第二章 saide白銀の髪の少年―過去の影―③
ベルネシュ自由連合王国へ入った翌日、二人は闇市場が開かれていると噂される土地を治める領主の館を訪れた。
交易で栄えるベルネシュはアルヴェインより華やかな都市が多い。問題の街も例外ではなく、商業が盛んで、人の出入りも激しく活気がある。街の中心部には石造りの商館が立ち並び、広場では朝から市が開かれている。
一方で、路地へ入ればその雰囲気も少しばかり変化する。
安宿、酒場、賭場が並び、出所の怪しい品を扱う露店があちこちに現れる。
人が多いからこそ紛れ込むものも多い。違法な奴隷市場が開かれるには都合のよさそうな街だった。
この街の領主本人は現在病床にあるということで、二人を出迎えたのは領主の弟のランジールという男だった。
「奴隷売買だと?」
ランジールは話を聞き終える前から、明らかに退屈そうな顔をしていた。アルカの使者の訪問に不機嫌な様子を隠そうともしていない。
四十歳前後だろうか。身に着けている衣服や装飾品はどれも上等で、指にはいくつもの指輪が光っている。
「我が領内でそんなものが行われていると言うのか?」
椅子にふんぞり返って不遜に言い放つランジールに、ジンはいつものように答える
「疑いがある、と言っている。隣国から攫われた子どもを、ここの闇市場で見かけた、という証言がある。」
ランジールは、馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑った。
「そんな不確定な証言をまともに信じて、アルカが出てくるとはな。平和の使者も暇なことだ。」
じろりとジンを睨みつけ、馬鹿にしたように笑うと、「まあ、好きに調べるがよい。」と答えた。
その返答を聞くと、ジンは黙って席を立った。隣に座るユーナも続いて立ち上がった。
ランジールはもはや完全に興味を失った様子で、脇に控えていた使用人へ手を差し出して言った。
「昨日、作成を命じた書類を渡せ。」
年若い使用人が慌てて懐から書類の束を取り出し。こちらに、と言って恭しく差し出す。
しかし、ランジールは一枚に目を通すなり顔を歪めた
「違う。私が命じたのは南部農地の収穫量だ。こんなものではない。」
使用人の顔が青ざめた。
「申し訳ありません。すぐに――」
「何度言わせる!この役立たずが!」
怒鳴り声に、使用人の肩が跳ねた。深く頭を下げて何度も謝る使用人に、領主が書類の束を叩きつけた。
部屋を出ようとしていたユーナが思わすそちらを見やる。
怯えて縮こまる使用人の姿が、少しだけ昔の記憶を呼び戻した。
隣に立つジンが扉に手をかけて領主を振り返り「邪魔したな。」とだけ声を掛けた。
「今後、くだらぬ噂程度で私の時間を奪わぬことだ。」
吐き捨てるように言うランジールの言葉に、ジンは何も返さなかった。
部屋を出て、長い廊下を並んで歩く。
ユーナは師をそっと見上げた。
「師匠、怒ってます?」
「別に。面倒くせえやつだと思ってるだけだ。」
ジンはただ淡々と答える。しかし、その返答はジンの中ではかなり怒っている部類なのだと、ユーナは知っていた。
その時、背後から「お待ちください。」と、二人を呼び止める声がした。
二人が振り帰った先には、騎士の背服を着た青年が立っていた。二十代後半ほどで、姿勢がよく、髪も制服もきっちりと整えられている。
「私はアルバと申します。この領の騎士団で副団長を務めている者です。」
はきはきとしたしゃべり方に、言葉遣いも礼儀正しい。とても真面目な印象を与える騎士だった。
ジンは上から下までアルバの姿を確認すると、嫌そうな顔をして「……で?」と聞いた。
アルバは背筋を伸ばして大きな声で言った。
「私も調査に同行させてください。」
「やだ。」
ジンはアルバの発言が終わるかどうかというタイミングで、食い気味に返答した。
速すぎる返事にアルバは目を見開いた。「なぜです!」と大きな声で叫ぶ。
ジンは面倒そうに答えた。
「お前、真面目だろう。俺は真面目な奴と一緒にいると疲れるんだよ。」
「貴殿とは初対面の筈ですが!」
「当たってるだろ。」
ジンの適当な返答に言葉を失うアルバを気の毒そうに見ていたユーナは、困ったようにジンを見上げた。
「師匠。」
ジンがユーナを見下ろす。
「何だよ。」
「土地勘のある方がいた方が調査はしやすいと思います。」
その言葉にジンが動きを止める。
「……お前、そっち側につくのか。」
「どちら側につくという話ではなくて、効率の問題です。」
ジンが黙った。
ユーナはアルバへ向き直る。
「すみません。師匠、こう見えて人見知りなので。初対面の人が苦手なんです。」
横でジンが不機嫌そうな声で「おい。」と声を上げるが、ユーナは気にしない。
アルバはユーナの言葉を聞いて、数度瞬いてからジンをまじまじと見て言う。
「人見知りなのか?」
「違う。」
またしても食い気味にジンが答える。
アルバは一つ頷いて大真面目な顔で、「では、単に性格が悪いんだな。」と言った。
ジンはため息をついて「こいつとは絶対合わねえ気がする」とぼやいた後で、アルバに指を突き付けてこう言った。
「どうしても俺たちに同行したいってんなら、俺のやり方に口を挟まないって約束しろ。それが条件だ。」
アルバは一瞬考えるような素振りを見せたが、「承知した。」と、最後には大きく頷いた。
こうしてアルバという騎士が同行することになった。
しかし、この日の夕方には、ジンは早くも自分の判断を少し後悔し始めていた。




