↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/51

第三章 saide白銀の髪の少年―拠点にて―⑤

 ユーナを連れて家に着いたジンはその足で、ゼインと長老のもとへ向かった。ユーナについての詳しい報告が必要だった。

 その間、ユーナを見ていてくれ、と頼まれたラウルは了承した。

 そして、部屋にはラウルとユーナの二人きりになった。

 部屋の中に沈黙が満ちる。


 ユーナは椅子に座ったまま動かない。

 ラウルの「楽にしていいぞ。」という問いに、「はい。」と返事をするが、姿勢は変わらない。

「喉、渇いてないか?」という問いには、「わかりません。」

「腹は減ってないか?」と聞いても、「わかりません。」

 ラウルは少し考えてから、「疲れていないか?体調は悪くないか?」と聞いた。ユーナは静かに聞き返した。「……体調が悪い、というのは?」

 ラウルはしばらく言葉を失った。

 そうか。この子は自分の状態を、自分で認識することすら、まだ上手くできないのか。


 ラウルは言葉を変えて再度尋ねた。

「どこか、身体に痛いところはないか?」

「痛いところならあります。」

 答えるユーナの声は平坦だった。

「どこだ?」

「全部です。」

「全部?」

 予想外の返答にラウルが続ける言葉に詰まるが、気を取り直すように続けた。

「いつから痛かったんだ?」

「わかりません。」

「ジンには言った?」

「いいえ」

「どうして」

「報告の必要がありません。動けます。」

 その言葉にラウルの胸が詰まった。


 動ける、だから大丈夫。

 痛くても、苦しくても、動けるなら問題ない。

 奴隷の子供に、そう教え込んだ人間がいる。

 ラウルは怒りを呑み込み、できるだけ優しく教えた。

「ユーナ、これからは動けるかどうかだけで決めなくていい。」

「……?」

 ユーナの無表情な顔の中に困惑の色が浮かんだ。

「痛ければ、痛いと言え。苦しければ、苦しいと言え。休みたければ、休んでいいんだ。」

 ユーナは不思議そうにラウルを見て問う。

「命令ですか。」

 ラウルが首を振って言う、「違う、権利だ。」

「けんり……?」

「そうだ。」

 わからない顔をしている。

 当然だ。恐らくこれまで一度も、そんなものを与えられたことがなかったのだから。

 ラウルは無理に説明しなかった。

「まあ、そのうち分かる。」とだけ言って少し笑う。

「……分かりました。」

「よし。」

 ユーナがまた新しいことを知れたのなら、それはほんの少しだけ、前進したということだろう。




 それからしばらく、ラウルはユーナを観察した。

 本当によくわからない子だった。

 何か頼めばすぐにやる、やめろと言えばすぐやめる。何を聞いても「どちらでもかまいません。」、「わかりません。」、「必要ありません。」と、そればかり。

 その一方で、妙にしっかりしているところもあった。

 ジンの旅装を畳み、剣の手入れ道具を並べる。荷物を分類し、部屋を掃除する。


「……それ全部、普段からお前がやっているのか。」

「はい。師匠は片付けが苦手なので。」

 そうなのだ。ジンの荷物は、とにかく散らっていた。酒瓶、賭博札、地図、使いかけの包帯に短剣。ユーナがそれを一つずつ整えていく。

 ……九歳に世話されてるぞ。あいつ。

 ラウルは呆れたが、それ以上に、ユーナがそれを役割だと思っていることが気になった。

「ユーナ。」

 ユーナがラウルを見る。ラウルは、ユーナが畳みかけているジンの上着を指さして言う。

「それ、やらなくていいぞ。」

「……?」

 ユーナが不思議そうな顔をした。

「でも、僕がやらなければ師匠が困ります。」

「困らせればいい。自分でやらせろ。」

 その言葉に、ユーナは本気で困った顔をした。

「でも、僕は弟子です。」

「弟子だからって師匠の部屋を片付ける義務はない。」

 ユーナが黙る。ラウルは笑って言った。

「それに、いい年して、いつまでも片付けができないあいつは、少し困った方がいい。」

 ユーナが、本当にほんの少しだけ、口元を動かした。笑ったのかどうか分からないぐらいの動きだったが、その表情は心なしか柔らかくなったようだった。

「……そうなんですか。」

「ああ。」

「分かりました。」

 しかし、数時間後、ユーナはジンの服を畳んでいた。

「……まあ、いいか。」ラウルは諦めた。




 ゼインと長老に報告を終えたジンが戻ってきたのは、その日がかなり傾いた頃だった。

 戻ったジンにラウルが声を掛ける。

「遅かったな。」

「長老の話が長かったんだよ。」

「こっちは大変だったんだよ。」

 ジンが脱いだ外套を椅子背に放り、「何が?」と首をひねった。

「お前の弟子だ。」

「何かしたか?」

「何もしないから大変なんだ。」

 ジンは、何だそりゃ、と言ってユーナを見た。

 ジンが放った外套を畳もうと手を伸ばす弟子に「腹減ったか。」と聞きながら近づく。

 ユーナは相変わらず、「わかりません。」とジンの顔を見上げる。

 何気なく、その顔を見た次の瞬間、ジンの表情が変わった。

「……ユーナ、こっちに来い。」

「はい。」

 言われた通りに近づいたユーナの額に手を当てる。


 熱かった。


 ジンがラウルを振り返る。

「こいつ、熱がある。」

「何?」

 ラウルが眉を顰めた。先程まで一緒にいたが、そんな素振りは見られなかった。

 ジンがユーナの顔を覗き込み、真剣な眼差しで聞く。

「いつから具合が悪かったんだ?」

 しかし、聞かれた本人は質問の意味が分からないようだった。

「……わかりません。」

「しんどくないのか。」

「しんどい、という感覚がわかりません。」

 ジンの顔が険しくなった。


 ラウルが二人の傍に歩み寄り、ジンがしたのと同じようにユーナの額に手を当てた。

 熱は大分高そうだった。

 ラウルは手を離して、少年に尋ねる。

「寒いか?」

「…少し。」

「いつから?」

「分かりません。」

「頭は痛い?」

「はい。」

「喉も痛いか?」

「痛いです。」

 ラウルをユーナのやりとりを、横で見ていたジンが声を上げる。

「何で言わないんだよ!」

 ユーナがびくりと身体を震わせた。その反応に、ジンはすぐに声を落として付け加える。

「……違う。お前に怒っているんじゃない。」

 そして気まずげに頭を掻くと、ユーナを抱き上げた。

「……師匠?」

「寝るぞ。」

 でも、と何事か続けようとするユーナに、いつもより少しだけ優しい声で、「今日は、もう何もしなくていい。身体を休めるんだ。」と、告げた。

「命令ですか。」と抱えあげられたユーナが静かに聞く。

 ジンは一瞬黙ってから、「……ああ。今日は命令にする。」と答えた。

 その答えを聞いて、ユーナはようやく体の力を抜いた。




 今、ラウルは新鮮なものを見る気分で友人を眺めていた。

 ユーナを寝台に寝かせたジンは明らかに慌てていた。

 水差しを手にして無駄に部屋をうろうろ歩き回り、ユーナが寒いと言えば毛布を何枚も掛け、掛けすぎだとラウルに指摘される。熱冷ましの薬を飲ませて、何度も額に手を当てて、「まだ熱い。」と呟く。


 ラウルは「そんなすぐに下がる訳がないだろう」と、なだめてやった。

「呼吸が早くないか。」と心配するのに、「熱があるからな。」と返す。

「顔が赤いぞ。」と言うのにも、「熱があるからな。」と答える。

「大丈夫なのか。」と恐る恐るユーナの顔を覗き込んで聞く様子に、ラウルはため息をついた。


 普段のジンは国王や領主相手でも平然としている。

 刺客に囲まれても顔色一つ変えない。

 そんな男が、九歳の子供の発熱で完全に落ち着きを失っている。

 ラウルは少しおかしくなってきた。

「笑うなよ。」

 拗ねたように言うジンに、笑っていないと返してから、ラウルはアドバイスしてやる。

「いいか、ジン。子供はしょっちゅう熱を出すもんなんだ。水分を取らせて、できたら何か食べさせて、薬を飲ませる。それで様子をみればいい。」

 真剣にラウルの言葉を聞いて、ジンは分かった、と頷いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。