第6話:追撃戦
しんとした静けさの後、シロが顔を上げた。
「……死ぬかと思ったニャ」
「私も」
「でも死ななかった」
「……うん」
「シエルがうまかったニャ。絨毯の操作」
シエルは少し黙った。褒められ慣れていないせいか、返事が出てこなかった。
「……ありがとう」
「本当のことを言っただけニャ」
シロは立ち上がって、ぱたぱたと体の埃を払った。それから空を見上げた。
カラス団の黒い影は、すでに遠ざかっていた。
シロの目が、細くなった。
「あいつら、俺たちの鞄を持っていったニャ」
「……そうね」
「荷物が入ってたんでしょ」
「三件分」
「取り返しに行かなくていいの?」
シエルは裂けた絨毯を見た。端がぼろぼろになっている。応急処置はできるが、本格的な修理に出すまでは無理をできない。
そして鞄の中身は、受取人が待っている大事な荷物だ。
「…………行く」
「でも絨毯が」
「端を縫えば、しばらくはなんとかなる。針と糸は持ち歩いてる」
シエルは鞄から針と糸を取り出した。配達員は道具を一通り持ち歩く。絨毯のちょっとした修理も、自分でやるのが基本だ。
シロがじっと見ていた。
「……俺も行く」
「危ないよ」
「知ってる。でも俺のせいで絨毯が壊れたし、鞄も持っていかれた。俺が絨毯にちゃんとしがみついてたら、体当たりされても落ちなかった」
「それはしょうがないでしょ」
「しょうがなくない」
シロの声が、少しだけ低くなった。
「俺、絨毯があれば、もっとうまくできた。シエルのことも守れた。でも俺には絨毯がない。だから、せめて行く。何かできることがあるかもしれないから」
シエルは針を持ったまま、シロを見た。
金色の目が、まっすぐシエルを見ていた。昨日の崖の上で、空を見ていた目と、同じ目だった。
「……絶対に私の絨毯から落ちないこと」
「落ちないニャ」
「もし落ちそうになったら、すぐ言うこと」
「言うニャ」
「あと、向こうにルウのカフェがある方角はわかる?」
「あの匂いがする方向ニャ?」
「そう。もしものときは、そっちに向かって大声で叫ぶこと。ルウに聞こえるかもしれないから」
「……ルウが助けに来てくれるの?」
「来てくれるかは分からないけど、あの人の絨毯はすごいから。なんかやらかしてくれると思う」
「それって助けに来てくれることになるの?」
「なると思いたい」
シロがぷっと吹き出した。
シエルは裂け目を縫い終わって、針をしまった。絨毯を少し浮かせて確認する。さっきよりはましだ。全力は出せないが、追いかけるくらいはできる。
「行くよ」
「うん!」
シエルは絨毯を急上昇させた。
カラス団が飛んでいった方角、北の空へ。
シロが前端で仁王立ちになって、耳をぴんと立てた。白い毛が風にたなびく。
「あいつらの匂い、まだわかるニャ。ちょっと左!」
「猫って匂いでわかるの?」
「鳥の匂いって独特なんだよニャ。もう少し左!」
「わかった」
追跡が始まった。
風が強くなってきた。北の方は気流が荒れている。絨毯の端がばたばたとはためく。
でも、シエルは紐を握り直した。
荷物は、届けなければいけない。
それがどんなにボロボロの絨毯でも、隣に模様なしの猫が乗っていても。
郵便配達員は、届けると決めたものを届ける。
「見えた!」とシロが叫んだ。
「あいつらニャ!!」
北の空に、黒い群れが見えた。
リーダーの眼帯カラスが、こちらを振り返った。
一瞬、驚いた顔をした気がした。
まさか追いかけてくるとは思わなかったのだろう。
「ガー!!」
カラス団が再び隊列を組んだ。
「来るニャ!!」
「わかってる!」
シエルは絨毯を傾けた。今度は逃げない。
行くのだ。
「シロ、しっかりつかまって!」
「つかまってるニャ!!」
「ルウー!!」とシロが叫んだ。
「ルウーーー!! こっちニャーーーーー!!!」
「まだ呼ばなくていい!!」
「予防線ニャ!!」
「そんな予防線ある!!?」
ふたりが言い争いながら突っ込んでいく先で、カラス団がギャーギャーと叫んでいた。
そしてどこか遠くから、かすかに、金の鈴の音が聞こえた気がした。
ちりん、と。




