幕間Ⅳ saide王国の少年―円環へ至る―②
それから数年後。
レグナリアは、古代文明の兵器を復元した。
その報告を聞いた時、執務室は静まり返った。部屋には長と長老、幾人かの使者がいる。
「……兵器だと?」
誰かが呟いた。
報告者は青ざめた顔で頷いた。
「その兵器は国境付近で既に使用された。威力は……従来の兵器とは比較にならない。」
ジンは黙っていたが、嫌な感覚が胸の奥に沈んだ。
「被害は?」
「砦がひとつ消えた。」
「消えた?どういう意味だ。」
報告者は唇を震わせて答えた。
「文字通りの意味だ。城壁も、兵舎も、人間も。ほとんど何も残っていない。」
ジンは、ゆっくり目を閉じた。
脳裏に、遠い昔の王宮が蘇った。
地下遺跡、研究者たち、父王、そしてあの国を去った自分。
――俺がいなくなった後のレグナリアで何が起きた?
胸の奥に浮かんだ問いに、答えはなかった。
それから間もなく、レグナリアは侵略を始めた。
最初は国境紛争だった。
次に領土問題。
そして、それを口実とした軍事侵攻を行い出した。
その際に使用された、古代兵器の力は圧倒的だった。
従来の城壁は意味をなさず、何百年も難攻不落と呼ばれた要塞が、一日で陥落した。
数千の兵を揃えても、一つの兵器に敗れた。
国境線が、地図の上で少しずつ動いていった。
もちろんアルカは何度も使者を送った。
ジンも、その一人として故国に赴いた。
数十年ぶりに見るレグナリア王宮は、驚くほど変わっていなかった。
石造りの回廊に高い天井。
広間に掲げられた王家の紋章。
子供の頃、何度も走った廊下。
ユーナと歩いた中庭。
鮮やかに蘇る記憶に、思わず足が止まりそうになった。
けれど、止まらなかった。
今の自分は王子ではない。
アルカの使者だ。
謁見の間で、王の前に立ち、侵略を止めるよう求めた。
しかし、帰ってきた言葉は「これは我が国の正当な権利である」というものだった。
玉座から告げられた拒絶の言葉を、ジンは黙って聞いていた。
何代も前の領土を取り戻すためである。
歴史的正当性は我が国にあるのだ。
国防のためにやむを得ず。
資源のために仕方なく。
聞き覚えのある言葉が次々と並べられた。
昔から変わらない。
戦争を始める者は、必ず理由を用意する。
「……そうですか」
自国の正統性をまくし立てる国王の顔を眺めながら、ジンはそれだけ答えた。
王は知らない。
目の前に立っている無精髭のアルカの使者が、かつてこの国の王太子になるはずだった人間であることを。
ジンは名乗らなかった。
もともと、名乗るつもりもなかった。
ただその場を去った。
その後もアルカは交渉を続けた。
何度も、何度も。
けれど、止められなかった。
そしてついに、レグナリア王国は、〈アルカ・パクシス〉そのものを敵と見なした。
その日は、空がよく晴れていた。
皮肉なほど穏やかな朝だった。
村では子供たちが走り回っていた。
畑では大人たちが働き、使者たちは任務の準備をしていた。
ジンは任務から戻ったばかりで、昨晩の深酒のためにひどい二日酔いだった。
「頭いてえ……」
そうぼやきながら水を飲んでいた。
だから最初の轟音が響いたとき、ただの雷かと思った。
次の瞬間。
世界が白くなった。
凄まじい衝撃が村を襲った。
地面が持ち上がり、建物が崩れる。
人が吹き飛ぶ。
「――っ!」
ジンは反射的に身体を伏せた。
耳が聞こえなくなった。
瓦礫が背中へ落ちてくるが、痛みを感じるより早く、身体が動いた。
「敵襲だ!」
叫ぶ自分の声さえ聞こえない。
「全員、伏せろ! 建物から離れろ!」
二撃目。
村の反対側で光が弾け、地面そのものが抉れて家々が消えた、そこにいた人々ごと。
「……は?」
起こった出来事が理解できず、ジンは立ち尽くした。
さっきまでそこにあった平穏。
人がいて、笑い合っていた。
朝飯を食べていた。
子供が走っていた。
それが、一瞬で灰となった。
「ジン!」
仲間の声で我に返る。
剣を抜いた。
だが、剣で何を斬るというのだ?
空の彼方から飛んでくる古代兵器の光を?
山を吹き飛ばす力を?
何十年も磨いてきた剣技が、その瞬間には何の意味もなかった。
ジンは剣を収めると、駆けだした。
倒れた者を引き起こそうと瓦礫を退けた。
血まみれの仲間を担いだ。
泣き叫ぶ子供を抱えた。
その間にも、何度も爆発が起きた。
誰かが死んだ。
爆発。
また誰かが死んだ。
それでも走った。走るしかなかったから。
攻撃が終わった頃。
アルカの村は、もう村ではなくなっていた。
煙があちこちから立ち昇っていた。
焼けた木の匂いと血の匂いが混ざる。
瓦礫の山に向かって、生き残った者たちが名前を呼び続けていた。
返事のない名前を。
ジンはその場に立ち尽くした。自分の手が震えていることに、その時になって初めて気づいた。
「……またかよ。」
掠れた声が漏れた。
王宮から逃げたあの日、自分が生き残ってユーナが死んだ。
そして今、また、自分は生きている。
「また……俺だけ、生きてんのかよ」
誰にも届かないほど、小さな声だった。
アルカが大打撃を受けたことで、レグナリアを止める勢力は事実上、消滅した。
侵略は加速し、世界は戦火に包まれていった。




