雨の日のモラトリアム
雨だった。雨の日は孤独だった。俺は妄想することにしていたが、そう長くも続かない。自分がなぜ生きているのかについてしこたま考えたかった。俺の理想とするところを誰が到達できるというのか。俺だけでない、誰もできないのだと言われればそれで満足するような質だったが、ソロモンくらいにはなりてえな。
まあそれも冗談だった。俺は何を考えてみても満たされるような性格ではない。ただ続けることだと言いたかったが、俺にできることなど限られていた。それこそ延々と喋り続けることは原理的には可能だったかもしれない。それも口ではなく手が勝手に動くのだった。誰も聞かない物語をそうやって繰り出していくだけだった。
休日だった。虚しいだけだ。平日も大差ないような気はしているのだが、時々は会話をしたかった。俺は机に向かっていた。何か書かなければいけないような気がした。だが気持ちは乗らない。重苦しい気分だけがそこに止まっている。そういう時に何を開けばいいかと言えば案外聖書だったかもしれない。
結局考え方によれば聖書は良いことしか書いていない。勿論人を殺すような命令も出てくるのだが、それは聖なる神の裁きなのだ、良いことである。俺はどこか清々しい気持ちになった。死のノートさえ手に入れれば、あいつを殺してやるのになって、誰をかと言えば個人的な恨みではなく、北の将軍様だったり、まあ冗談ですよ。
死んだ方が良い人間などこの世にいるのか問題というのはあるが、生きるということが大切で、善く生きるということがもっと大切な気がした。どのように重なり合っているのだというのか。俺は明日どうすればいい? それに聖書はさほども答えてくれない。
だから自己判断に陥っている気もするのだが、自分の人生自分で切り開いて行った方がいいのか、神様と共に歩んだ方がいいのか、そもそも聖書の神が真実の神である証拠がどこにあるのか、精々言えることは使徒たちの証言としてのキリストの復活くらいか、どれほど信用に足るのかなんて、微妙なところだ。
信じるか信じないかの決断を後回しにしているだけだったら、大変なことになるぞって、誰かに言われているような気がする。そういうことを言うのが牧師なら、俺は羽交い責めだろうね。インターネットで説教を幾らでも聞けるはずだが、心に響くことは案外何もないのだと気が付かされて終わる。
結局一時の感動がドグマとして残されるだけ、それを永遠のロゴスだと勘違いしているだけ。そのはずなのに俺の心には虚しさと言うのが生じるのだった。生きていくのは大変であると言われているし、老後の不安もある。死後の不安もある。全てを解決する魔法などないのに、そう言う何かを求めている。
じゃあいっそのこと魔法を使ってみるかと思った。どうすればいいんだ? 手に力を込める。血液が流れていく感覚を覚える。それから一気に放出する。そこまでは想像したが、何も起こらなかった。ですよねー。ならなぜこんなことを思ったんだ。一つのターンだよ。ハッピーハッピー。
ジーザス、あなたは大したことをしてくれたものだ。俺は信じたいぜ。でも信じられない。そう言う葛藤の中に置かれているのも事実だった。雨は降り続いていた。教会にでも行けば良かったかね。洗礼を受ければ、命を得られたかね。いや、それはただ弟子になると言うことの公の場での宣言に等しかった。
俺はだれのものでもないぜ。ただ創造主がいるような気がするだけ。命に意味を求めたいだけ。受け入れてくれる誰かが全知全能であれば尚更良かっただけかもしれない。強いられるままに信仰告白をしてしまったら、自分というものを失うに終始するんだ。辛いぜ、だが俺は永遠に生きなければならないんだ。それだけのことをやってしまったのかと言えば、別にそうでもないのだが。
高校生の内に有名になりたいなというのが俺の密かな野望なのだが、どうもそう上手くはいかないようで、何をするにしても途中で寸断される感覚がある。もっと自由に、もっと羽ばたくように、何か一泡吹かせられないか。そのための力を求めて彷徨う鎧だった。いや、そんな防御力もないよ。
なんとなく感じていることはと言えば、人間というのは人生において重要な決断を先送りにしているだけだということ。今という時しかないんだと言いたいね。それは葬られている第二日なのかもしれない。どういう例えだ。そもそも俺は神を信じるところまで行っていないぞ。大概神とはなんなのか。俺と戦ってくれる存在なのか。
俺と戦うという日本語にも二つ意味があるな、withかagainstかみたいな。そういう曖昧さは極力無くした方がいいというのが俺の考え方だった。もっと短くはっきりとクリアカットな感じで、自分の考えを伝えていけたらいいものだが、俺は情緒というのも嫌いではなかったが、透明感は必須な気がした。
澄んだガラスのような輝きがいいか、俺の心をそのまま見せるような。ドス黒くて申し訳ありませんね、そういうことをクラスの女性陣に言いたかった。俺は真っ黒だけど、そこに砂金が隠れているんですよって、売り切れ御免ですよって、誰かと切っても切れない、抜いても抜けない関係になりたかったね。
テレビを付けてみた。ニュースが流れていた。世界情勢についてどうとか、アメリカの大統領が何を言ったとか、この世界で一番になりたければアメリカで活躍しなければならないのかなんて思っていた。それが全てではないにしても、天国に行ったとして現代の人で賞賛を受けるのはアメリカ在住だったりしてな。勿論住んでいるだけではなくてドリームズカムトゥルーアーといったところか。
俺は歴史に名を残すことを何もやっていない。何も始められていない。その悲しみの中で戦っているのだった。早く解放して欲しかったよ。永遠に何かをし続けなければいけない気がして、俺の安らぎはどこにあるのかと言いたかったね。だが戦ったとしてもその都度フィードバックが得られていないのであれば、虚しさは消えなかった。
俺という物語はどれほど退屈だったか永遠の時間の中で後悔しなければいけないのか、俺は地獄に落ちるのか、地獄に落ちることがどれほどの損失だというのか、まあとにかく分かることと言えば、神との永遠の断絶ということだった。それはどうも辛いですね。でも神というのはそんなに優しい方なのですか。
異世界に転生させてくれた方がまだ良かったかな。でも俺は救われたいとか全然思っていない。救われているとも思っていない。俺が救われると傷つく人がいるのではないかと思わないこともない。まあ全ては杞憂なんだ。終わってみればなんてことなかったって分かるだけさ。しかしそういう楽観も嫌いだった。
成功したいから、物語を書きたいという思いが募っていた。俺にできそうなのはそれくらい。どういう物語にするかね。あの時の妄想の続きでもしようか。虚構だと分かり切っていることのために仕えられるほど俺も忠実ではない。いや忠実さは真実さと不可分なのかもしれないが、とにかくイエスに平伏しろってな。
実際どうしたらいいのかなんて分からないものだ。聖書の言葉を信じるのもなんか癪だし。使徒たちの証言を本当のことだと断言するのも飛躍みたいなものだ。俺が欲しいのは形式論理としての科学のようなものに近いのかもしれない。その意味で数学を真に理解できるならそれを極めたいのだが、まあどこかで破綻するだろう。
俺の人生は破綻そのものだと考えてもいいかもしれない。なぜそんなに悲惨になっているのかは一旦置いておくとして、今日できることが明日できるとは限らないという右肩下がり現象を経験している感覚があるというかね。それでも残るものに価値があると信じたい。俺が信じるのは神なのか、自分なのか。
世の中は神を信じるより自分自身を信じる方が本質的だと思っているところがあるのかもしれない。存在するかどうかの保証もない神に頼るよりは、今ここにある自分を信じた方がって、それはあなたに与えられたものが十分性を持っているからでしょうとでも言いたくなる。だが沈黙してしまう。
世界中で俺のことが知られるためにできることが何かあるだろうかと模索する。延々と何かを続けていれば、やがてそれに価値を見出してくれる人が出てくるかもしれないという希望の物語を描きたかったのだ。しかし宇宙は無関心に冷たい。この世界は宇宙を繁栄している。それが神の御心か。
そこまで絶望的になる必要はないかもしれない。なぜならば聖書にはこうある「神は実にその独り子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が一人として滅びることなく永遠の命を持つためである」とね、これは覚えているぞ。他にも「しかし私たちがまだ罪人であった時キリストが死んでくださったことにより神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます」とか、だからなんだとも思うが、それがこの宇宙の神の解なのだとしたらワクワクしないか? ちょっとはね。
この世の真実とは何なのか俺にもよく分からない。だが愛は素晴らしいのは何となくながら分かる気がする。愛の神、聖なる神、義なる神。いいじゃないか。俺は仕える、と行きたいが、踏み出すことにも躊躇がね。信じていいことなんて別にないと分かっている。そうなってしまったか、自己満足の世界なのだ。
幼い頃から真の神を信じて永遠の命に至る物語が理想だったのかもな。周りの人に影響も及ぼしつつ、ちょうど良い距離感を創造主にも隣人にも作っていく。己を愛する伴侶と出会い、結晶のような子供に恵まれる。なんか熱い気もするが、俺は冷たい人間なのだった。全てが滅んでも良かった。
俺自身滅んでも良かったのだが、実は今神との関係があるのだと明らかにされたのだとして、それを断ち切れるほどに冷淡でもないから、現状維持を申し付けて妥協を余儀なくしている姿に何処か情けなさを感じる次第だった。まあそんなことをしている暇があったら、天職に出会えとでもいったものか。
雨の日のモラトリアムに浸っているだけだった。俺は何にでもなれるかもしれない。そんな俺が何を選ぶのか。そいう次第なら良かったが、現実に俺は働けそうもなかったし、働きたくもなかった。いや語弊がある。報われない人生とはおさらばしたかったのだ。俺は俺の生き方があるはずなのに、それを掴むことができない感覚に支配されていた。
自分の人生を支配するのは神だったのか。まあだとしてなぜ不幸な方向へしか流せないのか。俺の責任だったとしても俺の選択も決断も諦めも全て神の意志なのだから誰に責任があるかは明白である。だが俺はそこから分離できずにただ苦しんでいるだけのように思う。どうすれば幸せになれるのか。
まあ幸せと言えるように心を熱くしたい訳ではなかった。俺がしたいことと言えば、ただやるべきことをやった満足感に浸って寝るだけ。その意味で言えばもう死んでも良かった。俺は十分生きたよ。あとは休ませてくれってね。まだ何もしていないし、しなければならないことがあると起こされている感に耐えられなくなってきた。
それはある程度言い過ぎな側面があった。俺はどうにか生きていたかったが、俺にできることでセルフコンテインドに実現した仕事でお金を貰いたかった。この机から世界を動かす漫画を描いているのです。なんてナレーションが欲しかったっていうような。まあ俺に漫画を描ける訳もないのだが。
何もかもやる前からできないと言っているだけではどうにもならなかったのだ。どれほど素晴らしい人生であっても結局は踏み出すことでしか始まらなかったようなものだ。人生を揺るがす大きなことだって、初めは小さな一歩だったに違いない。最高峰に登った人だって一歩一歩の積み重ねなのだ。
有名な日本人メジャーリーガーが似たようなこと言っていたなと思い出した。間に受ける訳ではないが、一撃で終われるほどこの世界は単純明快ではない。まあ死ぬだけなら飛び降りればいい訳だが、それでも苦しみは残るのでね、何かしら苦労しないと掴めないものだらけです。そんな中で永遠は恵みだと主張する人たちがいる。
俺はどの立場に立っていけばいいのかということを悩んでいる。立ち上がって、ベッドに座る。床を見つめて、何かを考えているような態度を示す。誰にという訳ではないが、俺だって知性はあると信じたい。だがそれをうまく発揮できない気がしてならないのだ。なぜそんなことを思うのかというと小説を書けないからだ。
物語を書きたかったが、どうも上手くいかない。これができない俺には何もできないんじゃないかと思う。まあ杞憂に終われば良いのだが、人と話すこともままならないし、誰かが書いた文章を自分が書けるかと思うと無理そうに感じて、無力感に打ちひしがれているのだった。
他の道があるだろうよ、と勧められている気もするのだが、慰めはいらない。俺は早いところ死んだ方が良いに違いない。その前にイエスを信頼しておくか、いや失格者認定されれば信じても信じなくても同じことだろうが。釈迦の方が良かったかな。奴が悟ったことを俺も悟れるならな。ただの用語集な気もした。
縁起だったり空だったり、意味があるとも思えない。まあ実体があるものはない、執着によって存在が膠着状態にあるようなもので、そこから抜け出すには無明を断てば良い。輪廻転生から解放される。しかし俺はその世界観をそもそも受け入れられていない。人は父と母によって存在したのであって、それ以前には遡らない。
どうにも、その方が偉大に感じないものかね。だが俺は父さんにも母さんにも素直に感謝できないでいた。なぜこの俺は存在させたのか、まあ彼らも俺が出てくることを望んでいた訳ではないかもよ。親ガチャに子ガチャ、少なくとも両親はそう思ってないだろうがね、これでも大事な子供だって、いやそうかな。
まあいいのさ、俺は俺のまま永遠に立ち上がっていく。恥じることもない、誇ることもない。ただあるだけ。どうしようもないものなんです、なんて謙虚になれるかクソが。俺は素晴らしい。生きているだけで価値がある。だがそれを証明したいのだが上手くいかなくて苦しんでいる。そこから解放されるために信仰を持つというのも悪くはないのだが、結局行き着いた先で比較の地獄の中に落ちるだけかな。
いや地獄ではないでさ、俺が一番良いって自分に言い聞かせて、沈黙しているだけかもしれない。だがそれを誰も認めないし神まで沈黙されるのだとしたら、行けたとして天国というものは地獄と大差ない。結局どのステージに進んでも俺の心は癒されないに違いない。俺と共に生きたいと言って寄り添ってくれる人がいない。
ファンタジーな世界の中で戦い続けている方が遥かに良かったさ。でも現実も死との戦いであるという側面もある。俺だって何も食べなければ腹が減る。断食は続かないし、水を飲まないのも一日持たないだろう、もっと死に対してフラットな存在でありたかったのだが、そうなれたら神かな。俺は普通以下




