城塞騎士タイカン 対 狼兵アッシュ
これは、どうしたことか。
集合の号令をかけても、誰も聞かない。
直接声をかけて止めようとしても、止まらない。
私の部下が皆、何か熱に浮かされたように戦いを求め、破壊を望む。
長年共に過ごしてきた、同じ仲間とは思えなかった。
「やめなさい!我々は侵略に来たのではない!」
「民間人や建物に危害を加えるなど、あってはならない!」
建物に魔法で作った火の玉を放とうとする部下の肩を掴み、引き止める。
だが、彼からの反応は他の部下と同じだった。
「しかしタイカン団長!我々の仲間が斬られたんですよ!」
「やはり影の国こそが悪!ここで滅ぼすべきです!」
声を荒げ、私の手を振り払おうとする。
兜から覗く目は、怒りを通り越した狂気を孕んでいた。
「騎士の誇りはどうした!それでも陽の国に仕える者か!」
「誇りと国など、天秤にかけるまでもないでしょう!国なくして我らなし!」
「──我々の戦いを阻むのなら、あなたも敵だ!」
私の手を完全に振り払い、剣を向ける。
会話が成り立たない。
戦うことしか頭にない。
──魔王軍に向ける憎悪が、これほどだったとは。
だが、その憎悪だけで説明がつくものなのか。
彼らはまだ、騎士の誇りと規律を捨て去るほど、堕ちてはいないはずだ。
「──ええい、やむなし!」
ハルバードの斧で部下の剣を絡め取り、地面に落とす。
「むんっ!」
斧の側面を向け、側頭部を薙ぐように振る。
直撃した部下は呻き声を上げて倒れ伏した。
「──皆、どうしてしまったのだ」
規律よりも感情を優先した振る舞い。
普段の部下たちからは想像もつかない豹変ぶり。
まるで、誰かに悪意を吹き込まれたような──
「見つけたぞ!タイカン・アームストロング!」
背後から吠えるような声。
あの狼獣人か。
「テメェの部下の失態、キッチリケツを拭いてもらおうか!」
狼獣人──アッシュが剣を構えて突進してくる。
ハルバードで刃を受け流そうとするが、逆に押し上げられて競り合う格好になった。
「責任は今まさに取っているところだ!」
「部下の横暴を、この手で止めて回っている!」
「“やめろ”って命令すら聞けねえのか!陽の国の騎士団もたかが知れるな!」
スルリと剣が斧から抜ける。
姿勢を低くして斬りかかるアッシュを、槍穂で牽制して一歩引かせる。
「彼らは何かに操られている!私の部下がこのような蛮行に及ぶはずがない!」
「ハッ!ロウの次は自分の部下が操られてるってか!?なんともおめでたい頭だなァ!」
次々と繰り出される剣戟を受け流す。
──困った。
自分で撒いた種ではあるが、確かに説得力がない。
だが、彼らの狂気を孕んだ目は何かに操られているとしか思えない。
どうやって伝えれば良いものか。
「──随分、余裕そうだな」
「俺の相手なんざ考えごとの片手間で十分ってか?」
アッシュの激しい剣戟が止む。
宙返りして距離を離した直後。
彼は剣を投げつけた。
顔面めがけて飛来する剣。
「──ッ」
すんでのところで首を逸らして回避する。
武器を無くしたアッシュは腕をダラリと下げ、獣のような眼光で睨みつけていた。
「やっぱ、テメェと同じ土俵じゃまだ勝てねえ」
「そんな舐めた真似するんなら──」
「ここからは、我流だ」
手足の鎧から爪のような刃が勢いよく伸びる。
各肢三本ずつ、都合十二本。
「──アオオオォォォン──ッ!!」
甲高い遠吠え。
天に向かって声を上げ、己の声をかき消すように爪を構える。
「ついてこれるか、城塞騎士──!」
腕を地面につき、四足で突っ込む。
先ほどとは比べ物にならない速さ。
槍穂で顔面を突きにかかる。
だが槍は空を突き、アッシュの姿は消えた。
「っ!」
「──ラァッ!」
背後から声。
ハルバードを肩口に乗せるように振り、爪の一閃を防ぐ。
「はぁ──っ!」
振り向きざまに槍穂を押し込むように突く。
アッシュは腕の爪で受けつつ、身体を捻って蹴りを繰り出す。
僅かに身をかがめ、直撃を避ける。
兜に彼の足爪が掠り、嫌な金属音が響く。
「まだまだァ!」
アッシュは地に足をつけることなく、立て続けに爪で攻勢をかけてくる。
ハルバードの槍穂を、斧を、柄を利用して身体を捻り、跳びながら切り裂きにくる。
完全に彼の間合いだ。
防御に徹せざるを得なくなる。
「どうした!もう打つ手無しか!?」
「──っ!あまり調子に乗らないことだ!」
柄の部分で攻撃を受け止め、弾く。
アッシュは宙返りして再び切り裂こうとするが、一歩引いて回避する。
「むんっ──!」
躱された隙を突いて槍を複数回叩き込む。
一息で三度、胴を穿つように。
「ぐっ──!?」
流石に三段突きは防ぎきれなかったようだ。
二撃目まではかろうじて防御できていたが、三撃目で吹き飛んだ。
──ロウ殿め、初めから刃を潰していたか。
本来の得物であれば、今ので胴を穿って勝負は決していた。
「──確かに、貴殿の我流戦法は面白かった」
「おそらくは貴殿にしかできない空中殺法。目にも止まらぬ地上での移動速度」
「数年前の戦争の時と比べて、貴殿は格段に強くなった」
アッシュが立ち上がり、再びこちらに突っ込んでくる。
「だが──」
「貴殿が強くなったように、私も強くなっている」
「そのことを、決して忘れないよう」
斧を爪の間に引っ掛け、横に捻る。
アッシュの爪が、あっけなく折れた。
「ぐっ──!」
「舐めんなァ──ッ!」
激昂したアッシュがさらに爪を振り回す。
──感情的な刃ほど、見切りやすいものはない。
全ての攻撃をハルバードで捌く。
斧で爪を折り、槍で突き飛ばす。
あっという間に十二本全ての爪が折れ、今度こそアッシュは武器を失った。
それでも彼は立ち上がり、拳を振り上げ立ち向かう。
拳を斧で受け流し、ピックで足を引き倒す。
頭に槍穂を突きつけ、軽く小突く。
勝負は、決した。
「──クッソ……!」
「クソッ!クソッ!クソッ──!」
「テメェに勝つために鍛えてきたのに──!」
「まだ、足りねえってのかよ──!!」
アッシュの慟哭が響く。
拳で地面を叩きながら、叫ぶ。
「──満足のいく結果ではなかったでしょうが、勝負は勝負」
「出直してください。いつでも相手します」
ハルバードを引き、背を向ける。
本来の目的──部下の騎士たちを止めるため、一歩踏み出す。
「──アッシュ殿」
「貴殿は、まだ強くなりますよ」
「そうして、まだ立ち上がれるのだから」
背を向けたまま、駆け出す。
背後から、遠吠えが響いた。




