第二章 saide白銀の髪の少年―過去の影―⑧
染物工房を装った建物の、地上部分にいた男たちを制圧し、アルバは息を整えながら周囲を見ました。ジンとユーナも剣を納めて周囲を見渡している。多少息の上がっているユーナとアルバに対して、最も多く敵を倒したはずのジンは、まったく息が上がっていなかった。
……化け物か。小声の呟きを聞きとがめたジンが「失礼なやつだ。」と、肩をすくめた。
そうしてふと表情を改め、地下へ続く階段を指した。
「行くぞ。」
階段を三人で降りる。
暗闇の中、感じるのは湿った空気と鉄の匂い。
やがて眼が暗さに慣れてくると。奥へ続く狭い通路とその両側に扉が見えた。
ジンがその扉の一つに手をかけ、開けた。
中の様子を目にした途端にアルバの顔色が変わった。
中は狭い部屋だった。その部屋に十人を超える子供たちが押し込められていた。
泣いている子、声も出せず震えている子、怪我をしている子、手首を縄で縛られている子もいた。
アルバは腹の底から怒りが沸き上がるのを感じた。
怯える子供たちを前に、最初に動いたのはユーナだった。
しゃがんで子供たちと同じ目線になると、、できるだけ優しい声で言った。
「もう、大丈夫です。僕たちはアルカの使者です。依頼を受け、皆さんを助けに来ました。」
ユーナの正面で蹲っていた、一人の少女が怯えた目で見つめる。
「……ほんと?」
「本当です。」
ユーナは笑った。
「皆さんの家族が待っています。家に帰りましょう。」
その言葉を聞いた途端、少女の目から涙がこぼれた。ユーナは慌てず、手を伸ばす前に尋ねた。
「触っても、大丈夫ですか。」
少女が小さく頷く。そこで初めてユーナは彼女の背を撫でた。
アルバはそれを見ていた。ユーナの子どもたちへの接し方は、優しいだけではなかった。
怖がっている相手が何を嫌がるかまで考えている。
無理に触れない、返事を待つ。
この少年は、自分自身がそうやって接されたことがあるのではないか。と、何となく思った。
ユーナの隣にアルバもしゃがみ込んだ。まずは子供たちを保護しなければなるまい。
「ユーナ君、その子は私が見る。君は他の子を――」
その時だった、奥の通路から、何かが走ってくる音がした。
ジンが通路の奥を振り返りながら、部屋から出ようとしていた子どもを「下がれ!」と制する。
暗がりから飛び出したのは十四、五歳ほどの少年だった。
彼の手には短剣が握られており、真っ直ぐジンの胸を狙ってくる。
ジンは半歩身体をずらして危なげなく躱すと、 少年の手首を取ってそのまま床へ押し倒した。
少年は倒れたまま激しく抵抗する。
「おい、落ち着け。」
ジンが眉をひそめて声を掛けるが、まるで聞こえていないようだった。
さらに奥から足音がして、まず二人。さらに三人の人影が現れた。
全員が少年だった。
痩せて、ぼろぼろの服を纏い、腕や脚に傷がいくつもついている。
けれど、彼らの異様さはそこではなかった。
彼らのその瞳。
少年たちの瞳には何も映っていなかった。
怯えも、怒りも、憎しみもない。
ただ命令された作業をこなすように、ジンへゆっくりと向かってくる。
「殺せ!」
その声は通路の奥から響いた。
奴隷商の男がジンを指さし叫んでいた。
「そいつらを殺せ!」
その命令に少年たちは一斉に従った。
アルバは息を呑んだ。
主人の命令を受けて動く少年たちには、ためらいすらなかった。
一人がジンの剣へ自ら身体を投げ出した。もう一人がその隙に背後へ回り込む。
自分が傷つくことをまるで考えていない行動だった。
「やめろ!」
堪らなくなって、アルバが叫ぶ。しかし、彼の声は少年たちには届かない。
ジンの後ろに回り込んだ少年が、刃を素手で掴もうとする。
ジンは舌打ちして剣を引き、大きく下がった。
「面倒なことさせやがって……!」
剣を逆手へ持ち替え、柄の部分で少年の腕を打つ。動きが止まったところで足を払って組み伏せた。
アルバも少年たちを取り押さえようと加わるが、捨て身の少年を相手にするのは、凶悪な賊を相手にするより大変だった。
力加減を間違えれば骨を折ってしまう、刃の向け方を誤れば斬ってしまう、しかし、弱すぎればまた立ち上がる。
その絶妙なところでジンとアルバは一人ずつ少年を無力化していく。
二人が闘うその後ろで。
目を見開き、言葉もなく、ユーナは凍り付いたように動けなくなっていた。
最初はただ見ていた。
ジンに迫った少年が床に引き倒されるのを。
自分にも何か加勢できることはないかと、注意深く。
けれど、殺せと命じられた少年が、自らを剣の刃にさらすように投げ出した時。
ユーナの胸の奥に冷たいものが走った。
痛くないはずがないのに。少年の腕からは血が出ている。別の彼は脚を引きずっている。
それでも止まらない、止まれない。
主人に言われたから。殺せと言われたから。
だから、死んでも命令を果たす。
自分には分かる、分かってしまう。
あの動き、あの瞳。あれは自分だ。
三年前の、ジンに拾われる前の、自分だった。
殴られても、熱があっても、動けなくても。
立てと言われれば立った。
働けと言われれば働いた。
主人の役に立てるなら、自分の身体などどうなってもよかった。
いや。
どうなってもよかったのではない。
どうでもよかった。
自分というものを持っていなかったから。
『働け』
昔、自分を所有していた男の声が頭の中で響いた気がした。
『何をしている』
呼吸が浅くなる。指先が冷える。
目の前の地下室が、次第に別の場所に重なっていく。
あそこは暗い物置だった。鉄の臭いとカビの臭いが充満するその場所で、まるで道具のように押し込められていた。
そして、足音。
自分を使用するために、やってくる人間の足音が聞こえる。
『命令を聞け』
ユーナの背中が強張る。息が止まった。




