迷いの森のエルフたち
森に入って、どれくらい経っただろうか。
変わり映えのしない景色。
昼間にも関わらず薄暗い森の中。
道なき道を歩かされ、モンタナドラの歩く速度も落ちてきている。
荷室も木々に引っかかり、傷が増えていた。
「──目印をつけた木のところに、戻ってきました」
レインが小さく肩を落とす。
これで三度目だ。
どのルートを通っても、最後は必ずここに戻る。
もう森の外に出ることもできないかもしれない。
フォレスタに辿り着くどころか、生きて帰ることもできないかもしれない。
そんな事が頭をよぎる。
幸先があまりにも悪すぎる。
生まれて初めての遭難だが、笑えない状況すぎて胃が痛くなってくる。
「どうする……どうすれば良い……?」
頭を抱えて考え込む。
このままじゃ何の成果も得られないまま死ぬことになる。
「……なあレイン。この木を登って上からフォレスタを探すとか……」
「……難しいですね。これだけ密集していると登るだけでも一苦労です」
「それに、高所から発見できるほど杜撰な隠蔽をしているとも思えません」
「──だよなぁ……」
天を仰いでため息をつく。
俺たちの旅は、ここで終わりか。
そんなことを考えた時。
どこかで、異音がした。
「っ!」
「今の音は……!」
枝を踏むような音に反応して、モンタナドラから降りて盾を構える。
レインも俺の反対側に降りて警戒している。
耳を澄ますが、風に揺れる草木の音以外は聞こえない。
さっきの音が気のせいだったとも思えない。
俺たちの動きを見て、向こうも様子を窺っているのか。
荷室を守るために少しずつ移動する。
中身を奪われるわけにはいかない。
ちょうど荷室の真ん中辺りに移動した瞬間。
矢が飛んできた。
一本じゃない。
三本同時だ。
「っ!」
盾で矢を防ぎ、空いた手に剣を作る。
「──動くな」
──首元に、刃物を突きつけられていた。
盾の下から、半円状に大きく湾曲したナイフのようなものが伸びている。
自分の盾で顔は見えないが、声の主はおそらくは女性か。
低めだが、女性らしさを感じる声音だった。
「この森は何人たりとも立ち入ることを許されない」
「それを知った上で侵入したのであれば──」
刃先が首に近づいてくる。
「ロウ!どうしたんですか!」
レインの声が反対側から響く。
直後、レインのいる方向からも風を切る音が微かに聞こえた。
「っ!レイン──!」
「動くなと言ったはずだ」
「──盗賊か、それともエルフ狩りか」
「この荷車、改めさせてもらう」
声と同時に、複数の足音が鳴る。
視界の端に映ったのは、耳の長い色白の女。
──エルフだ。
「……もしかして、フォレスタの民か?」
恐る恐る、聞いてみる。
俺の言葉を聞いて、刃先がわずかに揺れた。
「それを知ってなんとする?」
「俺たちは、フォレスタの王と話をするためにきたんだ」
「俺はロウ。影の国の使者だ」
剣を手放し、敵意がないことを伝える。
俺の言葉と行動に、刃物の持ち主は無反応だった。
「ローズさん!荷室に怪しいものはありません!」
「衣類と食料、それと質のいい布に包まれた箱があります!」
元気な女性の声が荷室の中から聞こえる。
「その箱が怪しいものだ、たわけ!」
「それを持ってこい!」
「はい!」
バタバタという音と共に、荷室がわずかに揺れる。
直後、背の小さなエルフが箱を持って飛び出してきた。
「それは、ウチの王様から持たされたフォレスタへの土産だ」
「中身は影の国で作ってる食器と宝飾品だ。ここで改めてもらっても構わない」
俺の言葉を聞いたエルフの少女が、小さくため息をつく。
「なーんだ、食料じゃないのか」
「しっ。敵の目の前だぞ、気を抜くな」
ローズと呼ばれたエルフが少女を諌める。
俺に刃物を向けたまま、さらに続けた。
「──中身の確認は、より安全が確保された場所で行う」
「それと、お前たちをここで拘束させてもらう」
「少し、眠ってもらおう」
刃先が首をかすめた。
直後、首筋から痺れが広がるような感覚が走り、視界が歪み始めた。
「──っ!?」
「な、何を、した……!?」
全身の力が抜けて、その場に倒れ込む。
意識が瞬く間に遠のいていく。
少し遅れて、遠くから何かが倒れる音がした。
まさか、レインも──
そこまで考えた時点で、意識が飛んだ。
──目が覚めて最初に目に入ったのは、湿った石だった。
石畳の上に、横たわっている。
「……ここは……?」
身体が重い。
手は後ろで拘束されている。
この細かい繊維が肌に食い込む感じは、縄か。
視線を上げる。
鉄製の格子と、壁に取り付けられたランプが目に入った。
「──牢屋か」
森で襲われた時、拘束がどうとか言われた気がする。
いまいち直前のことを思い出せない。
まだ頭の中がぼんやりしている。
格子の向こうの闇を眺める。
目が慣れてくると、徐々に人影が浮かんできた。
「──っ!」
「レイン!おい、レイン!」
モヤがかかったような頭が一気に冴える。
そうだ。
俺たちはエルフの集団に囲まれて、眠らされたんだ。
俺の呼びかけに反応はない。
まさか、と最悪の結果が頭に浮かぶ。
「くっ……!レイン!起きろ!無事なのか!」
全身を使って這いずるように格子に近づく。
格子と目と鼻の先まで近づいたところで、通路の脇から何かを叩きつけるような大きな音がした。
「──騒ぐな」
低い声と共に、音の方向から人が現れる。
槍穂が二又に別れた槍を持ったエルフ。
赤い短髪と緑の瞳が目を引く。
──森で俺を眠らせたエルフだ。
ローズ、と呼ばれていたか。
「連れの心配より、自分の身を気にしたらどうだ、人間」
「お前たちは我々の森への侵入者として拘束されている」
「──まあ良い。起きたのなら一緒に来い。聴取を行う」
格子が開かれ、立ち上がらされる。
腰に縄を結ばれ、引かれながら牢を出る。
向かった先にあったのは、小さな個室だった。
中にあるのは木製の机が一つと椅子が二つ。
机の真ん中で、オイルランプの灯りが誘うように揺れている。
「さあ、座れ」
逃げられないように、縄を机の足に括られる。
ローズと向かい合わせに座り、静かに視線を交わす。
「──では、話を聞かせてもらおうか」




