第三章 saide白銀の髪の少年―拠点にて―③
自宅へ戻ったジンは、荷物を床へ置くなり寝台へ倒れ込んだ。
それを見てユーナが荷物を片付けるように促すが、ジンは明日やると答えるばかり。
ユーナはやれやれと、軽くため息をつきながら荷物を開いた。
洗濯物、旅に必要な様々な道具、保存食、そして。
「……師匠、この酒瓶はなんですか。」
ユーナが見覚えのない酒瓶を取り出して、掲げて見せる。
「ああ、それ。旅の思い出に、な。」
言葉を濁すジンに、ユーナは冷静に返した。
「没収します。」
「待て待て待て。」
ジンが起き上がってユーナを説得する。
そんないつものやりとりの声が、小さな家から漏れていた。
旅の間とは違いここでは剣を握る必要もなく、周囲を警戒する必要もない。
今夜だけは、二人は家に帰ってきたのだった。
翌日、ユーナは朝から長老のもとへ向かった。
一方、ジンは昼前まで寝ていた。
…そして起きるなり酒場へ行った。
ある意味、実にジンらしい一日の始まりだった。
「昼間から何をしている。」
酒場の隅で気分よく杯を傾けていたジンの頭上から、低い声が落ちてきた。
ジンは顔を上げるなり、自分に声を掛けて人物を認めて「……げ」と声を漏らした。
「『げ』とは何だ。」
ラウルが腕組みをしてジンを見下ろしている。
「お前は本当に学習しないな。」
ため息を一つ。偶然、酒場の前を通りかかってみれば、真っ昼間から飲んだくれるジンの姿を見つけてしまったのだ。
「任務がない時ぐらい飲ませろよ。」
ジンの言葉に、ラウルはまたため息を一つ。
「任務だろうが、任務じゃなかろうが飲むだろうが、お前は。」
そう言ってから、ラウルはジンの向かいの椅子を引いて座って聞く。
「ユーナは?」
「長老んとこ。」
ラウルがああ、と頷く。
「治癒術か。」
ジンは杯を傾ける。
「……あいつ、真面目すぎんだよな。」
「誰に似たんだかなあ。」
俺だろ。と胸を張るジンを呆れる。
「そこを自信満々に言える神経が分からん。」
ラウルとジンがそんな会話を交わしていると、「師匠」と聞きなれた声がした。
後方から二人の着く卓にユーナが近づいてくる。
見つかった、内心でジンは呟く。
卓の傍らに立ったユーナは机の上の酒を見て、それからジンを見る。
「師匠、昼食はどうしました?」
「飯のかわりに酒を飲んでる。」
「お酒は食事ではありません。」
「ユーナ、知ってるか。パンは麦からできてる、酒も麦からできてる。」
「そういう問題ではありません。」
傍で聞いていたラウルが、額を押さえた。
「お前たちは帰ってきた翌日からこれか。」
ジンがにやりと笑ってラウルを見る。
「いつも通りだろ。」
「威張るな。」
その間にユーナは店主に簡単な料理を頼んでいる。
「ちゃんと食事をとってください。」
「はいはい、分かったよ。」
そう言いながら、ジンがユーナを見た、その一瞬。
「ユーナ、お前も座れ。」
そう言って、ラウルと自分の間の席を示した。
ユーナが首をかしげるのに、「座れ」と言葉を重ねた。
いつもの気怠そうな口調のままだったが、ラウルは気づいた。
ジンがユーナの手を見ている。
ラウルもユーナの指先に目を凝らした。
わずかに震えている。顔色もそういえばあまり良くないようだ。
「飯食ったら帰って寝ろ。」
ジンの口調は軽いものなのに、譲らない強さがあった。
目の前の酒の入った自分の杯を遠ざける。
僕は大丈夫です。と言い張るユーナの手首を掴み脈を確認した。
そしてユーナの目を覗き込んで言う。
「ちょっと早いぞ。疲れがたまってる。」
ユーナが驚いたように「分かるんですか。」と聞くのに、少しだけ胸を張って答える。
「俺を誰だと思ってるんだよ。」
「……酔っ払いです。」
ジンは心外そうな顔で言う。
「師匠だよ。」
ラウルは黙って二人を見ていた。
ジン自身は気づいていないのだろう。
ユーナも、おそらく分かっていない。
だが、ラウルは知っていた。
このジンという男が昔からこんなふうだったわけではないことを。
――いや、正確には、こんなふうになろうとしていた男を、ラウルは知っていた。




