コロニー襲撃 *
ムームー達が食べ物のついでに人間の巣を探し歩く間、大輔は新たな拠点に残り、整備に努めた。
笹藪を一部残して引き抜き、広い空間を作る。洞窟を広げ、内部の壁を整える。不要な木を切り倒して、木材にする。
ログハウスを作るのが、大輔の当面の目標だった。合間に石を研いで道具を作り、自分の食料も確保した。
基本的に、日が落ちれば活動停止である。なかなかに忙しい。
この世界へ来てからあまりお腹が空かないのは、相変わらずだった。冬眠することも関係するかもしれない。
だから、さほど食料関係に時間を割かずに済むのは、助かった。
「ダイスケ。俺たち、戦することになった」
昼の熱気が残る夜、暗い中でムームーが切り出した。見れば、暗がりの中で五対の目がきらきらと光っている。
大輔は、一旦横になっていたのを、起き直った。
「誰と戦うの?」
「人間。奴らの巣を探したら、ロウロウの住処の近くに、三つもあった。しょっちゅう出くわす訳だ。しかも、そのうちの一つは大きくて、赤ん坊まで入れたら、二十人ぐらいいる」
「すごいね」
それだけの人数がひとところで生活するなら、何らかの社会性が出現している可能性がある。
「そこの人たちも、誰も喋らないの?」
「見ていた限り、喋らないな。大体、相手に用がある時は、まず殴っていた」
それはもう絶望的だ、と大輔は思った。唸り声は出せる筈なのに、それすら惜しむ性質ということである。
「ロウロウたちと協力して、小さい二つを潰す。ここはまだ人間に見つかっていないが、もしかしたら、取り逃した人間が逃げ込むかもしれない。警戒してくれ」
「わかった。大きいところは、残すの?」
「ひとまずは。二つ潰して、人間共がどういう動きを取るか観察する。問題がなくても、あれ以上大きくなるようだったら、いずれ潰すことになるとは思うが、簡単にはいかないだろう。その時は、ダイスケの手を借りる。考えておいてくれ」
「うん」
パンダ達が横になったので、大輔も倣った。彼はかつてパンダ達の前で人間を殺したし、彼らは大輔と人間を完全に別物と認識している。
だからムームーは、大輔に人間を殺す手伝いを頼んだのだ。彼も、ここの世界の人間がどういう生き物かは、よく知っている。
いずれ人間とは対立する関係で、ひとたび対立が表面化すれば、話し合いが不可能である以上、殺さざるを得ない。
それでも大輔は、自分と似た形の生き物を、直接手にかけずに済めば、と願っていた。
カラーパンダも普段は、動物殺しを躊躇する性質である。大輔が人間を殺した時も、引いていた。
彼らが人間を排除しなければならない、と判断したなら、よほどのことである。従うのが正しい、と自分に言い聞かせた。
ムームーや大輔が予想した通り、二つの小集団を潰した後、大きくなりすぎた人間の住処を叩くことになった。
大輔は、人間の間に立ち入ると、誤って殺される可能性もあるため、後方から弓矢による援護射撃に回った。
人間の住処を見るのは、久しぶりで、これほど大規模なものは初めてだった。
彼らは、動物の骨と皮を使って住居を作っていた。
それは、大輔やパンダ達が川の側で作った風除けにも劣る稚拙な代物ではあったが、確かに住居であった。
この人間達は、骨と皮を道具として利用する知能を有していた。
もし、もう少し長い目で見ることができたなら、いつか、何万年後かもしれないが、言葉を獲得したかもしれない。
そう考えると、ここでこの集団を潰すのは、大輔の良心に咎める行為だった。しかし、彼に断るという選択肢はない。
骨や皮を再利用する人間は、当然石器も使用していた。大輔のように研いだり磨いたりはせず、ひたすら割り欠き、適度な大きさや形になった石を直接手で握って使うだけである。
それでも尖った石を持った人間の攻撃力は格段に上がり、カラーパンダ達を傷つけた。
少し距離をとって見る立場だった大輔は、パンダと人間が殺し合う様に、なまじ戦闘の渦中にいるよりも凄惨さを感じた。
もし自分も直接戦っていたら、殺すか殺されるかという瞬時の判断の連続に、むごさを感じる暇もなかったろう。
石を持った腕ごと、パンダの胴体に突き刺す人間。振りかぶって殴りかかろうとする人間の、腕を折るパンダ。
倒れた人間の上に馬乗りになり、最後の打撃を与えるパンダ。群がる人間に埋もれ、息も苦しそうなパンダ。
パンダ同士の戦いとは違い、美しいどころか、血みどろの大虐殺だった。
その最中へ大輔自身も弓をつがえ、矢を打ち込んでいるのだ。彼もこの殲滅作戦の一翼を担っていた。
全ての人間から命を奪うまでに、丸一日かかった。最後に残った人間が倒れて動かなくなる頃には、長い昼の光が夜の青に侵食されつつあった。
「埋めるのは明日だな」
「ああ。まず戻って、明日ここで落ち合おう」
数度の人間狩りを経て、すっかり息の合ったコンビとなったロウロウとムームーが、互いに肩を叩いて相手を労う。
カラーパンダ達は、川で血を洗い流した後、それぞれの拠点に戻った。大輔は、ムームーの後に付く。
留守居を務めている間に大輔が整備したねぐらは、パンダ達にも好評だった。冬に備えて、風除けの壁も作り上げた。
ログハウスは、まだ壁が立ち上がり始めた状態だ。パンダ一体入れば満杯のささやかな大きさで、完成後は倉庫にする予定だった。
丸太を、平らになるよう組み合わせて積むのが、結構難しい。ノコギリやカンナや釘もなく、設計図も見本もない中、一から作るのだ。実際取り組んでみて、初めてわかることもある。
翌朝、人間の巣に戻ったカラーパンダと大輔は、深い穴を幾つも掘った。人間の死骸は、早くも蟻や蝿が、臭く粘着質の液体の染み付いた体毛に絡みつき、汚らしい物体になっていた。
それでも大輔の目には、人間として認識された。
掘った穴に死骸を放り込み、土を被せて踏み固める。大輔が作った石製の道具を使っても、一日がかりの作業だった。
こうした作業は三度目で、ロウロウ達も道具の扱いに大分慣れた様子だった。
「これ、どうする?」
帰ろうとする一同にチャンチャンが指したのは、骨と皮でできた建造物だった。
「放っておけばいいだろう」
ロウロウが言い捨てて歩き出す。ムームーは、大輔を見返った。
「要る物があれば、持てるだけ持ち帰るぞ」
大輔は疲れていたが、仲間の気遣いに報いるつもりで、側へ寄ってみた。
骨と皮のテントは、既にボロボロで、骨組み、まさに骨だ、を使おうと思えば使える、という程度であった。
その代わり、奥に積まれた毛皮は、捨ておくには勿体ない量だった。
一枚一枚吟味する暇はなく、ムームー達に手伝ってもらい、運べるだけ運び出した。
拠点へ戻ってから改めると、肉を落とし切れていなかったり、そもそも剥がし方が雑で皮として使えそうになかったり、質としては散々な物ばかりだった。
大輔は、一部でも使えそうな部分があれば、切り取って保存することにした。
それにしても、人間達は多くの生き物を狩っていた。中にはカラーパンダや人間の皮も混じっていた。
さすがに人間を狩ったとは信じたくないが、例えば身内が死んで、その皮を剥ぎ取り再利用することを想像すると、どちらがましとも大輔には判じかねた。
初めて見る皮もあった。大きさや残った爪などから推測して、熊や猪の類かと思われた。
また、鹿のような模様や、山羊のような毛足の長い皮もあった。馬のタテガミ部分だけ残したような毛皮も、挟まっていた。
大輔がこの世界へ来てから一年以上経つ。その間、ひと所へ留まるのではなく、あちこち移動を繰り返した。
出会ったカラーパンダ以外の動物は、人間と鳥だけだった。しかし、実際には、大型動物にも多様な種が存在していた。
「どうして、今まで会わなかったんだろう」
「人間に狩られたからだよ」
ミョミョが応じた。彼は、不要と判別された皮の片付けを手伝ってくれていた。
「奴ら肉食の大食らいだもの。見かけたら片っ端から襲いかかるんだよ。鹿とか山羊みたいに穏やかな性格の生き物は、他の誰にも会わないよう、普段から隠れて生活しているんだよ。でなければ、狩り尽くされたんだね」
大輔は、子供の頃に本で見た絶滅動物の話を思い出した。ドードーとリョコウバトは、人間に狩られて滅んだのだ。
「会って話してみたいなあ」
「いつかは会えるんじゃないかな。でも、山羊と猪は喋らなかったと思う」
「そうなの?」
「あれ、どうだったかな? 話しかけてみればわかるから、気にしなくても、いいか」
大輔の困惑をよそに、ミョミョは自分で納得して、皮を捨てに去った。
残された大輔は考える。ミョミョは確かに、喋らない動物がいる、と言った。同じ生き物でも、爬虫類以下、という区分は大輔が習った序列だが、つまりカエルや魚、昆虫その他の虫は喋らない。
だから大輔も、前の世界にいた時と同じ感覚で、捕獲し解体し、食べたりすることもできる。
鳥は喋っていた。カラーパンダも喋る。哺乳類は、全て大輔と同様に喋る世界なのだ、と思っていた。
しかし、確かにこの世界にいる普通の人間は、喋らない。これまで彼は、人間と他の哺乳類の進化が、彼のいた世界と逆転した世界だ、と無意識に考えていたらしい。
ミョミョの話が事実なら、単純にそうとも言い切れないことになる。その境界は何処にあるのだろうか。
考えても、大輔には思いつかなかった。




