新たな敵は、アッシュの因縁の相手だった。
アッシュとサンドイッチを食べてから約一週間。
彼が稽古場に帰ってきた。
「久しぶりだなロウ。またぶん投げにきてやったぞ」
肩を回しながら、俺に近づく。
その言葉に、以前のような敵意はなかった。
「おいおい、もう一週間経ってるんだぞ。男子三日会わざればなんとやらってな」
俺も指をパキパキと鳴らしながらアッシュに歩み寄る。
お互い、少し笑っていた。
二人で稽古場に入り、礼をして構える。
──稽古場に、風切音と乾いた音が何度か響き渡った。
結果は、三戦全敗。
アッシュは手を払いながら自信満々に鼻を鳴らした。
「まあ、肩慣らしくらいにはなったぜ」
「クッソ……イケると思ったのに……」
地面に転がったまま、俺は大きく伸びをするアッシュを見上げる。
「だがまあ、筋は良くなってる。三日は無理だろうが、三年あれば背中くらいは見えるかもな?」
アッシュが近づき、俺に手を差し伸べる。
周りから小さなどよめきが起こった。
「……首洗って、待ってろよ」
「おう、いつでも待ってるぜ」
立ち上がり、互いに顔を見合わせる。
試合が終わった後のグラウンドのような、爽やかな空気ができあがっていた。
だが、その空気はすぐに掻き消えた。
「──敵襲だ!陽の国の騎士団が来たぞ!」
──敵襲の報せの後、俺とアッシュはリエルの元に呼び出された。
他の兵士は既に防衛線に就いている。
「今回の襲撃ですが──これまでとは一線を画す事態です」
リエルが重々しく口を開く。
ただならぬ状況なのが、嫌でも伝わってくる。
「数が今までより多いとかか?だとしても、俺たちならなんとでも──」
アッシュの声を手で遮り、リエルが続ける。
「──城塞騎士、タイカン・アームストロング」
「名前は聞いたことがあるでしょう」
アッシュが目を見開く。
その反応からして、とんでもない相手であるのは分かった。
「何故、彼が来たのかは分かりませんが……本腰を入れて攻めに来た、と考えるのが妥当でしょう」
「でもよ、タイカンといや陽の国で最も防衛戦に長けた騎士だ。そんな奴をわざわざ前線に送るか?」
レインとジークの議論が白熱する。
俺とアッシュが入る隙はなかった。
「──ともかく、事態は深刻です」
「アッシュ、ロウ。他の騎士は皆がなんとかします」
「あなた達で、タイカンを止めてください」
リエルの言葉に、背筋が伸びる。
二人で返事をして、部屋を後にした。
「なあ、タイカンってのはどんな奴なんだ?」
城壁に移動しながらアッシュに聞く。
城塞騎士なんて異名を持ってるんだ、相当な猛者に違いない。
「タイカンは、剛力無双の重騎士だ」
「人間離れした筋肉で、常人の倍以上の重さの鎧を着て軽々と動き回る」
「背丈も二メートル超えの巨漢だ。しかも自分よりデカい槍みてえな武器を振り回すから、実際の攻撃範囲はもっと広い」
まるで実際に戦ったかのような口ぶりで語る。
「──陽の世界の故郷にいた頃、俺はアイツに挑んで敗けた」
「詳しいことは省くが……早い話、陽の国との戦争に負けたんだ、俺の故郷は」
「あの頃と変わってねえなら、自分から侵略なんざしなさそうなもんだが──アイツも、国に仕える騎士だからな」
ため息をついて、アッシュが走るペースを上げた。
追いつけず、置いて行かれる。
少し遅れて、城壁に到着した。
騎士の一団は、目と鼻の先まで迫っていた。
先頭に一際大きな騎士がいる。
見るからに分厚い、青い鎧。
巨大なハルバードを右手に携えている。
あれが、タイカンか。
兵士全員が警戒態勢を取る。
盾と槍を構えて、城門を守るように立ち塞がる。
「──やっぱ変わんねえな。あの野郎は」
鎧を着込みながらアッシュが呟く。
敵意と、ある種の羨望のような感情が混ざった声だった。
「お前も今のうちにあの鎧着とけよ。前みたいに戦ってる最中に徐々に着込むなんて真似、アイツには通用しないぞ」
「ああ。ちょうど最近できるようになったんだ。見てろよ」
アッシュの前で、呪文を唱える。
「──錬成」
直後。
黒い光を纏う。
光が実体を持ち、黒鉄の鎧が装着された。
「ほう?カッコいいじゃねえか」
俺の姿を見てアッシュが息を漏らす。
「じゃ、行こうぜ黒騎士」
「ああ、やってやろう」
アッシュと並んで前線に立つ。
騎士の一団が俺たちの前で止まった。
先頭の巨漢──タイカンが一歩前に出る。
「──武装」
呪文を唱えて、剣を造る。
アッシュも剣を抜き、二人で構える。
張り詰めた、一触即発の空気。
最初に動きを見せたのはタイカンだった。
ハルバードを地面に突き立て、兜を脱ぐ。
「──ここに、黒騎士ロウ殿はいるか!」
「かの救世主と話がしたい!彼に会わせてはくれないか!」
「……は?」
アッシュと顔を見合わせる。
後ろの兵士たちもざわめいた。
「我々に戦意はない!その証を示す!」
「──総員、武装を解除せよ!」
タイカンが片手をあげて号令を出す。
背後の騎士達が武器を納め、地面に置く。
ホーディもまた、自身のハルバードを地面から引き抜き、横に置いた。
「どうする?」
「何かの作戦かもしれない」
「ジークさんは?」
「リエル様に伝えるべきでは」
兵士のどよめきが大きくなる。
これは、あまりよろしくないかもしれない。
ただでさえ練度に差がある状態で、もしここで不意を突かれたら瞬く間に崩壊してしまう。
「ご指名だぜ、黒騎士」
アッシュに肘でつつかれる。
そうは言っても、勝手はできない。
本来ならリエルかジークに指示を乞うべきだが──
「──黒騎士ロウは、ここにいる」
一歩前に出て、名乗りを上げる。
色々と考えてみたが、これがきっと一番丸く収まる。
リエルたちの指示を待つ時間はない。
名乗らなければ痺れを切らして攻撃するかもしれない。
いないと誤魔化しても、同じ結果になるだろう。
俺が出れば済む話だ。
それで犠牲者が減るなら、安いものだ。
「──貴殿が黒騎士ロウか。なるほど、確かに異名通りの黒い鎧だ」
タイカンが俺に近づいてくる。
手を突き出して制止する。
「それ以上は近づくな。目的はなんだ」
できるだけ淡々と、低い声を出して威圧する。
ここで舐められたらダメだ。
「貴殿と話がしたい。端的に言うと、我ら陽の国に戻ってほしいのだ、救世主殿」
「……何を言っているんだ?お前たちが追い出したんだろう」
「何を言いますか。貴殿の力が必要だから召喚したのですよ?」
「城を追われたと聞いた時は耳を疑いました。ましてや魔王に手を貸すなど──」
タイカンの言葉が途中で止まった。
背後から鋭い敵意を感じる。
アッシュが、凄まじい剣幕でタイカンを睨んでいた。
「リエル様が、魔王だと?」
今にも飛びかかりそうな気迫。
まずい、ここで斬りかかられたら全面衝突になりかねない。
「待てアッシュ!今は戦う時じゃない!」
「──アッシュ?」
タイカンがアッシュの方を見る。
「おお、君はあの時の獣人か!」
「生きていたとは驚きだ!」
顔を見て、嬉しそうな声をあげる。
だが、すぐに険しい顔になった。
「あの場から生き延びたにも関わらず魔王軍に下るとは……君の実力ならば陽の国の騎士を率いることもできただろうに」
悲しそうな声。
彼も、アッシュの実力を買っていたようだ。
タイカンの言葉を聞いて、アッシュがついに飛び出した。
「──どっちが魔王か、この場で分からせてやるよ!」
「っ!やめろアッシュ!相手は武装してないんだぞ!」
俺の制止も聞かず、ホーディに突っ込む。
瞬間。
鋼を掴む鈍い音が響く。
ジークがタイカンとアッシュの間に割り込み、アッシュの剣を掴んで止めていた。
「悪いな、ウチの若いモンが」
「話は聞かせてもらった。条件付きだが、ウチで詳しく聞いてやるよ」




