第三章 saide白銀の髪の少年―拠点にて―④
その日、ラウルは各地からナギドリが運んで来た、任務中の使者からの報告書に目を通していた。
その報告書を読んだラウルは、しばらくは手にした報告書を机に置くことができなかった。
手にしているのは、任務中のジンからの報告書だった。
――対象の少年、九歳を確認、保護した。数日中に拠点に帰還する。
任務が終了した旨の内容に簡潔に添えられていた一文。そこから目が離せなくなったのだ。
ジンの報告書はいつも短く、必要最低限のことしか書かれない。いや、必要なことすら書かれていない事もある。
今回の一文も、どこで、どんな状況で、少年を保護したのか、現在の状況はどうなのか、そんなことが一切書かれていなかった。
それでも、その一文を読んだ時に、ラウルの胸に湧いた感情は。
――やっと見つかったのか。よかったな。
というものだった。
ジンがこの村にやって来た事情も、どんな気持ちを抱えていたのかも、ラウルはそのすべてを知っている訳ではない。
しかし、ある日ふらっと村にやってきた、この男の口から語られたことを、ゼインと長老と共に聞いた。
ジンがこの村になじむまで、お目付け役として世話を焼いてきた。
親しくなってから酒に酔ったジンが、ぽつりぽつりと自分の後悔を語るのを聞いたこともある。
だから、ジンがどれほどの気持ちで、一人の少年を長年探し続けているのかは知っていた。
その少年が見つかったという。ならば、ジンの抱える亡霊のような後悔に、一つの答えが出せるかもしれないのなら、よかったな。と思うのだった。
だが、その直後、ラウルの頭に別の問題が浮かんだ。報告書の一部にジンが書いていた情報、『対象の少年、九歳を確認、保護した。』
……九歳。
ジンを思い浮かべる。
朝は起きない、部屋は散らかす、酒を飲む、賭博をする。
放っておけば寝台より酒場の床で寝ている回数の方が多いのではないかと疑いたくなる生活を送る。
そのくせ、剣を握らせれば、アルカのでも指折りの使い手で、交渉の場に放り込めば老獪な王侯貴族すら煙に巻く。
戦況を見る目も鋭く、人間の真理を読むことに長けている。
危機的な状況ほど頭が冴える。
そんな男が九歳の子供を育てる。
「……大丈夫か?」
ラウルは本気で呟いた。見つかったよかった、と心から思う。だが、別の意味でとてつもなく心配になってきた。
数日後、村に続く道を歩いてくるジンの姿を見つけた時、ラウルは仕事を放り出して村の入口まで迎えに行った。
「ジン!」と名前を呼ぶと、旅装姿の男は顔を上げてラウルを見た。
「よう。」と、片手を挙げる。長旅であったはずなのに、まるで近所の酒場から帰ってきたような調子だった。
「『よう』じゃない。帰還予定を二日過ぎてるぞ。」
「色々あったんだよ。」
「では、その色々を報告書に書け。何のための報告書だと思ってるんだ。だいたい、お前は—―」
いつものように説教を始めようとしたラウルは、ジンの後ろの人影に気づいた。その影はジンに隠れるように立つ、小柄な少年だった。
小さい、あまりにも。
それが少年を見て、ラウルが最初に抱いた感想だった。
九歳と聞いていたが、実際に見るとさらに幼く見える。身体が細いせいだろう。頬も痩せており、手首などラウルが片手で握っただけで折れてしまいそうだった。
少年は、恐らくジンが買い与えた物だろう、旅装を纏っているが、まだ身体に馴染んでいない。
そして、少年は大きな荷袋を両腕で抱えていた。
ラウルは少年を見る。少年もラウルを見た。
目が合ったその瞬間に、ラウルは胸の奥に奇妙な冷たさを感じた。
少年の目、そこから本来感じられるはずの感情が何もないのだ。
警戒も、怯えも、好奇心もない。初めて見る人間に対する興味すらない。
ただ、こちらを見ているだけ。まるで、命令を出されるのを待っているような、そんな目だった。
この子がジンが探し続けた少年。
ジンが少年の背中に手を添えて、「ユーナだ。」とラウルに向かって紹介する。
「ユーナ。」ラウルはゆっくりとその名を呼んだ。少年が姿勢を正し、返事をする。
ラウルはしゃがんで、少年と目線を合わせた。
「俺はラウルだ。ジンの……まあ、友人みたいなものだ。」
ユーナは小さな声で、はい、と答えた。
「ジンと同じ、アルカの使者だ。」
「はい。」
沈黙。
「よろしくな。」
「はい。」
会話が終わってしまった。
ラウルはジンを見上げる。ジンはものすごく微妙な顔をしていた。
どうやら、これがこの子の通常らしい。
ラウルは話題を変えるように、ユーナにできるだけ優しく問いかけた。
「ところで、その荷物はなんだ?」
ユーナが答える。
「師匠の荷物です。」
「……なぜ、お前が持っている。」
「持つように命じられました。」
ラウルの視線がゆっくりジンへ向いた。その視線に強い非難の色をみとめたジンがたじろぐ。
「……ジン。」低いラウルの声。
「おい、ちょっと待て。」
「お前、旅慣れない九歳の子どもに、自分の荷物を持たせているのか。」
「違う。」
慌ててジンが否定する。ラウルは冷たい視線はそのままに、「何が違う。」と聞く。
ジンがユーナに助けを求めるように聞いた。
「俺、お前に荷物を持てって命令したか?」
「『これを持てるか』と聞かれました。」
それを『持て』という命令だと思ったのだろう。
ジンが頭を掻きながら、「それ、よこせ。」とユーナが抱える荷物に手を伸ばした。
ユーナがすぐに荷袋を差し出す。
ジンがそれを受け取った。
「いいか、今度から俺が『持てるか』と聞いても、持たなくていい。……持ちたくなければな。」
ユーナが首をかしげて、少し考えて答える。
「持てます。」
「そうじゃない。持てるとしても、持つのが嫌なら持たなくていいんだ。」
ユーナが心底分からない、という顔をした。
ジンが頭を抱えた。
この一連の流れから、ラウルは何となく状況を理解した。これは、想像していたよりずっと大変だ。




