瓦礫の街と、新しい相棒
「どうしてだよ……」
「こうなるのを避けるための、決闘だったのに」
目の前の惨状に、目を覆いたくなる。
陽の国の騎士と、魔王軍の兵団が命の奪い合いをしている。
「ロウ!無事ですか!」
レインが土の足場を浮かせて俺の元に飛んでくる。
「ああ。無事かといわれると、微妙だな……」
「レイン殿、どうかロウ殿の治療を」
「肩を射抜かれています。失血もひどく、筋をやられています。このままでは腕が──」
レインの顔がみるみる青ざめていく。
慌てて傷口に手を当てて、呪文を唱える。
「ここで完治できる傷ではありません。応急処置で失礼します」
「ロウの次はあなたです、タイカン。この戦争を止めるには、あなたの力も必要です」
「私の事は気になさらず。専門家ほどではありませんが、治癒魔法の心得はあります」
タイカンが自分の傷口に手を添え、淡い緑色の光を灯す。
出血が止まり、傷が塞がっていく。
「私は先に行って皆を止めます」
「……ロウ殿。此度の横槍、騎士団を率いる代表としてお詫びします」
タイカンが俺たちの方に向き直り、深々と頭を下げる。
「言ってる場合かよ。治療が済んだら俺たちも行くから」
「……ありがとう」
──そういえば。
「タイカン、これ持ってけよ」
「普段使ってるやつとは違うだろうが、探しに行くのも手間だろ」
錬鉄魔法で、彼の使っていたハルバードを作り出す。
見た目から分かる範囲しか再現していないが、それなりに出来は良いつもりだ。
「──感謝します、ロウ殿」
一言感謝を述べてからハルバードを手に取り、決闘場から飛び降りる。
少しして処置が終わり、俺もレインと共に立ち上がる。
「では、私たちも行きましょう」
「ああ」
二人で駆け出し、レインの用意した足場に乗って下に降りる。
決闘場の周りにいた兵士たちは、いなくなっていた。
「──レイン。これマズいんじゃないか」
顔から血の気が引くのが分かる。
もう、城砦の内側──街で戦闘が始まってしまっている。
「既に被害が出ているかもしれません。急ぎましょう!」
足場を浮かせ、空から街に入る。
あちこちから黒煙が上がり、怒号と悲鳴が聞こえてくる。
──心臓の鼓動が速くなる。
呼吸が浅く、早くなる。
汗が吹き出し、吐き気が込み上げてくる。
視界に、獣人を襲う騎士が入った。
「──武装錬成!!」
剣と盾を作り、獣人と騎士の間に割って入るように飛び降りる。
盾で騎士の剣を受け、そのまま騎士の足に剣を突き刺す。
「民間人に、手を出すな──!!」
身体全てを使って騎士を押し退ける。
騎士がバランスを崩してよろけたところに、さらに盾を構えてタックルする。
「──っ!」
「錬成!」
倒れ込んだ騎士に馬乗りになり、両手を刺股状の拘束具で固定する。
片足には剣も刺さっている。
これなら動けないだろう。
兜を解いて、獣人に近づく。
以前、魚の串焼きを売っていた小さな猫族の女の子。
ミケだ。
「ミケ!無事か!」
「……!黒騎士さん!」
目に大粒の涙を溜めてミケが駆け寄ってくる。
見たところ、目立った怪我がないようで安堵する。
「無事で良かった。怖かっただろ」
「うん……でも、家が……お店が……」
胸元に顔をうずめて、泣きじゃくるミケ。
焼け焦げた木材の臭いが鼻を突く。
辺りを見渡すと、無惨に破壊された建物がいくつかあった。
ミケの家だけじゃない。
この辺り一帯が、大なり小なり破壊されていた。
「……」
目の前の光景に言葉を失う。
テレビの中でしか見たことのなかった瓦礫の街の中に、今俺は立っている。
心にズキリと痛みが走る。
「──大丈夫だ。俺たちがなんとかする」
「……必ず」
ミケの頭を撫でながら、自分に言い聞かせるように何度も呟く。
恐怖を、怒りを。
胸の奥にしまい込むように。
「ロウ!ミケ!」
少し遅れて、レインが降り立つ。
手には小さな水晶を持っている。
水晶にはリエルの顔が映っていた。
「レイン!ミケは無事だ!」
「早く安全な場所に連れて行ってやってくれ!」
レインに駆け寄り、ミケを預ける。
ミケの顔を見たレインは、安堵と悲しみが混ざり合ったような目をしていた。
「ミケ……良かった」
「ロウ、あなたは──?」
「──これ以上、好き勝手はさせない」
「俺は陽の騎士たちを止める」
兜を纏い、瓦礫の街に目を向ける。
「──それが、俺の役目だ」
《ロウ。この街を走り回って戦うのは消耗が激しすぎます》
駆け出そうとする俺を、リエルの声が止める。
水晶から発せられる声は、そこに本人がいると思わせるほどクリアだった。
《そちらにもうすぐ“コリエント”が到着します》
《その子に乗って、みんなを助けてください》
「コリエント?」
俺の疑問は、すぐに解決した。
ドタドタと、力強く地面を蹴り抜く足音。
『ケエェェ──!!』
レインと俺の頭上を跳び越え、目の前に着地する。
群青の鱗に翡翠色の羽根。
細くしなやかな後脚に、さらに細く繊細な前脚。
その四肢には鋭い爪。
背中には鞍が備えられ、口元には轡と手綱が繋がれている。
まるで恐竜のような、ドラゴンのようなモンスター。
「この子が、コリエント?」
《はい。厩舎で育てている私たちの足の一つです》
《その子は特に勇敢です》
《きっと、あなたと気が合いますよ》
ノシノシと俺に近づき、脚を畳んで屈む。
乗れと言わんばかりに鼻を鳴らす。
「よし、それじゃあ頼むぞ──」
「……この子、名前は?」
鐙に足をかけた時に、気になった。
ただのコリエント、では締まらないだろう。
《その子はまだ名前がありません》
《よければ名付けてあげてください。ロウ》
少しだけ、緊張の和らいだ声。
名前が無いなら、そうだな──
「よし、お前の名前は“翠”だ」
「綺麗な翡翠色の羽根だからな!」
顔を撫でながら名付ける。
キュルルルと、高い鳴き声をあげる翠。
多分、喜んでるんだろう。
「──よし、それじゃ改めて」
「行くぞ翠!頼んだぞ!」
翠の背に乗り、手綱を握る。
手綱を振ると、勢いよく走り出した。
『ケケェェ──!!』
翠の雄叫びと地響きのような足音と共に、瓦礫の街を往く。
まずは、陽の騎士たちの制圧だ。
もう、誰にも何も壊させない。




