第一章 saide白銀の髪の少年―逃げ出した若君―④
ジンとユーナを護衛として、ローグレン王国を目指す旅は、それから数日続いた。
そこでロナンは、二人の関係がますますわからなくなった。
ある日の朝、安宿に宿泊していた夜が明けた日のことだった。
ユーナが、日が登っても寝台に潜り込んだままのジンを起こそうとする。
「師匠、朝です。起きてください。」
「……。」
反応はない。
「師匠、朝です。」
「……聞こえなかったことにする。」
ジンは目を閉じたままで答えるが、ユーナは黙ってジンを揺さぶり続けた。
ゆさゆさ。ゆさゆさ。
「……ユーナ。」
「はい。」
「俺は今日体調がよくないんだ。まだ寝かせろ。」
ユーナがジンを揺らし続ける手を止めて、師の顔を覗き込む。
「体調が悪いんですか。」
「ああ、頭が痛い。吐き気もする。」
ジンの訴えを聞きながらロナンは思った。体調不良の原因なら、自分にもわかる、と。彼と旅する弟子でなくとも、わかる。
「……昨夜遅くまで飲んでいましたよね。師匠のそれは、ただの二日酔いです。」
当然、ユーナにもわかっている。冷静にジンに答えると、また師匠の身体を揺さぶり始める。
「……う。……やめろ、ユーナ。揺さぶられると、吐き気が……。」
呻いて、さらに深く寝具に潜り込もうとするジン。その有様を見たロナンは、「いいから早く起きろ!出発するぞ!」と、我慢できずに大声で怒鳴った。
また別のある日。
ローグレンへ向かうという商人の馬車の荷台に乗せてもらい、旅を続けている途中のことだ。
見晴らしのいい丘で、昼食時の休憩を取ることになった。馬車の持ち主の商人二人とロナン達、五人が思い思いに休息をとる。
少しして、簡単な食事を終えたジンとユーナが剣の稽古を始めだした。その辺で拾ってきた木の枝を即席の剣にしている。
ユーナが構えてジンに飛び掛かった。しかし、ジンはゆったりとした構えのまま最小限の動きでかわしユーナの足を払う。
大人の盗賊と対等に渡り合った少年が、あっさりと地面に転ばされた。
「立て。」
「はい!」
勢いよく地面に転がったユーナに、ジンは厳しく促す。ユーナはすぐさま立ち上がり、手にした木の枝を構え直した。
そして、もう一度、ジンに向かって踏み込む。
しかし、「遅い。」の一声とともに、ユーナの手から剣に模した木の枝が弾き飛ばされた。
「相手の動きをよく見ろ。考える前に動け。」
「……はい。」
「できないなら、できるようになるまで、やるだけだ。」
ジンは視線で先ほど自分が弾き飛ばした枝を指す。
「取ってこい。もう一度だ。」
容赦がなかった。
しかし、ユーナは元気に返事をして身をひるがえすと、枝を拾って駆け戻り、真剣な顔で再び構えなおした。
ロナンは二人を観察した。
ユーナは基本的に誰にでも優しい。困っている商人、怪我をした旅人、老人、子供……。
放っておけない性分のようだ。
一方で、ジンの方はというと、適当でだらしがなく、酒好き。生活面では弟子に世話を焼かれ続けている。だが、剣の腕だけは、まぎれもなく一流だった。
ある時、ロナンはユーナに聞いてみた。
「なあ、ユーナ。」
旅の中で二人はよく言葉を交わすようになっていた。その中で、ユーナが十七歳のロナンより五歳も年下であることも知った。
「長く旅をしていると、この前にみたいに盗賊に襲われたりすることもあるだろ。……怖くないのか。」
ユーナは少し考えて、「怖くないことはありませんが、師匠と一緒ですから。」と、当然のように答えた。
その答えが、ロナンには不思議でならない。
「そんなに信用できるのか?あれが?」
眉をしかめて指をさす。示した先、少し離れた木陰でジンが寝ている。片手で酒瓶を抱えて。
ロナンの指さす先にジンの姿をみとめて、ユーナが目を細めて微笑んだ。
「生活能力なさそうだけど。」
「ありません。」
ロナンの言葉にユーナは頷く。
酒飲みだし、朝はなかなか起きてこないし、賭け事も好きだし、荷物の整理もしないし……。
ジンの欠点を指折りながら並べ立てるロナン、その一つひとつに、ユーナは「そうですね。」と、笑いながら深く頷く。
こうして共に生活すればするほど、ジンという男は…。
「全然だめじゃないか。どうしてあいつがそんなに信用できるんだ。」
ユーナの顔をまじまじと見つめながら再度尋ねると、ユーナは笑って少し目を伏せて、しみじみと呟くように言った。
「だめなところは多いです。……でも、師匠ですから。」
その言葉を聞いて、ロナンは返事ができなかった。
自分は、誰かをそんなふうに信じたことがあっただろうか。
悪いところを知った上で、それでも。この人なら大丈夫だ。と、そう思ったことがあっただろうか。
少しだけ、羨ましい、と思った。
そんな信頼関係を築ける相手がいることに。
だから、続けて聞いてみた。
「そもそも。何でお前は、あいつの弟子になったんだ?」
この問いに、ユーナはすぐに答えなかった。沈黙。 そしてゆっくり考えながら口を開く。
「……師匠に、拾ってもらったので。」
「拾った?」
ロナンが首を傾げて聞き返す。
「……昔の話です」
ユーナが困ったように笑った。
その顔を見て。
それ以上はロナンも聞けなかった。




