表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/46

第41話 赤髪の少女 I

ロワク城外 酒場


二階の、もともと雑物を積んでいた客間が急ごしらえで片付けられていた。


ローナは階段の口に立ち、頭を下げたまま、中をあまり見ないようにしていた。


朝の光が窓の隙間から斜めに差し込んでいた。


イレーナが窓際に座っていた。


指先が、広げた帳簿の上に乗っている。


向かいに立った男はすでに額に汗を滲ませていた。


イレーナが帳簿を一枚めくった。


声は穏やかで、ほとんど礼儀正しいくらいだった。


「それで、この税はなぜこんなに遅れたのかしら?」


男が慌てて頭を下げ、愛想笑いを作った。


「お嬢様、最近坑道でちょっとした手違いがありまして……」


「坑道の一角が崩れて、中で何人か亡くなりまして、それで納期が……」


「今補填しているところで、あと——」


「崩れたのはどの坑道?」


男が固まった。


「……え?」


イレーナがそこで初めて顔を上げた。


その目はきれいだった。


淡い色をしていて、冷たかった。


口の端にはかすかな弧さえ残っていた。


「聞いているわ」


「崩れたのはどの坑道?」


「第三坑道です」


「第三坑道は二ヶ月前に封鎖した」


部屋が静まった。


——————


イレーナの背後に立つ騎士は、ずっと何も言わなかった。


ただそこに立っていた。


銀灰色の軽鎧が体に沿って収まっている。


深紅の外套が背後に垂れていた。


窓から差し込む朝の光を半分近く遮っていた。


男がその右肩の後方をちらりと見た。


額の汗がいっそう速く流れ出した。


そこに、余分な腕があった。


鎧の隙間から伸びていた。


精巧な細工が施されていて、まるで美術品のようだった。


「わ、私が間違えました、第二——」


「お金はどこへ行ったの?」


男の唇が動いた。


声が出なかった。


——————


イレーナは男を見ていた。


声の温度は変わらなかった。


「あまり帳簿を調べるのは好きではないの」


「お金というのは、あるかないか、どちらかだから」


「あれこれ聞くのは、つまらない」


手の中の帳簿を静かに押さえた。


「でも、目の前で作り話をされるのはもっと嫌いだわ」


男がどさりと膝をついた。


「滅相もございません!」


「お嬢様、本当に滅相もなく——」


イレーナは淡々と尋ねた。


「そのお金は?」


請負人の全身が一震いした。


「何に使ったの?」


頭が地面に叩きつけられそうなほど深く下がった。


「私は……私はただ一時的に融通を——」


イレーナが横を向いた。


声の調子さえ変わらなかった。


「セイラス」


——————


それだけだった。


騎士が半歩前へ出た。


請負人の顔から血の気が引いた。


声の音程まで変わった。


「お助けください!」


「申します!申します!」


「奴隷を……買うのに使いました」


「まあ」


「南の国境に奴隷を高値で買い取る者がいると聞きまして」


「特に女奴隷を」


「手のついていない……ものは、もっと高く売れると」


イレーナの指先が帳簿の上を軽く叩いた。


何も言わなかった。


——————————————


イノは道を歩いていた。


昨夜はほとんど眠れなかった。


目を閉じれば書が浮かび、開けても頭の中に文字が残っていた。


指が無意識に動いた。


あの感覚に触れられている気がするのに、掴もうとすると抜け殻だけが残る。


見慣れた石橋の下では、今日も水が流れていた。


歩きながら頭を下げて、右の掌を広げ、ごく軽く前へ一払いした。


次の瞬間、鞭の音と鋭い怒鳴り声が耳に飛び込んできた。


鞭の音の合間に、押し殺した悲鳴が混じっていた。低く、でも聞き覚えのある震えがあった。


声の方へ歩き、角を回った。


見た瞬間、体が止まった。


髪が短くなっていた。


乱暴に削ぎ落とされていた。


断ち口はばらばらで、赤い髪が泥と固まった血で暗く変色していた。


でも、その体格。


あの赤髪。


「……マリアン?」


鉄の枷が両手を縛っていた。


足首にも鎖が巻かれていた。


鎖が地面を引きずられ、よろめくたびに耳障りな擦れ音を立てた。


「逃げてみろ!また逃げてみろ!」


ぱん!


鞭が空気を切り裂いて、背中に叩きつけられた。


体が激しく震えた。唇を噛んで血が滲んでいたが、助けを求める声は出なかった。


「どこへ逃げるつもりだ?」


管理人が冷たく笑い、長い鞭の先を地面に垂らした。先端に新しい血がついていた。


マリアンは背中を少し丸めていた。


金色の瞳が乱れた前髪の向こうから、まっすぐ管理人を睨みつけていた。


その視線に居心地を悪くした管理人が再び手を上げかけたとき、酒場の扉が押し開かれた。


出てきた請負人はマリアンを見た瞬間、顔色が変わった。


「なんでここへ連れてくる!?」


管理人が固まった。


すぐに笑顔を作り、鞭を後ろに隠して、手柄でも見せるように前へ引っ張った。


「旦那様、見つけましたよ!この小娘、何日も手を焼かせて、やっと——」


言い終わらないうちに、扉からもう一人が出てきた。


イレーナが一瞥した。


セイラスが半歩後ろに立っている。


管理人はそれを見て動きがいっそう丁寧になり、すぐに鎖を前へ差し出して請負人に渡した。


請負人はこめかみに青筋を立てながらも、受け取るしかなかった。


イレーナの視線がマリアンに落ちた。


「この子?」


少し見下ろして、その顔で目が止まった。


マリアンはすぐに顔を背けた。


請負人はそれを見て反射的に鎖を思い切り下へ引いた。


「この畜生め、まだ大人しくしないか!」


マリアンは元から足元が不安定だった。滑って、体ごと地面に叩きつけられた。


その衝撃が、イノの頭に直接響いた。


ごん、と音がした。


何も考えなかった。体が先に飛び出していた。


セイラスはイノを正面から見もしなかった。ただ逆手で払った。


ドン——!


イノの体が吹き飛んだ。酒場の中に叩き込まれ、机と椅子をなぎ倒した。


木片と酒杯の破片が飛び散った。


誰かが叫んで立ち上がった。


誰かが反射的に黙り込んだ。


椅子の足が地面を引きずる音が走った。


ただ、隅に一人だけ動かない女がいた。


体が小さく、黒い髪が乱れて顔のほとんどを覆い、鼻筋と口元だけがわずかに見えていた。


これだけの騒ぎでも、ただ頭を下げて酒を飲み続け、何も見ていないようだった。


ローナが悲鳴を上げて半歩退いた。


崩れた机と椅子の中に倒れているその顔を見た瞬間、声の色が変わった。


「……イノ?」


ローナの顔から血の気が引いた。


「イノ!」


駆け寄った。


イレーナは扉の外に立ったまま、ローナの叫び声を聞いて眉が微かに動いた。酒場の中を一瞬見てから、視線を戻した。


そして静かに言った。


「この子、もらうわ」


請負人は一秒も迷わず、手の鎖を差し出した。


セイラスが鎖を受け取った。


「中へ」


イレーナが言った。


「立っているのは好きではないの」


それだけ言って、酒場の中へ戻った。


集まっていた客がすっと道を空けた。


セイラスがその後に続いた。


三本目の腕が鎖を引いて、マリアンも引きずられて入った。


まだ抵抗していた。


しかしセイラスの手の前ではほとんど意味をなさなかった。


引きずられながらよろめき、足の裏が削れて、血が点々と床に残った。


イレーナが窓際の、まだ比較的きれいな丸卓の前に腰を下ろした。


セイラスが右後ろ半歩に立ち、扉と彼女の間の視線をほぼ遮った。


誰かが低く息を吸った。


「まさかと思ったが……本当にヴィセス家だ」


「あの騎士が……」


「見るな、黙れ」


ローナは木片と酒が散らばった床に膝をつき、イノの頭を支えた。


掌に温かい湿り気が広がった。


見下ろした。


息が止まった。


血だらけだった。


「イノ……イノ?」


イノが眉をひそめた。睫毛が二度揺れて、ゆっくり目が開いた。


血が額の端から目尻を伝って流れていた。


飛び出したことは覚えていた。次の瞬間にはここに叩き込まれていた。


「……ローナ姉さん?」


立ち上がろうと体を起こしかけると、店主がすでに肩を押さえていた。


半ば担ぎ上げるようにして、カウンター脇の椅子に押し込んだ。


カウンターは酒場の中央、扉への通路と正面に向き合っていた。ひっくり返された机と椅子が間に散らばっているだけだ。


「座ってろ!」


ローナも支えながら横についた。


店主が振り返って麦酒を半杯注ぎ、どすんと前に置いた。


「一口飲め。頭を冷やせ」


イノの目はマリアンから離れなかった。


店主がその視線を追って、低く言った。


「赤い髪……アシリアン人だ」


「聞いたことあるだろ?」


「アシリアン人はと飢饉(ききん)死をもたらす、とな」


「関わると不運になる」


顔を上げてイノを見た。


「信じる信じないは別の話だ」


「だがあれは今、他所の家の奴隷だ」


「馬鹿なことはするなよ」


イレーナはすでに椅子に座っていた。


背もたれに体を預け、目元の倦さは消えていた。


マリアンには理由がわからなかった。


目の前のこの人は手を上げもせず、罵りもしなかった。


ただその目で見られているだけで、背筋を何かが這い上がってきた。


鞭より冷たかった。


鎖より重かった。


怖い人間なら、今まで何人も見てきた。


だが、この人は違う。


イレーナの目にごく薄い笑みが浮かんだ。


「ねえ」


マリアンの背中が一気に張った。


「お酒を持ってきてくれる?」


一瞬固まってから、頭を下げたままゆっくり歩き出した。


カウンターに近づいてから、一滴の血が椅子の縁を伝ってゆっくり落ちているのが見えた。


視線を上げた。


イノだった。


額が血まみれだった。


さっきの衝突音は、この人だったのか。


見るな。


顔を向けるな。


気づかれるな。


反射的にさらに顔を背けた。


ローナがイノの額の傷に触れようとしていた。


「動かないで、見せて——」


イノは無意識に頭を引いて、マリアンを見た。


「……大丈夫か?」


マリアンは何も言わなかった。


イレーナが顎を手で支えて、二人の間に視線を置いた。


目の奥の興味が少し濃くなった。


それからわずかに首を傾けた。


「少し機会をあげなさい」


セイラスが一瞬沈黙した。


明らかに気が進まなかったが、低く言った。


「イレーナ、ここは外だ」


イレーナはただ眠そうに一瞥して、何も説明しなかった。


マリアンが離れてから、ローナが再びイノの額の傷に手を伸ばした。


酒場で誰かが立ち上がって外へ向かった。


足元が見えていなくて、地面に垂れた鎖を踏みかけた。


その人がよろめきながら悪態を半分つき、振り向いてそこに誰が座っているか見てから、残りを飲み込んだ。


イレーナの視線が床を横切る鎖の上に落ちた。


「こんな状態で何ができるの」


声は大きくなかったが、場の全員に届いた。


「鎖を外しなさい」


セイラスが少し呆れた目で見た。


「イレーナ」


「二度言いたくないの」


「ここは馬小屋じゃないわ」


セイラスが少し間を置いてから、かがんで引き綱の鎖を外した。


マリアンは何も見なかったように、酒をそっと卓に置いた。


イレーナが杯を手に取り、一口飲んだ。


「セイラス」


セイラスは返事をしなかった。目を閉じた。


「先日、ダノスに弟の手伝いをさせたの」


イレーナが杯の中の酒を軽く揺らした。口ぶりは気軽だった。


「そうしたら弟ったら、学院の中でやらせようとしたのよ」


マリアンはその言葉が落ちた後の隙間を使って、つま先をごく静かに横へずらした。


止まった。


セイラスが目を閉じたまま、低く言った。


「ダノスが跡を残すことはない」


イレーナの口元がかすかに上がった。


「でも失敗したの」


そう言いながら、視線をカウンターの方へ少し流してから、ゆっくり戻した。


今度は、セイラスが目を開けた。


「標的は誰だ?」


マリアンはセイラスの大きな背中を影にして、ごく静かに斜め後ろへ半歩動いた。


イレーナはすぐには答えず、杯を卓に置いた。


セイラスが見ていた。


「標的が誰か」は後回しでいい。


ダノスが失敗するという、そのことが起きてはならなかった。


「発覚しなければ問題ない」


「失敗した以上、小さな話では済まない」


イレーナはようやく顔を上げた。


その顔には、退屈そうな色しかなかった。


「ただの子供よ」


「しかしお前はいま、ダノスが失敗したと言った」


イレーナはただ一口飲んだ。急いで答える気がないようだった。


一方で。


マリアンは机と椅子と人影を使いながら、ゆっくりと二つ分の卓の外側まで移動していた。


扉まで、もう細い通路一本分だった。


気づいた客がいた。


目を上げて、また下げて酒を飲んだ。


唇が動きかけて、言葉を飲み込んだ。


酒場の誰一人、声を出さなかった。


ローナも当然見えていた。


店主もとっくに気づいていて、手をイノの肩に置いていた。


掌に力が入っていた。


次の瞬間に飛び出して死にに行かないように。


イノはセイラスを見ていた。


(おかしい。

あの一撃は、間違いなくこの男だ。)


(あの男が気づかないはずがない。)


(でも、万が一。

もしこれが唯一の機会だったら。)


(気づいていたとしても……

隙さえ作れれば。)


イノは自分が飛び込んで作った惨状を視線で確かめた。


もう一度同じ目に遭えば、今度は運が続かないかもしれない。


今度は、ちゃんと見極めなければ。


次の瞬間、マリアンが扉へ向かって走った。


イノも同時に飛び出して、彼女とセイラスの間に割り込んだ。


(一瞬だけでいい。)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ