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幕間Ⅱ saide王国の少年―疑惑の芽―②

 その日、ジルディーンは王宮西棟の一室へ呼ばれていた。

 集まっていたのは、古くから王家に仕える重臣たちだった。

 彼らは皆、ジルディーンを支持している。

 少なくとも、そう公言していた。


 その重臣たちの一人が、ジルディーンに聞く。

「殿下。最近、ユーナ殿とはどの程度お話をされていますか。」

 唐突な問いだった。

 ジルディーンは眉を寄せた。

「……時折だ。以前ほどではない。」

 答えると、重臣たちは互いに視線を交わした。

 それが妙に気に障った。

「何だ。」

「いえ。ただ……殿下には、少々お気をつけいただきたいと。」

 彼らの言わんとするところが分からない。

 先を促せば、老臣の一人が、慎重に言葉を選んだ。

「ユーナ殿のことにございます。」


 ジルディーンは黙った。

「お忘れではありますまい。あの方もまた、王家の血を引いております」

「そんなことは知っている。」

「先代陛下の御子です。」

「だから、知っていると言っているだろう。」

 声がわずかに険しくなる。

 十年前のあの日、ユーナが王宮にやって来た日に、

 ユーナ自身が語るのを自分も聞いていた。

 だから何だというのか。

「ユーナに王位を求める意思などない。」

「本当にそうでしょうか」

 別の重臣が言った。

 ジルディーンは彼を睨んだ。

「何が言いたい。」

「近頃、ユーナ殿が后陛下の周辺と接触しているという話がございます。」

「……何?」

「后陛下の御実家に連なる者とも、何度か密談を交わしているとの報告も。」

「アルカの使者だ。貴族と話すことくらいあるだろう。」

 即座に反論した。

 反論してから、自分がなぜこれほど必死になったのか分からなくなった。

 重臣たちは黙っている。

 やがて、一人が低い声で言った。

「もし、后陛下が第二王子殿下を王位に就けるため、ユーナ殿を利用しているとすれば?」

 心臓が、一度だけ強く鳴った。

「馬鹿な。」

「あるいは逆かもしれません。」

「逆?」

「ユーナ殿が后陛下を利用している。」

 思わず立ち上がった。

「いい加減にしろ。」

 鋭い声が部屋へ響いた。

「ユーナが王位を欲しがっていると? 十年間、この国のために働いてきたあの男が?」

「だからこそでございます。」

 老臣は静かにジルディーンを見つめて言う、「十年です。」と。 

「十年という年月をかければ、信用を得ることも、人脈を築くこともできます」

 その言葉に、ジルディーンは何も返せなかった。

「殿下。我々の言葉を鵜呑みなさる必要はありません。ただ――」

 老人は深々と頭を下げた。

「お気をつけください」

 その一言だけが、いつまでも耳に残った。

     




 

 その日からだった。

 今までなら気にも留めなかったことが、目につくようになった。

 ユーナが貴族と話していれば、何を話しているかが気になる。

 后の侍女とすれ違いざまに何か言葉を交わしたのを見れば、なぜだと疑問に思う。

 父王と二人きりで謁見していたと知れば、何を話したのか探ろうとした。

 そして何より、ユーナは、地下遺跡の研究について何度か父王へ進言していた。

 慎重に扱うべきだ、と。

 旧時代の遺物には危険なものがある、アルカとしても調査に協力できる、と。

 以前なら、それを聞いても何とも思わなかったが

 今は違う。

 ――なぜ、それほど遺跡のことを知りたがる?

 疑いは、一度芽生えてしまえば、恐ろしいほど容易に育った。

 

 そしてある午後、ジルディーンは回廊の向こうから歩いてくる白銀の髪を見つけた。

 昔なら、こちらから声をかけていた。

 だが今は――

「ジルディーン」

 ユーナのほうが先に声をかけた。

 十年前と変わらない、柔らかく、穏やかな声だった。それなのに、そのことがなぜか腹立たしかった。

「……何だ。」

 その腹立ちがジルディーンの声に表れた。

 ユーナがわずかに目を瞬いた。

 昔なら「ユーナ」と呼んで、嬉しそうに駆け寄っていた。

 そんな記憶が一瞬だけ脳裏をよぎり、ジルディーンは意識してそれを押し込めた。

「いや。少し顔色が悪いように見えたから。」

「余計な世話だ。」

「そうか。」


 ユーナはそれ以上何も言わなかった。

 ただ、少しだけ困ったように笑った。

 その顔も昔から変わらない。

「忙しいのは分かるけれど、きちんと休んだほうがいい。最近、夜遅くまで起きているだろう。」

「……なぜ知っている。」

「君の部屋の灯りが遅くまでついているから。」

 ジルディーンの胸に、小さな棘が刺さった。

 以前なら、気にかけてもらえていることが嬉しかっただろう。だが、もう違う。


「俺を監視しているのか?」

 ジルディーンが言った瞬間、ユーナの表情が凍った。

 ほんの一瞬だった。

 すぐにいつもの穏やかな顔へ戻ったけれど、ジルディーンは確かに見た。

 傷ついた顔だった。

「……そういうつもりではないよ。」

「なら放っておけ。」

「ジルディーン。」

「俺はもう子供ではない。」

「分かっている。」

「分かっていないから、いつまでもそんなふうに扱うんだろう!」

 違う。

 そんなことを言いたいのではなかった。

 心のどこかでは分かっていた。

 けれど、言葉は止まらなかった。

「それとも、俺が何をしているのか知っておきたい理由でもあるのか?」

 ユーナが黙る。それからゆっくり口を開いた。

「……どういう意味かな。」

「そのままの意味だ。」

 

 静寂が落ちた。

 長い回廊を、風だけが通り抜けていく。

 ユーナはしばらくジルディーンを見つめていた。

 彼は怒らなかった。問い詰めもしなかった。

 やがて、静かに言った。

「分かった。」

 それだけだった。

 そして少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「でも、何か困ったことがあれば呼んでくれ。」

「……。」

「昔みたいに、とは言わないから。」

 その言葉に、胸が痛んだ。

 昔。

 まだ何も疑わなかった頃。

 ユーナの部屋へ勝手に入り込み、遠い国の話を聞いた。

 剣術で初めて父王に褒められた日は、真っ先にユーナへ報告した。

 熱を出した夜には、父王が政務で来られない代わりに、ユーナが夜通し傍にいてくれたこともある。

 ――知っている。

 そんなことは全部、自分が一番よく知っている。

 だから、ジルディーンは彼の顔を見ることができなかった。


「必要ない。」

 ようやく、それだけを口にした。

「俺には父上がいる。」

 ユーナは何も答えなかった。

 その沈黙が耐え難くなり、ジルディーンは彼の横を通り過ぎた。

 呼び止められなかった。

 数歩進んだところで、振り返りそうになった。

 だが結局、彼は振り返らなかった。


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