↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/51

第四章 saide白銀の髪の少年―遺跡の国の逃亡者―①

 レグナリア王国。

 大陸中央部に位置するその国は、七ヶ国の中でもっとも国土が狭い。

 北にも南にも大国を抱え、海にも面していない。平地は限られ、豊かな穀倉地帯を持つわけでもなければ、アラウナのように海運によって富を得ることもできない。地図の上だけを見れば、七ヶ国の中でも決して恵まれた国とは言えなかった。


 しかし、レグナリアには他国にはないものがあった。

 地下である。

 この国の地下には、旧時代――現在とは比較にならないほど高度な文明が存在していた時代の遺跡が、異常なほど多く残されている。

 地下施設、崩壊した輸送路、用途の分からない巨大な空洞、そして、現在の人間には原理さえ理解できない機械の残骸。

 レグナリア王国は古くからそれらの発掘を国家事業として進めてきた。

 長らく、その目的は純粋な研究だった。

 旧時代の技術を解明できれば、農業にも、医療にも、建築にも役立つかもしれない。

 だが近年、王国の研究者たちの間で、別の可能性が囁かれ始めていた。

 旧文明の遺物の中には――戦いに利用できるものもあるのではないか、と。

          




「レグナリア?」

 その国名を聞いた途端、ジンは露骨に顔をしかめた。

「嫌だ」

 あまりに早い返答だった。

 隣に立っていたユーナが、思わず師匠を見上げる。

 アルカ・パクシスの長、ゼインの執務室だった。


 正面の大きな机には組織の長たるゼインが座り、その少し離れた場所では、長老が杖に両手を重ねて椅子に腰掛けている。

 そして机の前には、呼び出されたジンとユーナが並んでいた。

「まだ任務の内容を説明していないが」

 ゼインが言った。

「場所を聞いた。それで十分だ。他の奴に回してくれ」

「今回の任務はお前に任せることにしている。」

「じゃあ俺は断る。」

「却下する。」

「横暴だな、おい。」

「組織というものはそういうものだ。」

 ゼインはこの〈アルカ・パクシス〉という組織の長である。厳格で公平、そしていつも冷静な人物であった。茶色い長い髪と深緑の瞳を持つエルフで、彼はラウルの兄でもある。

 各国から集まる情報を吟味し、使者たちに任務を言い渡す、正にアルカの頭脳であった。

 そのゼインは平然として、ジンの抗議を全て切り捨てている。


 ユーナは二人を交互に見た。

 ……珍しい。

 ジンは任務について文句を言うことは多い。

 遠い、寒い、暑い、酒が不味い、宿が高い……など、ありとあらゆる理由を並べては、出発前から不満を口にする。

 けれど本当に断ろうとすることは、ほとんどなかった。

 だから、ここまで頑なに嫌がるのには、何か理由があるのではないかと考えてしまう。

「師匠。」

「なんだ。」

「レグナリアが嫌いなんですか?」

「嫌いっていうか……」

 ジンは一瞬目を伏せて何かを言いかけ、やめた。

「面倒なんだよ、あの国は。」

「何がです?」

「いろいろだ。」

 ずいぶん曖昧な答えだった。


 その時、それまで黙っていた長老が「ジン。」と彼の名を呼んだ。

「なんだよ。」

 長老を相手にしているというのに、ジンは敬語を使わない。もっとも、長老もそれを咎める様子はなかった。ジンにとって長老は師匠にあたるが、これが二人の通常だ。

「まず、話くらい最後まで聞かんか。」

「聞いたら断りにくくなるだろ。」

「断らせるつもりがないから、わしもここにおるんじゃ。」

「最初から決定事項じゃねえか。」

「だから、そう言っておる。」

 ジンが嫌そうに顔を歪める。

 長老はそんな弟子を眺めて、やれやれと首を振った。

「お前があの国へ行きたくないのは分かっておる。」

 その一言に、ジンが黙った。

 ユーナは長老を見たが、長老は理由を説明しなかった。

「じゃが、だからこそお前に頼む。」

「……」

「それに。」

 長老の視線がユーナへ向く。

「今回は戦を止めに行くわけではない。人を一人、連れて帰ってくるだけじゃ。」

 ジンの眉間の皺が深くなった。ユーナを顎で示して言う。

「こいつも連れて行けって言うのか?」

「お主の弟子じゃろう、一緒に行け。」

 ジンが首を振った。

「今回は俺一人でいい。」

「駄目だ。」

 今度はゼインが即答した。

「どうしてだよ。」

「今回の任務は正式なアルカの任務だ。お前個人の用事ではない。ユーナにも経験を積ませる。」

「だったら別の任務でいいだろ。」

「ジン。」

 長老の声が少しだけ低くなった。

 普段の好々爺然とした声とは違う、鋭い視線でジンを見据えた。

 さすがのジンも師のその様子に口を閉じる。

「……分かったよ。」

 長老が笑った。

「最初からそう言えばよい。」

「言わせたんだろうが。」

 ジンがため息をついた。


 ゼインが机の上の書類を二人の前へ差し出した。

「任務について説明する。」

 レグナリア王立古代文明研究院。

 そこに所属していた一人の研究者が、アルカへ亡命を申し出ている。

 名はフェルン。

 四十代の男で、十年以上にわたり地下遺跡から発掘された旧文明遺物の解析に携わってきた。

「亡命の理由は?」

 ジンが尋ねた。

 先ほどまでの不満げな態度とは違う。

 真剣な、使者の顔になっていた。


「研究方針への反発、と本人は言っている。」

「具体的には?」

「軍部が研究へ介入し始めたことがきっかけで、研究自体が軍部主導になったことらしい。」

 ジンの目がわずかに細くなる。

「……軍部?」

「ああ。」


 これまで生活利用を前提としていた研究の一部が、軍事利用の可能性を調べる方向へ変わりつつあるという。

 まだ実用化されたものはない。

 そもそも発掘された遺物は既に動かない動かし方も分からない。。

 何に使われていたのかさえ不明であるものが大半である。

 だが。

「研究院と軍部の一部では、旧文明の遺物の中に兵器として利用可能なものが存在するのではないか、と考え始めているらしい。」

 部屋が静かになった。

 ジンだけが何も言わなかった。

「このフェルンという人は、その研究に加担することを拒んだってことですか?」

 書類を手にしながら、ユーナが尋ねる。

「本人の主張ではな。」

 ゼインが頷きつつ答えた。

「真偽は分からない。だからお前たちには、フェルンを保護すると同時に事情も聞いてもらいたい。」

「合流場所は?」

「レグナリア南西部。その後、南へ抜けろ。アラウナ海洋王国との国境近くにアルカの者を待機させる手筈になっている。そこまで連れていけば任務終了だ」

 ジンはユーナから書類を受け取った。

 しばらく目を通して。

「……了解」

 今度は文句を言わなかった。

          



 ゼイン執務室を出て、扉が閉まった途端、ジンは「最悪だ」と大きく息をついて嘆いた。

「長老に聞こえるぞ。」

 扉の横、廊下の壁にもたれていた男が言った。

「ラウル。」

 どうやら部屋の外で二人を待っていたらしい。

 そのままラウルの横を通り過ぎようとしたジンに向かってラウルが眉を上げながら聞く。

「レグナリアだって?」

「聞いてたのか」

「兄貴から事前に少しだけ聞いていた。」

 ラウルは兄ゼインの補佐役をしている。事前に任務の内容を聞いていても不思議ではなかった。

「だったら代われ。」

「俺に振られた任務じゃない。」


 二人は話しながら歩を進める。

「じゃあ、今からゼインに申し出て、お前の任務にしてくれ。」

「お前が適任だから、任されたんだろ。」

 ラウルが苦笑する。

 ユーナは二人の後ろを歩いた。

「まあ、お前がレグナリアに行きたくない気持ちは分かるがな。」

 その言葉に、ジンの足が止まった。

 ユーナも止まる。

 ラウルだけが何でもないような顔をしていた。


「……分かってるなら、代われ。」

「だから嫌だって。」

「この薄情者め。」

「褒め言葉として受け取っておく。」

 ジンは舌打ちして、ほんの少し声を落とした。

「俺が行くのはいいんだよ。ただ、……こいつを近づけたくねえんだ。」

 その言葉に、ユーナは瞬きをした。

「僕を?」

 ユーナが上げた声に、「あ」と言って、ジンが固まる。

 どうやら聞かれていることを失念していたらしい。


「どうして、僕をレグナリア王国に近づけたくないんです?」

「いや、……言葉の綾だ。」

「今、かなりはっきり言いましたけど。」

「十二歳のくせに細けえな、お前」

「師匠が分かりやすいんです。」

 困りきって黙り込むジンにラウルが助け舟を出した。

「それぐらにしてやってくれ、ユーナ。」

 ジンがラウルを見た。その時、二人の間で何かが交わされたように、ユーナには思えた。

 ユーナは黙って二人を交互に見比べる。気まずい沈黙が訪れた。


 少しして、その場を取りなすように、ラウルが言う。

「……まあ、お前が一緒なら大丈夫だろ。」

「それが一番信用ならねえんだよ。」

「自分で言うな。」

 ラウルはジンの肩を軽く叩いた。

「ちゃんと二人で帰ってこい。」

「分かってる。」

 ジンが歩き出す。

 ユーナもその後を追った。

 だが。

 ――こいつを近づけたくねえんだ。

 その言葉だけが、妙に耳に残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。