第二章 saide白銀の髪の少年―過去の影―⑥
調査は一週間続いた。
その間も、ジンの生活態度は改善しなかった。
昼から酒場に入り、現地の商人と酒を飲み、夜になれば賭場へ行く。
帰ってくるのは当然のように深夜であったし、翌日は昼まで起きてこない。
その間、ジンの世話はユーナがした。
洗濯物を洗い、荷物を整理し、宿代を確認する。
さらにジンは煙草売りの老人と世間話をし、露店の女主人にくだらない冗談を言い、港湾労働者と賭けをしては負けたり勝ったりしていた。
アルバから見れば、遊んでいるのか調査しているのか分からない。
「あなたは本気で調べる気があるのか。」
三日目にはそう問い詰めようと思った。いや、それまでにも、何度そう言って問い詰めようと思ったか知れない。
しかしその度に、『俺のやり方に口出しするな』というジンの言葉を思い出す。
さらに最初の日に、酒場で飲んだくれながらも的確な情報を引き出していた彼の姿を思い出した。
結局アルバはジンの様子を顔を顰めて見ているに留めた。
しかし、その晩、酔いつぶれたジンがユーナに肩を貸されて宿に帰ってきた姿を見ては、その判断にも自信がなくなる。
「本当に飲み過ぎたんじゃないですか。」
ユーナが寝台にジンを横たわらせ、机の上の水差しを手に取りながら心配そうに言う。
「今日、あいつに飲ませてやった酒は情報料込みだったからなあ。大分飲んだよなあ。」
寝台で伸びている男は、起き上がることも出来ないようで、水を差し出すユーナに寝たまま手を差し出した。
「情報を引き出すためだからといって、師匠まで付き合うことはありません。」
ため息をつきながらジンに水差を渡す。ジンは水差しから直接口をつけて水を飲んだ。
「せっかく酒が飲めるんだ、逃す手はないだろ。」
「師匠。」
「はいはい。」
諫めるユーナに適当な返事をしてジンはそのまま目を瞑る。
「師匠、そのまま眠ると服に皺ができます。せめて外套は脱いでください。」
「もう眠い。」
「師匠。」
「もう皺になってるから、いいって。」
そう言うと、本当にそのまま鼾をかき始めた。
ユーナは仕方なく、ジンの体を右に左に転がして、外套を脱がし始めた。
鍛え上げられた長身の男の体は重い。しかしその手つきは慣れたものだった。
そこまで様子を見守って、とうとう我慢できなくなったアルバはユーナに尋ねた。
「君は……なぜそこまでこの男の世話を焼くんだ。」
聞かれたユーナは驚くようにアルバを見て、少しだけ考えた。
「放っておくと、師匠は本当に何もしなですから。」
そう答えたあと、少し間を置いて、それに、と続けた。
「昔、僕が何もできなかった時に、師匠が色々してくれましたから。」
ユーナの返答に、アルバが続きを尋ねようとした。しかしその前に、ジンが寝台から声を上げた。
「昔の話すんなー。」
ユーナがジンを振り返る。
「寝ていたんじゃないんですか。」
「寝てる。」
「起きてますよ。」
アルバには二人の関係が分からない。
それでも、数日間行動を共にして、一つだけ確信した。
ユーナはジンの弟子であるだけではない。
そしてジンも、この少年を単なる弟子として見ているわけではない。
本人たちがそれをどう呼んでいるのかは、まだ分からなかったが。
七日目の夜、それまで黙っていたアルバの堪忍袋の緒が切れた。
「ジン殿!」
宿へ戻ってきた男へ、彼は真正面から詰め寄った。
「もう七日だぞ!」
酒の匂いを纏った男は、特にどうした風もなくアルバを見て、そうだな、とだけ言った。
「そうだな、ではない!あなたは毎日何をしている!飲み歩いているだけではないか!」
「飲み歩いちゃいるが、聞き込みもしてる。」
飄々と返すその態度もアルバの苛立ちに拍車をかけた。
「聞き込みするのに、賭場に行く必要があるのか!」
「あそこ、裏稼業の連中がよく来るんだよ。」
帰ったジンを迎えたユーナが、アルバとジンの様子を困ったように眺めている。
ジンは外套を脱ぎユーナに手渡した。アルバを気にしながらもユーナは外套を受け取り、椅子に掛ける。
「ならなぜ報告しない!」
「確証がなかったから。」
アルバのこめかみが引きつる。
「私は今、あなたが本当にアルカの使者なのか疑い始めている!」
その言葉には、ジンは何も返さなかった。ただ怒るでもなく、動きを止めてじっとアルバを見つめた。
沈黙が落ちた。
ジンはアルバをしばらく眺めたあと。
「見つけたぞ。」と静かに言った。
アルバは疑わしそうにジンを見つめた。
「……何をみつけたと?」
「奴隷商のねぐら。」
その場の空気が変わった。
アルバが目を見開く。ジンのために水を用意しようとしていたユーナの手が止まる。
場所は?とアルバが鋭く尋ねた。
「南の倉庫街の一角だ。古い石造りの建物を、染物工房に見せかけてる。そこの地下に人を隠してるらしい。」
「確かですか?」ユーナが寝台脇に立てかけられていた、自分の短剣を手に取りながら聞く。
「裏は取った。今夜、商品を移すって話だ。」
「いつの間に……。」
アルバが呆然とする。
「今、さっき、酒場で掴んだ情報だ。」
「……では、今夜も飲んでいたのは。」
「運び屋があの酒場に出入りしているのは分かってたからな。そいつが来るのを待っていた。口が軽い奴でな。酔わせたらぺらぺらしゃべってくれたが、ありゃ悪事には向いてねえな。」
話しながらジンは腰の剣を取った。一度鞘から抜いて刃を確認する。
その横顔からは、先ほどまでの酔客の顔が消えていた。
剣を腰に戻すと、椅子に掛けられていた外套を羽織って、ユーナに、行くぞ、と声を掛けた。
はい、と答えたユーナも、剣帯を締め直す。
当然のように二人は部屋を出ていこうとする。
その背中に「待て。」と制止の言葉が掛けられた。
アルバが腰の剣に手を掛けながら、片手をあげて二人に待ったをかける。
「待て。すぐに騎士団へ知らせて援軍を呼ぶ。」
制止の声に足を止めたジンが、半身だけ振り返る。
「好きにしろ。ただし俺たちは先に行く。」
「相手は一人や二人ではないんだぞ!援軍を待て!」
ジンがアルバに向き直った。そして真剣な声で告げる。
「移送が今夜なんだぞ。ここから連れていかれたら、後を追うのは困難だ。」
「……だから二人で突入するのか。」
ジンは頷く。「そうだ。」
アルバはジンの隣に立つ少年に視線を移した。
「ユーナ君まで連れていくのか?彼はまだ十二歳だぞ。」
ジンの瞳に強い光がともった。
「こいつは俺の弟子だ。」
「だから連れていくのか?危険な仕事なんだぞ。」
「知ってる。」
ジンの態度は揺らぎなかった。
そのジンの横で、ユーナは何も言わずに大人たちのやりとり見ていた。
ジンは過保護な男ではない。むしろ普段の修行は厳しく、危険な任務にも連れていく。
だが、いつでもユーナから目を離さずに見ている。 異変があればすぐに気づく。危険が降りかかれば、必要であればその危険を切り払う。
だから、行く。ジンが行くのなら、弟子である自分も当然ともに行くのだ。
普段は生活能力がなく、世話をしている男への、絶対的な信頼がそこにはあった。
アルバはジンとユーナの二人を交互に見た。どちらも互いが共にいることを当然だと思っている、そんな顔だった。
アルバは一度天を仰いでから言った。
「私も行く。」
ユーナは少し驚いたように目を開いた。
「騎士団には使いを出す。憲兵にも連絡させる。だが、あなたたちだけで行かせるわけにはいかない。私はこの領地の副騎士団長なのだ。」
ジンは露骨に嫌そうな顔をして、「やっぱり真面目だな、お前。」と言った。




