第二章 saide白銀の髪の少年―過去の影―④
ジンに自分のやり方に口出しするなと制されたアルバだったが、二人に同行するアルバが、最初に驚いたのはジンの調査方法にではなく、彼の生活態度に対してだった。
三人で宿へ入って半刻も経たないうちに、アルバは内心で呟いた。
……本当に、これが〈アルカ・パクシス〉の使者なのか?
ジンは部屋へ入るなり、剣帯だけ外して椅子へ抛り、外套を寝台の端へ投げた。
鞄は床、手袋は窓際、財布は机に置いたつもりだったらしいが、実際には椅子の下へ落ちていた。
それをすかさずユーナが拾い上げる。
さらに床の鞄を取り上げると、ユーナは慣れた様子で鞄の中身を整理し始めた。旅用の薬、替えの布、火口箱……ジンが雑に詰め込んだものを一つずつ所定の場所へ戻していく。
その手際の良さを見て、アルバは眉間に皺を寄せた。
「なぜ弟子が師匠の荷物を管理している。」
「師匠に任せると必要なものが見つからなくなるので。」
横からジンが口を挟む。
「俺にはどこに何があるのか分かってるぞ。」
それに対してユーナは呆れた声を出す。
「昨日、ベルネシュの通行証を探すのに半刻かかっていましたよ。」
ジンはきまり悪そうに明後日の方を向いた。
ユーナは次に窓辺に置かれた水差しを確かめた。
「水差しの水が減っていますので、貰ってきますね。」
「ありがと。」
「あと、明日の朝食代は先に払っておきました。」
「助かる。」
「洗濯物も出しておきますね」
「頼む。」
「……待て。」
アルバがつい口を挟んだ。二人がこちらを見る。
アルバはユーナを見て聞く。
「君はいつもこんなことを?」
ユーナは頷く。アルバがますます眉間の皺を深くする。
それを見てユーナが師を庇うように言う。
「でも、最近は師匠も自分でできることが増えました。」
思わずアルバが突っ込む。
「最近は!?」
アルバの大声に窓際に座っていたジンが不満そうに振り返った。
「お前、俺を子供みたいに言うんじゃねえよ。」
そのやり取りに、アルバは額を押さえた。
領主館で見せていたジンの姿は、怠惰なように見えて、必要なところでは話の筋をきちんと理解し、相応の態度をとっていた。
だが、今はただ生活能力のない男にしか見えない。
それでもユーナは嫌そうな顔をしていない。呆れはするし、注意もするがジンの世話を焼くことを負担に思っている様子はなかった。
夕食時にはジンの前から酒だけを遠ざけ「食べてからにしてください。」と言う。
ジンは不満そうに子供じゃねえぞ、と口を尖らせた。返せ、と酒瓶を伸ばす手の先へユーナはさらに酒を遠ざける。
「食べてからです。」
ジンは小さくため息をつくとアルバの方を見やって「アルバ、お前からも言ってやれ。食事に酒はつきものだってな。」と助けを求められる。
突然巻き込まれ、アルバは戸惑ったが、思った通り述べる。
「……ユーナ君が正しいと思うが。」
ジンは恨めしそうにアルバを見て、裏切り者め、と呟いた。
「あなたの味方になった覚えはない!」
アルバの言葉にユーナは小さく笑った。
それから、少し離れた店の端の席に座っている足の悪そうな老人に気づいた。
卓上の水差しを持って立ち上がる。
どこへ行くのかと尋ねるアルバに、「あちらのお爺さん、水が空になっていますから。」と答える。
どうやら、給仕を呼ぼうにも声が小さく、なかなか気づいてもらえないらしい。
アルバが見ていると、ユーナはその老人に自然に近づき、水を注いだ。
老人がユーナに礼を言ったようだ。ユーナは笑顔で応えていた。
さらに片手を怪我した男性が硬いパンを切るのに苦労しているのを見ると、ユーナは頼まれる前に店員から小さなナイフを借り、切り分けてやる。
やりすぎるでもなく、相手ができないことだけ、さっと手を貸す。
誰かに見せようとしているわけではない。気づいたから手を貸した、ただそれだけだった。
「よく周囲を見ているんだな。」
席に戻ってきたユーナにアルバは声を掛ける。
ユーナは、そうでしょうか?と言った後、苦笑して言った。
「困った人が見えたので、思わず。……師匠は見知らぬ人を助けようとすると怒るんですけど。」
それまで黙ってユーナを行動を見ていたジンが、酒瓶から杯に酒を注ぎながら口を挟んだ。
「怒ってねえよ。限度を考えろって言ってんだ。」
そしてアルバに向かって続ける。
「こいつは昔からこうだ。俺を止めたって聞きゃしない。困ってる人間や、怪我人を見つけたらすぐに助けようとする。」
ユーナは困った顔で言う。
「でも、怪我した人がいたら放っておけないでしょう。」
「……それが一番駄目なんだ。お前が倒れるのは嫌なんだよ。」
人助けをしたら、どうしてユーナが倒れるのか疑問に思ったが、その言い方があまりにも切実だったので、アルバは黙った。
アルバから見て、ジンとユーナはよくできた師弟には見えない。
師匠が弟子を導き、弟子がそれに従うといった単純な関係ではない。
むしろ生活面では師弟が完全に逆転しているように見える。
けれど、ユーナが誰かへ気を配る時、ジンは必ず見ていた。
注意するでも、褒めるでもなく、ただ、どこへ行ったかだけは見失わない。
その視線だけが、妙に印象に残った。




