第二章 saide白銀の髪の少年―過去の影―⑫
翌日、ジンの予想は的中した。
一行が国境近くの森に近づいた時、 森から矢が飛んだ。
いち早く襲撃に気付いたジンが、飛んできた矢を叩き落としながら敵襲を叫ぶ。
アルバを筆頭とした騎士団が一斉に動いた。領主代理の馬車を守るように囲む。
その騎士団をさらに取り囲むように森の中から襲撃者の集団が現れた。
「子供たちの恨みを思い知れ!」
襲撃者の一人が叫んだ。
彼らの装いからアルヴェインの自警団だと分かる。
ジンは悔しそうに顔を歪め、やっぱりか、と呟いた。
自警団の者たちの心情は理解できる。
それでも、さらなる争いを防ぐために、自分たちは剣をとって彼らを止めねばならない。
「説得できませんか!」
ジンのそばで短剣を抜いたユーナの問いに、ジンは首を振った。
アルヴェインの襲撃者たちは完全に頭に血が上っている。今、何を言っても聞き入れそうにない。
襲撃者に向かってジンが剣を構える。
「できるだけ、殺すな!」
アルバが部下の騎士たちへ叫ぶ声が聞こえてくる。
戦いが始まった。
騎士団と襲撃者が入り乱れて争い始める。
馬車の中で怯えるランジールには次第に敵が迫って来ているように感じられた。いっそこの馬車を飛び出して、向こうに見える森へ走って逃げこんだ方が良いような気がしてくる。
ランジールが馬車の扉を開けた時、ユーナがその傍へ素早く駆け寄る。
「外へ出ないでください。師匠たちが襲撃者たちを抑えていますので、ここが一番安全です。」
だが、ユーナの説得も、恐怖で判断力を失っているランジールには届かない。
「黙れ!この馬車が狙われているのだぞ!」
静止を聞かずに馬車から飛び降りた。
「待って!」
ユーナが腕を掴もうとしたが、遅かった。外へ飛び出したランジールへ襲撃者の刃が襲い掛かった。
「ぐあっ!」
濁った声を上げて、肩から胸にかけてを切り裂かれる。
鮮血が散った。
ランジールを斬り付けた襲撃者が騎士団に殴り飛ばされ、拘束される。
その様子を横目に、ユーナは慌ててランジールに駆け寄り、傷の具合を確かめる。
バッサリと斬られた深い傷から血が溢れる。
すぐに処置しないと、命が危ない。
ユーナは掌を傷へ当てた。
淡い光が広がる。
傷がふさがってゆくにつれて、青白かったランジールの顔色にも血の気が戻る。
治癒術を使いすぎると、ユーナ自身の身体に負担がかかる。
ジンには常に治癒術は使うな、と釘を刺されている。
だからユーナは応急処置として、必要最低限だけを癒した。
力なく目を閉じていたランジールも、傷がふさがり、驚いた顔でユーナを見つめている。
これで大丈夫。あとは、帰って医師の手当てを受ければ心配ない。
そう確信できるところまで治して、ユーナは傷から手を離した。
ところが、その腕が強く掴まれた。
倒れたままのランジールがぎょろりとした目でユーナを見上げていた。低くしゃがれた声で言う。
「なぜやめる。まだ痛いぞ。」
人に命じることに慣れた、支配者の目でユーナを睨む。
努めて冷静に、ユーナは答えた。
「応急処置は終わりました。傷の深い部分は治しました。止血もできていますので、あとは医師に処置してもらえば――」
「治癒術ならまだ治せるだろう。治せ。」
ユーナは大きく息を吸い込んで言った。
「これ以上は必要ありません。そもそも、限界を超えた治癒術は術者に負担がかかるので、これ以上は——」
「命令だ!」
その言葉に、ユーナの身体が硬直した。
それでも、ユーナは抗おうとした。
治癒術の使用を断るために、口を開いたその瞬間に。
「奴隷の分際で私に逆らうのか!」
自分の顔から血の気が引くのが分かった。
自分はもう奴隷ではない。そう思うのに、言葉が出なかった。
ユーナの様子など気にも止めずにランジールは続けた。
「お前は奴隷だったのだろう!なら命令に従え!」
頭が真っ白になった。
奴隷、命令、従え……三年前まであまりにも身近だった言葉。
昨日聞いた言葉、地下室で見た少年たち、傷ついても立ち上がる姿。
そして過去の自分。
それらが一気に重なった。
――命令には、従わなければ。
手が勝手に動いた。ランジールの傷へ手を添える。再び光が灯った。
ランジールの傷がきれいに塞がっていく。
それと引き換えに、ユーナの息が上がる。眩暈と寒気に襲われ、胸が苦しくなる。
それでも手を離せない。
命令されたから。治せ、と。
「ユーナ!」
遠くからジンの声が聞こえた。
ジンの声に答えたいと思うのに、声が出なかった。
もう止めたいと思うのに、体が言う事をきかなかった。
頭の中も霞がかかったようにぼんやりしている。
「やめろ!」
駆けてくるジンの焦った顔が目の端に映った。
昨日もあんなに心配をかけたのに。ごめんなさい。
ユーナの視界が暗く狭まっていく。
身体から力が抜けていく。
……師匠。
最期にそれだけ呟いて、ユーナは倒れた。




