第一章 saide白銀の髪の少年―逃げ出した若君―②
襲撃は宿場町が目前に迫った、森の中で起きた。
風を切る音と共に矢が飛び、御者台へ突き刺さった。
「うわぁっ!!」
御者が叫び声をあげ、馬が驚き暴れる。
馬車が大きく傾き、荷台の乗客が悲鳴とともに折り重なって倒れた。
ロナンも荷台の床に投げ出された。その上に誰かが積み込んだ野菜詰まったの籠が倒れ掛かってくる。
「盗賊だ!」
御者が上げた怒鳴り声を合図にするように、左右の木々の間から男たちが飛び出してきた。
男たちは皆、顔を布で隠している。十人近い人数が、剣や斧を構えて馬車の荷台を取り囲んだ。
男たちの一人がくぐもった声で「金を出せ!」という言葉とともに、近くの乗客に手にした剣を突き付けた。
民を助けるのは領主の務めだ。ロナンは立ちあがると、震えながら腰の剣を抜いた。
「皆、僕の後ろへ!」
自分自身を鼓舞するように叫ぶ。
勇敢に賊に立ち向かう自分の姿は、平民たちの目に頼もしく映るだろう。
屋敷では幼いころから剣術は習っていた。領地の騎士団の団長にも、指南役にも筋は悪くないと褒められた。だから戦えると思っていた。
次の瞬間、意気込むロナンに向かって飛んできた矢が、頬を掠めて背後荷台の床に突き刺さった。
「ひっ!」
ロナンは反射的に身を縮める。頬が熱い。触れると血が付いた。
あと半歩、横に立っていたら死んでいた。
そう考えた途端に足が震えた。途端に剣が重くなる。
怖い。
稽古とは違う。相手が本当に自分を殺そうとしている。
その時、「どけ!」という怒声が響き、盗賊の一人が剣を片手に荷台へ上がってきた。
そいつが、ロナンのすぐ目の前に迫る。剣が振り上げられる。
ロナンは必至で剣を構えた。
「僕はベルネシュ自由連合王国の――」
「馬鹿!」
背後から何者かに襟首を掴まれた。そしてその場に引き倒される。
その直後。
ロナンの頭があった場所を盗賊の手にした剣が薙いだ。
ロナンを切りそこなった盗賊が舌打ちをして、倒れ込んだロナンを冷めた目で見降ろした。
――殺される!
恐怖で声も出なかった。
その時、盗賊の視線を遮るように、目の前に長身の後ろ姿が立ち塞がった。
ジンだった。
「喧嘩の最中に名乗る奴があるか」
目の前の盗賊に、殺意に満ちた視線を向けられても、先ほどまでと変わらず自然体で立っている。
その手には、いつ抜いたのか剣を持っていた。
ジンに盗賊が斬りかかる。速い。
瞬間に金属音が響く。
後ろで見ていたロナンには何が起こったのか見えなかった。
盗賊の剣が持ち主の手を離れ、宙を舞っていた。
「え」
盗賊自身も何が起こっているのか分からなかったのだろう、呆けた顔で動きを止めている。
その男の顎へジンの剣の柄が入る。
鈍い音と、何かが詰まったような短い息の音。直後に男が崩れた落ちた。
倒れた盗賊に目もくれず、ジンは他の盗賊たちに目を配りながら、荷台の床に倒れていた人を助け起こしていた少年を呼んだ。
「ユーナ!」
「はい!」
呼ばれた少年が腰の短剣を抜いてジンの横に並ぶ。
先ほど老婆に席を譲っていた小柄な少年。
その少年が、横合いから荷台の乗客を切り付けようとしていた盗賊に向き合う。
ユーナの動きを横目で確認して、ジンは倒した盗賊の横で斧を構える大柄な男に切りかかった。
同時にユーナも目の前の盗賊に向かっていった。
ユーナの動きを見たロナンは目を疑った。自分より年下の少年とは思えないほど素早い動きだった。
しかし、ジンとは違い動きに未熟さがある。
一度敵に踏み込んだ後、今度は敵の攻撃をかわす。
一歩後ろ退く。さらに一歩。
その時。
「下がりすぎだ!」
少し離れた場所で斧を持った盗賊の懐に飛び込み、腹に剣の柄をたたき込んだジンが叫ぶ。
「はい!」
「足!」
「はい!」
別の盗賊が剣を構えてジンに突進する。ジンは余裕で身をかわす。
そしてユーナに向かってまた叫ぶ。
「相手の手ぇ見るな、肩見ろ!」
ロナンは呆然とした。
戦いながら教えている。
ジンに攻撃をかわされた盗賊がまたしてもジンに向かって飛び込んでくる。
ジンは敵勢いを利用して攻撃をいなす。盗賊の体勢が崩れる。
そこへ踏み込み。無防備にさらされた首へ一撃。
男が倒れた。
それを見ていた別の盗賊が今度はユーナへ向かった。
「子供からだ!」
ユーナは既に一人を相手にしている。子供相手に二対一。
切りかかってきた攻撃をユーナが短剣で受けた。
相手のほうが体も大きく力も強い。
剣と短剣がぶつかる。
「っ」
小さな腕が沈む。
その瞬間。
ジンが割って入った。
盗賊の剣を弾き、足を払う。
地面へ倒れた盗賊の喉元へ剣先を突き付ける。
「弟子に手ぇ出す気なら、その前に俺をどうにかしろよ。」
盗賊が怯えてひきつった声を上げる。
口元には笑みが浮かんでいたが、目は笑っていなかった。
ロナンは息を呑んだ。
本当に強い人間というものを、この時初めて知った。
父の騎士たちの堂々とした剣裁きを知っている。
剣術指南役の整った剣の動きも知っている。
だが、ジンの剣技はそのどれよりも速く、強かった。
相手が剣を振るう前に、次に何をするのかわかっているように動く。
一人。
二人。
三人。
ジンが動くたびに盗賊が倒れていった。
しかも彼は誰一人として殺してはいない。
手首、あるいは肩や脚。
戦えなくなる場所だけを正確に打つ。
「……何者なんだ」
ロナンは呟いた。
やがて残った盗賊たちが逃げ始めた。
「退け!」「化け物だ!」「逃げろ……!」
口々にわめきながら、傷ついた仲間を引きずって逃げ出していく。
ジンは追わなかった。剣を払って鞘に納める。
「師匠!」
戦闘が終わった途端にジンのもとにユーナが駆け寄る。
「怪我はありませんか?」
「ねぇよ。」
「本当に?」
「ないって。」
ユーナは疑わしそうにジンの姿を頭からつま先までじっくりと観察する。
ジンは居心地悪そうにしている。
ユーナが納得した様子を見せると、今度はジンがユーナの腕を掴んだ。
「お前こそ、怪我はないだろうな。」
「大丈夫です。」
「……嘘つけ。手、見せろ。」
「え?」
「いいから、見せろ」
ユーナの手を掴んで上着の袖をまくる。そこには小さな切り傷があった。
ユーナがジンから目をそらした。
「これくらい何ともありません。」
「これくらいじゃない。」
「師匠もいつも怪我していますよね。」
「俺は大人だからいいんだよ。」
「理屈になってません。」
「うるせえな。」
そんなやり取りをしながも、ジンがユーナの傷に布を巻く。
乱雑言葉遣いとは反対に、その手つきは丁寧だった。
少し離れたところでは、馬車の荷台の傍で、さきほど席を譲った老婆が腰を抜かしている。
ユーナはその姿を認めると、自分の手当ても途中なのに、すぐにそちらへ向かった。
「おばあさん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……。」
「どこか痛いところは?」
「席から落ちた時にねぇ、腰を少し……。」
「無理に立たないでください」
幼い少女も母親にしがみついて泣いている。
老婆に荷台の席落ち着くのに手を貸したユーナは、すぐに少女のもとへ駆けつけ、しゃがみ込んで声を掛けた。
「怖かったですね。」
自分も戦ったばかりなのに、少女の目線まで身体を低くして安心させるように微笑んだ。
「もう大丈夫ですよ。」
一方でジンはというと、馬車の乗客の世話を焼く弟子を眺めながら、凝った肩でもほぐすようにぐるっと肩を回してから。
日の暮れかかった空を見上げて、「……酒が飲みてぇな。」と、ぼやいた。
ロナンはそんな師弟を見比べながら思った。
本当に、妙な者たちだ、と。




