第二章 saide白銀の髪の少年―過去の影―⑤
翌朝、アルバが朝食を終えた時点で、ジンはまだ現れなかった。
嫌な予感がして部屋へ向かう。扉を叩くが返事はない。
まさか、と思い部屋に入ると、ユーナが窓を開けていた。
朝の光が窓から差し込む。
実に清々しい朝だ。
しかし、朝の光を避けるように寝台で寝具にくるまっている男。
「師匠、起きてください。」とユーナが声を掛けながら師の着替えを用意している。
「……起きてる。」寝具の下から、眠そうにかすれた声が答えた。
「起きている人は目を開けています。」
「意識はある。」
「じゃあ、体も起こしてください。」
アルバは呆れて声を掛ける。
「今日から街で聞き込みをするのだろう?」
寝具の塊が答える。
「昼からで十分だ。」
アルバは苛立った声を上げた。
「市場は朝から開いている!朝から始めるべきだろう!」
「市場で直接聞くつもりはねえから、昼からでいいんだよ。」
アルバがさらに言いつのろうとした時、ユーナが寝具を少しだけ剥いだ。
「師匠、昨日遅くまで地図を見ていたから眠いのは分かりますけど、せめて朝ご飯は食べてください。」
ユーナの言葉にアルバが言葉を飲み込み、眉をあげた。
昨夜、地図を見ていた?
無言でユーナを見つめると、弟子は頷いて補足した。
「僕が寝た後も街の区画を確認していました。」
アルバは思わずジンを見る。
本人はまだ寝具にくるまったまま出てこない。
昨夜あれだけだらしがなく見えた男が、自分たちが眠った後にまで調査対象の街を確認していたとは思わなかった。
「どこを見ていた。」
真剣に問う。
寝具が少し動いた。
「河岸から南倉庫街。それから旧市街の西側。」
声から幾分眠たそうな響きが消えている。
どうしてそこを、とアルバが聞く前に寝具からの声が続けて言った。
「闇市場ってのは客も商品も人目につかずに出入りできないと困る。特に子供売買なんざ、普通の商店街じゃできえねえだろ。
河岸は夜も荷役が多いし、騎士の巡回もある。旧市街は人を隠しやすいが、商品を運ぶのに不便だ。そうなると南倉庫街が一番怪しい。
ただ、最初からそこだけ嗅ぎ回ると警戒されるから、動き方は考えないとな。」
アルバは内心舌をまいた。
一晩のうちに地図からそこまで絞り込んでしまうとは。
しかし、そこまで考えがまとまっているなら。
「なぜ早く起きて行動しない!」
やっと寝具からジンが少しだけ顔を出した。
「夜遅くまで、酒飲みながら考えてたから眠いんだよ。」
酒を飲みながら……?それでもアルカの使者か。思わず漏れた言葉にユーナが申し訳なさそうに笑う
「仕事はちゃんとするんですけど……。」
「日常生活もちゃんとやってくれ!」
その日の午後から三人は本格的な聞き込みを始めた。だが、その聞き込みはアルバが想像していたものとはまるで違っていた。
ジンが最初に向かったのは街の酒場だった。
まだ日は高い。
昼から酒を飲むのか、と眉間に皺を寄せて尋ねたアルバに、ジンは聞き込みだ、と短く答えた。
それでも納得できない顔をしているアルバに向かって、「俺が真顔で『違法に開かれている奴隷市場について教えてください』って聞けばいいか?」と、頭を掻きながら言う。
「そう意味ではないが。」
憮然として答えるアルバにジンは返事をせず、店に入った。
客は港から流れてきた荷運び人、商人、旅人らしい男たちが中心だった。昼間から飲んでいる者も珍しくない。
ジンは店の奥ではなく、長い卓の端へ座った。周囲の会話がよく聞こえる位置だった。
ユーナとアルバも少し離れて座る。
アルバにジンが小声で言った。
「普通の客のふりしてろよ。特にアルバ、お前は騎士の顔すんな。」
アルバは意味が分からず眉をひそめた。ユーナがそっと囁く。
「たぶん周囲を警戒しすぎています。……みんなアルバさんを見てます。」
指摘されて初めて気づいた。
確かに周囲の客がちらちらこちらの様子を伺っている。
正規の騎士が昼から薄暗い酒場へ来れば目立つだろう。アルバは意識して肩の力を抜いた。
一方でジンは酒を注文するなり隣の男へ話しかけていた。
「この街、俺初めてなんだけどよ。夜遊ぶならどこが面白い?」
話しかけながらその男に酒を一杯奢ってやる。
「金があるなら西通りだな。」
そうか、と相槌を打ちながらさらに聞く。
「賭場はあるのか?」
「ああ、それなら南だ。」
ジンが笑みを深める。
「南?南なんて倉庫しかねえだろ」
「表向きはな。」
男が意味ありげに笑った。
ジンは笑い、もう一杯酒を頼む。
そこでは奴隷の話は持ち出さない。
賭場、女、安酒、夜道、どこが危険か、誰と喧嘩になると面倒か。
そんな話ばかりを続けた。
聞き耳を立てていたアルバは、最初本当に遊び場所をきいているのではないかと疑った。
ところが、店を出た後、ジンは何でもない事のように言った。
「南の倉庫街、夜だけ使われている建物が何件かあるらしい。」
アルバは首をかしげた。誰もそんなことは言っていなかった。
「言ってただろ。『表向きはな』って。」
アルバにはまだ、分からない。
「それがどうした。」
「その後の話聞いてなかったのか。
賭場の出入り口が倉庫裏にある。
そこの見張りが交代するときに、荷物のない夜でも馬車が入る何台か倉庫街に出入りするのを見た。
倉庫街にあるのが普通の賭場だけなら人の出入りはあっても、馬車が一度に何台も出入りすることはねえ。」
アルバは言葉を失った。ユーナは隣で感心した様子もなく聞いている。
ジンがこういう時に優秀なのは、どうやらいつものことらしかった。




