第7話:絶望
カラス団は、思っていたより統率が取れていた。
リーダーの眼帯カラスが一声鳴くたびに、群れ全体がさっと動く。二羽が上から圧力をかけて、二羽が横から挟んで、残りが退路を塞ぐ。シエルが右に逃げると右が、左に向けると左が、すでに埋まっている。
まるで、最初から全部決まっていたみたいな動きだった。
「上!」とシロが叫んだ。
「わかってる!」
絨毯を急上昇させる。でも上には別の二羽がいて、すぐに挟まれる。
「左!」
「塞がれてる!」
「右!」
「右も!」
「じゃあどこに行けばいいんだニャ!」
「それを考えてるのよ!」
シエルは歯を食いしばって、頭を動かした。
フォーメーションを崩すには、相手の予想を外すしかない。向こうは整然と動いている。逆に言えば、整然と動けない状況に持ち込めば、隙が生まれるはずだ。
問題は、絨毯が万全じゃないことだった。
縫い目がなんとか持ちこたえているが、さっきから端がばたばたしている。強引な動きをすれば、また裂けるかもしれない。
「シロ、鞄はどこにある?」
「リーダーが持ってる! 一番後ろのやつ!」
後ろ。つまり包囲の外。
シエルはざっと状況を頭の中に描いた。自分たちの周りを囲んでいるカラスが六羽。その後方にリーダーが一羽。鞄を持って、余裕そうに見ている。
包囲を突破するか、包囲の中でリーダーだけをなんとかするか。
どちらも今の絨毯の状態ではきつい。
「ねえシロ」
「なに」
「ルウのカフェ、どっちの方角?」
「さっき叫んだじゃないニャ。あっちニャ」
シロが、リーダーカラスとは逆方向を指差した。
南西。風下。
シエルは少し考えた。
「もう一回叫んで」
「え? でもまだルウが来るかどうか……」
「叫んで。できるだけ大きい声で」
シロはシエルの顔を見た。何かを察したのか、それ以上聞かなかった。
腹の底から声を出した。
「ルウーーーッ!! こっちニャーーーーーッ!!!」
声が、風に乗って広がった。
カラスたちがざわりと動いた。シロの声に反応したのではない。突然の大声に、隊列が一瞬だけ乱れたのだ。
その一瞬を、シエルは逃さなかった。
「つかまって!!」
絨毯を、真下に向けた。
急降下。ほとんど垂直落下に近い角度だ。カラスたちが反応するより早く、包囲の底を突き破る。
「ニャーーーッ!!」
「叫ばないで! 舌噛むよ!」
「噛んでないニャ! でも噛みそうニャ!!」
包囲を抜けた。
でも下にはまた別の二羽がいて、挟み込もうと翼を広げてくる。
シエルは今度は水平に転換した。二羽の間を、紙一重でくぐり抜ける。
「うわっ!」
「ぎゃっ!」と二羽のカラスが互いにぶつかった。
少しだけ、道が開けた。
でも、リーダーはまだ後方にいる。このまま逃げれば助かるかもしれないが、鞄は取り返せない。
シエルは歯を食いしばった。
荷物は、届けなければいけない。
受取人が待っている。
「シエル、後ろ!」
振り返る間もなかった。
リーダーカラスが、急降下してきた。正面から突っ込んできた三話と違って、今度は背後からだ。狙いは絨毯の縫い目。さっきシエルが修理した、一番弱いところ。
見ていたのだ。ずっと。どこが弱点か、ちゃんと把握していた。
ズル賢い、とはこういうことか、とシエルは思った。
思ったが、体が動かなかった。
避けられない。
縫い目に爪がかかった瞬間、シエルは目をつぶった。
絨毯が、また裂ける音がした。
今度は、さっきより大きく。
紐を引いても、絨毯が応えない。がくん、と機体全体が傾いた。
「シエル!!」
「……っ、大丈夫」
大丈夫ではなかった。
絨毯がまともに動かない。ゆっくりと、しかし確実に、高度が下がっていく。
リーダーカラスが、ゆったりと旋回しながらこちらを見下ろしていた。急ぐ様子がない。このまま落ちるのを待っている。
残りのカラスたちも、隊列を組み直して距離を取った。包囲ではなく、観客席のように並んでいる。
「……最悪ね」
シエルは紐を握ったまま、静かに言った。
シロが隣に来た。シエルと並んで、前を向いた。
「ごめん」
「なんで謝るの」
「俺のせいで、こんなことに……」
「あんたのせいじゃない。絨毯がボロかったのよ、最初から」
「それでも」
「シロ」
シエルはシロを見た。
「あんたが今日一緒に来てくれなかったら、私一人でこの状況だった。それよりはましよ」
シロが黙った。
高度が、じわじわと下がり続けている。
リーダーカラスが、また一声鳴いた。
群れ全体がそれに応えた。
勝ち誇った声だった。




