進めようとする。
「ちょっと待て!何か知ってるだろその反応は!」
さすがにここを見過ごすわけにはいかない。
リエルが関係しているなら、きっとスムーズに話がつけられるはずだ。
身を乗り出して、さらに話をしようとする。
だが、ローズのペン先が眼前に突きつけられる。
危うく眼球に刺さるところだった。
「──自分の立場を分かっていないようだな」
「お前は私の質問に答える以外のことはしてはならない」
「──分かったか?」
強い圧を視線から滲ませる。
口ごたえは、できなかった。
それからも、色々と聞かれた。
俺の素性や、影の国での暮らしや国民について。
羊皮紙が十枚ほど、机の上に重ねられた。
「ひとまず、こんなところか」
「そろそろお前の連れも起きているだろう。そっちからも聞かせてもらう」
「戻るぞ、立て」
椅子から立たされ、再び腰紐を引かれながら牢に戻る。
思いの外、疲れた。
喉が痛い。
「ロウ!無事ですか!」
声の方を見ると、レインが起きていた。
格子の前に座り込み、俺を待っていたようだ。
「ああ。ちょっと取り調べを受けただけだ」
牢に入り、鍵をかけられる。
ローズが壁から流れる水をコップに注ぎ、目の前に差し出される。
「飲め。喉を酷使させた詫びだ」
「安心しろ、ただの地下水だ」
「……どうも」
コップを受け取り、一口だけ口に含む。
冷たくて、喉に染みる。
特に変な味も臭いもしない、普通の水だ。
「次はお前だ。レインといったな」
「──私に話せることは、多くないと思いますが」
「この男よりは多いだろう。さあ、来い」
レインの牢が開き、連れて行かれる。
彼女らが去ってからは、静寂と水の音だけが残った。
「さて、どうしたものか……」
石畳の上に座り込む。
ズボンが水を吸って、嫌な感触をもたらす。
だが、椅子もベッドもないのだから仕方がない。
取り調べを通して感じたローズへの印象は、悪くはなかった。
少々苛烈だが、悪人ではない。
暴力も脅迫も、取り調べの中では一度もなかった。
ペン先が目に刺さりそうになったが、あれは俺が悪かった。
警戒心が強いのも、相応の理由があるんだろう。
森の奥深くに国を隠しているくらいだ。
彼女は国を守るために、できることをやっている。
「問題はどうやって警戒を解くか、だな」
リエルの名前に反応していた辺り、とりつく島もない、ってことでもなさそうだった。
どうにかして、話し合いの場を──
「ふんふふんふふ〜ん♪」
「ローズさん?荷物の検査、終わりましたよー?」
考えごとの途中で、明るい女の子の声が響く。
森で荷室の中を改めていた、あのエルフだ。
「ローズなら今はいないぞ。取り調べ中だ」
「あ!荷物番のお兄さん!おはようございます!」
小さなエルフが俺に向けて大きく手を振る。
金髪のツインテールに蒼い瞳。
ローズが大体二十代前半くらいとすれば、この子は中学生くらいに見える。
荷物番、というのが引っかかったが、まあ指摘することでもないか。
「勝手ですみませんが、竜車の中を改めさせてもらいました!」
「ついでにお利口さんなドラゴンちゃんたちをたくさん撫でさせてもらいました!」
えへへと笑いながら楽しげに話す。
「まあ、人慣れしてるからな。翠たちは」
「あ、申し遅れました!私、サニーって言います!」
小さなエルフ──サニーが勢いよくお辞儀する。
本当に元気な子だ。
社会に揉まれた身としては眩しく見える。
「……サニー」
「ひゃっ!?ローズさん、戻ってたんですか!?」
ローズの声が聞こえた直後、サニーが飛び跳ねそうなくらい大きく身体を震わせる。
「ここには入るなと言っただろう、全く」
「でも他の方がローズさんは地下牢にいるって言ってたので……」
「あ、荷物の検査終わりましたよ!やっぱり怪しいものはなかったです!」
背筋を伸ばしてローズに報告するサニー。
ローズはやれやれと言った具合に首を振っていた。
「ご苦労だった。サニー、部屋に戻ってなさい」
「はい!何かあればお手伝いしますね!」
サニーが小さな歩幅で走り去る。
それを見届けるローズの顔は、優しかった。
まるで姉妹のようだ。
「──さて、ひとまず今日の聴取は終わりだ」
ローズが綱を引くとレインが顔を出した。
何故か、妙に自信ありげだった。
「──どうしたんだ?レイン」
「いえ、思いの外話が盛り上がったので」
そのままスタスタと牢に入り、鍵をかけてもらう。
どこか異様というか、シュールな光景だった。
「お前たちから取った調書を上に回す」
「あとは上の判断次第だ」
「処遇については追って伝える。それまで大人しくしていろよ」
短く、それだけ伝えてローズも去った。
「もしかして、リエルのことか?」
「はい。関心がありそうでしたので、リエル様について色々とお話させていただきました」
なるほど。
やはりローズ個人か、このフォレスタという国自体がリエルと関係があるらしい。
「良い方向に進んでくれると良いんだが」
「きっと上手く行きますよ。リエル様ですから」
格子と通路越しに軽く笑う。
捕まっているはずなのに、どこか楽しげに。




