第四章 saide白銀の髪の少年―遺跡の国の逃亡者―③
追手を避けながらの移動は、予想以上に難しかった。
王国軍は主要な街道を押さえている。レグナリアの紋章を付けた騎士が普段以上に街道を巡回していた。
追っ手の目をかいくぐるため、ジンは地図にない道を選び続けた。
あまりにもレグナリアに通じるその様子に、フェルンまで不思議そうにする。
「あなたは、本当にアルカの人間なのか?」
「どういう意味だ。」
先頭で周囲を警戒しながら歩くジンが、フェルンを振り返る。
「レグナリア人の私より道をよく知っている。」
うんざりした顔して答える。
「褒め言葉として受け取っとく。」
「どこで覚えた?」
「昔だ。」
それ以上、ジンは答えなかった。
その日の夕方、三人は山道を進んでいた。 この山道を抜ければアラウナとの国境は目の前だ。
完全に日が暮れるまでに、なんとか野営できそうな場所を見つけたい。三人の足取りは自然に早くなる。
その時だった、足元、地面の下の方から嫌な音がした。
「止まれ!」
ジンが叫ぶ。
だが遅かった。
地面が崩れ、突如出現した大穴に、三人の身体は吸い込まれていった。
「……ユーナ。」
暗闇の中で声がした。 自分を呼ぶ声。師匠の……。
「ユーナ!」
ジンの焦った声に、ぼうっとしていた意識がはっきりした。
「……います」 と、返事をして身体を起こす。
「怪我は?」
暗闇の中で、すぐそばにジンの気配を感じる。
「ありません。」
「本当に?」
「はい。」
返事をした直後、ジンの手が伸びてきた。
腕、肩、頭と順に触れられる。
本当に怪我がないか確かめている。
「師匠の方は?」
「俺は平気だ。」
見えないと分かっているが、周囲を見回してしまう。
「フェルンさんは?」
「ここだ……」
少し離れたところから呻き声がする。
三人とも大きな怪我はなかったのは不幸中の幸いだった。
フェルンが手探りで手持ちの携帯灯に火を灯す。
ぼんやりとした光が周囲を照らした。
そして、ユーナは息を呑んだ。
「……何ですか、ここ。」
思わず、上ずった呟きが漏れた。
そこは洞窟だった。しかし、自然にできた洞窟ではない。
岩壁の中に、黒い金属のようなものが無数に埋まっている。
巨大な管に、壁を這う細い線、円筒形の物体、用途の分からない箱。
半ば岩と一体化しながら、それらが洞窟の奥まで続いている。
「旧文明の……遺跡?」
フェルンが呆然と呟いた。
研究者である彼でさえ、驚いている。
「こんな規模のものは初めてだ……」
ユーナは近くの機械を見上げる。
「これは何をするものなんでしょうか。」
フェルンが首を振って答える。
「私にも分からない」
「フェルンさんは王立研究院の研究者なんでしょう?そのあなたにも見当がつかないんですか。」
「旧文明の遺物なんて、そんなものばかりだ。」
フェルンは興奮したように周囲を見回した。傍の機械に灯りを近づけ、よく観察する。
「ここにあるものは全て記録されていない遺跡だ。こんな場所がまだ――」
早口でまくしたてながら、目の前の機械に手を伸ばした、その時。
「触るな。」
ジンの声が響いた。二人が振り返る。
この洞窟一面の機械の遺跡に囲まれながら、ジンだけが興奮も驚きもなく、ただ苦い顔をしていた。
「不用意に触るなよ。何があるか分からねえ。」
「だが調べれば――」
「今は王国の追っ手から逃げるのが先だ。」
「しかし……。」
「フェルン」
未練がましく機械の壁を見上げるフェルンに、ジンの声が低くなる。
「今のお前は研究者じゃなく逃亡者だ。」
恨めしそうに、ジンを見ながら、フェルンは黙った。
フェルンの様子を眺めていたユーナは、今度はジンに視線を向けた。
「師匠。」
「なんだ。」
「師匠は、こういうものを見たことがあるんですか?」
ジンの視線がユーナへ向く。
答えるまでにほんの少し間があった。
「似たようなのはな。」
「どこで?」
「……アルカにいりゃ、長いこと生きてる奴から色々聞くだろ。」
答えになっていない。
ユーナにもそれは分かった。
しかしジンはそれ以上話さなかった。
フェルンの持つ携帯灯の光を頼りに、三人は洞窟の中を進んだ。
機械は動かない、ただそこにある。
千年、あるいはそれ以上の時間を、誰にも見つからず眠り続けていた。
やがて、洞窟全体がうっすらと明るくなってきた。外の光が差し込んでいるのだ。
おそらく出口が近いのだろう。
それからしばらく歩いき、幾度目かに洞窟の角を曲がったとき、洞窟の出口が見えた。 洞窟の外へ出るその時、ユーナは何度も洞窟の奥を振り返った。フェルンも同じだった。
ただジンだけは、一度も振り返らなかった。
洞窟を抜けた翌日。
三人は王国軍の斥候と遭遇した。
「ユーナ、フェルンを頼む。」
「はい。」
ジンが剣を抜き敵と対峙する。
相手は五人、対するジンは一人。
それでも勝負にはならなかった。
一人目の剣を受け流す。
身体を沈めて懐へ入り、柄で腹を打つ。
二人目の槍をかわし、その柄を踏みつける。
三人目が横から斬りかかる。
ジンは振り返りもしない。
剣の背で受け、体勢を崩させ、そのまま地面へ転がした。
「相変わらずですね。」
ユーナが感心したように言う。
「何がだ!」
ジンが次の敵を相手にしながら聞く。
「師匠、真面目に戦えば本当に強いですね。」
「普段から強えよ!」
「普段は酔ってますから。」
「お前、……帰ったら稽古倍な!」
「横暴です。」
フェルンが唖然として二人を見る。
「君たちはいつもこんな感じなのか?」
「だいたいは。」
ジンとユーナの声が重なった。
その瞬間、フェルンが笑った。
亡命して以来、初めて見せた笑顔だった。




