第二章 saide白銀の髪の少年―過去の影―⑪
翌朝、三人はランジールへ奴隷商摘発の報告をするため領主館へ向かった。
領主館へ向かう道は朝から多くの民衆で賑わっていた。中には、昨夜の事件を噂するような声もちらほらと聞こえてくる。
領主館が遠くに見え始めた時、雑踏の途中でジンがふと歩みを緩めた。 隣を歩くユーナがジンを見上げる。
「そのまま歩け。」
前を向いたまま、ジンが小声で言った。
ユーナは何も聞かずに従った。半歩ほど後ろを歩いていたアルバも、不審そうにしながらそれに続く。
ジンが歩みを緩めた、その理由、それは館の周囲の人影に気付いたからだった。
数人の行商人が何やら話し込んでいる。
旅人の姿も見えた。
露店を覗き込む者、建物の影で休息している者、様々だった。
けれど全員、妙に館を気にしている。
ジンはそのうちの一人の腰布へ目を止めた。
アルヴェイン北西部でよく使われる織り模様だった。
疑念の種を抱いたまま、ジンは何も言わず館へ入った。ユーナもアルバもそれに続いた。
領主の執務室にて、奴隷商の件の報告を聞いてもランジールは大して驚かなかった。
不機嫌そうに鼻を鳴らして、「そうか。」と、 ただそれだけだった。
アルバが信じられないという顔をする。
「そうか、ではありません。実際に十数名の子供が閉じ込められていたのです。」
ランジールはアルバを鬱陶しそうに見やる。
「領内で人身売買が行われていたのですよ!」
つい、語調がきつくなった。ランジールがアルバを睨む。その目は冷ややかだった。
「だから何だ。他国の貧民の子供だろうが。」
ユーナの表情が硬くなる。ジンがすっと目を細めた。
「貧しい子供が売られたところで、我が領に何の損失がある?」
茫然とランジールを見つめるアルバの表情に失望が浮かぶ。
「……本気で仰っているのですか。」 と、そう問う声が震えていた。
「私に意見するな!」
ランジールが激しく机を叩いた。
「自分の立場をわきまえろ、副団長!」
アルバが歯を食いしばり、拳を握りしめた。
ジンが深いため息をついた。
「帰るぞ、ユーナ。」
そして拳を震わせるアルバを見て、「アルバも、行くぞ。」と付け加える。
何かを言いかけるアルバを遮ってランジールに視線をやり、「話にならん。」と告げると、さっさと部屋を出ようとした。
その後ろ姿をランジールが呼び止めた。
「明日、アルヴェイン国境付近の農地を視察する。護衛しろ。」
ジンはゆっくりと振り返り、ランジールに向き直った。うんざりした表情を隠しもしていない。
ジンの表情を見てもランジールは変わらず不遜に言い放った。
「騎士団は奴隷商の摘発で忙しい。どうせ貴様らはアルヴェインへ戻るのだろう。ついでに私を護衛すればよい。」
アルカの使者を自領の騎士団の代わりに使おうとしている。あまりの暴挙にアルバは言葉を失った。
ユーナは冷静にジンの顔を眺めた。きっとジンランジールの驕った依頼を断るだろう。
面倒くさい、の一言で切り捨てるはずだ。
だからこそ、ジンが「分かった。」と言葉少なに了承したことに驚いた。
館を出てからすぐにユーナはジンに、どうして引き受けたのか尋ねた。
アルバも理解しがたいという顔で聞く。あなたなら絶対に嫌がると思ったのに、と。
二人に不思議そうに見つめられ、ジンは周囲を確認してから、小声で言った。
「館を見張ってる奴らがいる。おそらくアルヴェインの者だ。攫われた子どもの親族か、自警団の連中か……。」
今回の件の被害者であるアルヴェイン側の民衆からすれば、ベルネシュの領主が自領での犯罪行為を見逃していたことになる。たとえそれが故意でなくても、ランジールが事件を放置していたと知って、直接報復にでる可能性がある。
アルバの顔色が変わる。
明日の視察は報復を考える者にとって絶好の機会となるだろう。
「だからあいつの依頼を受けた。面倒だが、腐ってもあの馬鹿は領主代理だからな。」
明日の視察でランジールがアルヴェインの者に害されれば、間違いなくベルネシュとアルヴェインの外交問題に発展する。ランジールがどんなに横柄で傲慢な男でも、アルカの使者として争いの火種を見逃すわけにはいかなかった。
ジンはため息をつくと、気怠げに肩を回した。




