第四章 saide白銀の髪の少年―遺跡の国の逃亡者―②
レグナリアへ入ってから、ユーナは何度も奇妙な感覚を覚えた。
ジンが、あまりにも道を知っている。いや、知りすぎている。
レグナリアの国境を越えてすぐのことだった。街道を進んでいると、突然ジンが言った。
「次の分岐を東へ行く。」
地図を確認するより早くジンが言う。
ユーナが、手にした地図に視線を落とす。
地図によると、南の街道を進む方が目的地に近い。
それをジンに伝えると、「そっちはやめとけ。関所がある。」と即答した。
国立研究院の研究者の亡命の手助けとなれば、レグナリア側に知られずに行動したい。となれば、関所を避けるのは当然だ。しかし。
ユーナはもう一度地図を見た。関所など描かれていない。
「地図にはなにも描いてありませんが。」
「小さい関所だからな。」
「どうして知ってるんです?」
「……昔来たことがある。」
「いつ頃です?」
「昔は昔だ。」
それ以上聞くな、という顔をされた。
また別の場所では、ジンは街道から外れた細い道へ入った。
「こっちなら旧い農道に出る。」
ゼインと長老がジンにこの任務を託したのは、ジンがレグナリアの地理に詳しいことを知っていたからなのだろう。
だが、なぜレグナリア領に詳しいのか。それは誰も教えてくれない。
「……師匠」
「今度はなんだ。」
ユーナは我慢できずに、先を行くジンに尋ねた。
「本当に、この国に詳しいですね。」
「昔ちょっとな。」
「観光ですか?」
「俺がこんな何もねえ国に観光に来ると思うか?」
「では何をしに?」
「質問禁止。」
「そんな規則ありましたか?」
「今作った。」
ユーナは納得できなかった。
けれど、ジンの横顔を見て、それ以上尋ねるのをやめた。
師匠は時々こういう顔をする。
怒っているような、悲しんでいるような。
ただ、ずっと昔に置いてきたものを見ているような。 そんな表情だった。
王立研究院の研究者フェルンとの合流場所は、山間の小さな廃村だった。
ジンは村へ入る前に立ち止まり、ユーナを自分の後ろへ下がらせた。
ジンの手は剣の柄に掛けられている。
二人は慎重に村へ入った。
二人以外に人の気配は感じられない。
崩れた家に枯れた井戸、雑草に覆われた道から、長く人が踏み込んでいないことがわかる。
村の中央あたりまで進んだ時、周囲に建ち並んだ崩れた家々の中の一軒から、かすかな物音がした。
「フェルン。」
ジンが低く呼びかけるが返事はない。
「〈アルカ・パクシス〉の使者だ。」
しばらくして、先程、物音がした家から、
「……証を。」
という男の声がした。姿は見えない。
だが、崩れた壁に隙間から、こちらの様子を伺っている気配を感じた。
ジンは腰に下げられたアルカの徽章を見せた。
少しの間を置いて、男の潜む家の扉がゆっくりと開き中から男が姿を現した。
現れた男は酷くやつれていた。
頬はこけ、髭は伸び、怯えたようにジンとユーナの背後をしきりに気にしている。
「二人だけか?」
男が疑いの目を向けるのに、ジンは「足りねえか?」と答えた。
フェルンは少し考えてから、今度はユーナを指さした。
「なぜ子供がいる。」
ジンがユーナを一瞥する。
「俺の弟子だ。」
「十二歳です。足手まといにはなりません」
ユーナが自分で答えると、フェルンが目を丸くした。
「本人もこう言ってる。安心しろ。」
ジンは少し笑ったが、フェルンにそんな余裕はなかったようだ。
「……急いでくれ、追われている。」
素早くジンの傍によると、周囲を警戒しながら告げた。しかし、焦るフェルンの様子を見ながらも、ジンは冷静に質問する。
「追っ手はレグナリアの手の者か。」
「ああ」
「ただの研究員の亡命に、そこまでレグナリアが執拗に追っ手をかけるのであれば、ただの亡命じゃないな。……お前、何を持ち出した。」
ジンの問いかけにフェルンが黙りこんだ。
「おい。」
ジンが厳しい視線を向けると、仕方なく、ぼそりと答える。
「……研究中の遺跡の資料を。」
「見せろ。」
ジンが迫ると、フェルンは一歩、あとずさった。
「国外へ出てからだ。私の身の安全と引き換えだ。」
フェルンのその態度に、ジンの目が鋭さを増した。
最初から、自分の身の安全と引き換えにするための交渉材料として、資料を持ち出したのだろうと、想像がつく。
「勘違いすんなよ。」
ジンの声が一段低くなった。
「俺たちはあんたの逃亡を手伝う便利屋じゃない。アルカがあんたを保護する価値があるかどうかは、今、ここで、判断する。」
フェルンが悔しそうに顔を歪める。
「お前、何を知ってる。」
長く沈黙の後、フェルンは口を開いた。
「王国は、旧文明の遺物を兵器として利用できないか研究し始めている。」
ユーナが息を呑む。
「旧文明の遺跡については、まだ何も分かっていないし、何も完成してはいない。」
フェルンは続ける。
「発掘された遺跡も、動かす方法すら分からないものがほとんどだ。それでも……軍は本気だ」
「根拠は?」
「研究予算が増えた。軍人が研究院へ常駐するようになった。これまで生活技術を研究していた者まで、攻撃転用の可能性を調べさせられている。私が持ち出したのはその証拠となる資料だ。」
「軍部に兵器研究を強制されるようにった、と。それで逃げ出したのか?」
ジンが尋ねる。
フェルンはすぐには答えなかった。 俯きながら語る。
「……怖くなった。千年以上前に引き起こされた古代文明の兵器による戦争が、我々の研究のせいで再び起こったら……。」
その答えに、ジンは冷たい目を向けた。
「それも承知の上で今まで研究を続けて来たんじゃないのか。今更怖くなったから自分だけ逃げ出すとは、ずいぶん都合がいいな。」
「……分かっている」
「アルカからは再三、古代兵器の復元につながるような遺跡研究は自粛するように、と通告していた。それを無視して研究してたのは自分たちだろ。」
「ああ」
「だったら被害者面すんな。」
ユーナがジンを見た。珍しく厳しい物言いだった。
ジンは基本的に、嫌いなタイプの人間や、愚かな人間にはさっさと見切りをつける。皮肉は言ってもこんなに攻撃的に問い詰めるような真似はしない。
「師匠。」
「分かってる。」
ジンは息を吐いた。
「説教しに来たんじゃねえ。行くぞ。」




