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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第六章 六言六蔽の巻
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人ミーツ人間

 人間の住まいは、外側から見たよりも、散らかっていた。

 壁に寄せて、食べカスが落ちている。元々壁を作ろうとした訳ではなく、とにかくごみはごみとしてまとめているらしい。

 一応、ごみを片付ける意思が見られるのは、褒めるべき点か。


 一番奥に、岩屋がある。母子は、そこにいる筈だった。覗いてみると、思いの外奥行きがあった。外からは暗くて人影も見えない。

 大輔は、中へと一歩踏み出した。


 「ぎゃああああっ」


 背後から、獣の咆哮(ほうこう)が聞こえた。

 大輔が振り向くと、ごみ壁の切れ目、ねぐらの入り口に、人間が一人で立っていた。巨大な乳首とその周辺だけ毛の薄い、女だった。


 「ふぎゃあああっ」


 また背後、暗い岩屋の方から、より高い泣き声が聞こえた。母に呼応した赤ん坊に違いない。


 「待って。誤解だ。俺はただ食べ物を」


 大輔は口走りつつ、魚を刺し連ねた枝を振り回した。

 女が、両手を前に出し突進してきたのだ。彼の持つ魚を、目ざとく認識したに違いない。その指先がやけに長く、尖っているのが、はっきりと見えた。


 大輔は、本能的に枝を手放した。なるべく自分から離れた、逃げ道を(ふさ)がない方向へ。

 投げ入れた先は、岩屋の中である。


 「ぎゃっ」


 落下音に驚いたのか、一瞬途切れる赤ん坊の声。すぐに、前にも増して大声を出し始めた。

 ぼんやりとした輪郭しか見えないが、大きさからは想像もつかない声量だった。それには、岩屋の反響も手伝っていただろう。


 女は、食べ物に釣られたか、我が子の安全が気になるのか、大輔から進路を外し、岩屋へ向かった。

 彼はこの隙に逃げ出した。作戦失敗である。



 大輔は、人間と暮らすことを諦めた。営業だと、手を替え品を替え、長い目で繋がりを保つやり方があるが、彼にそんな時間は残されていない。


 山の木々の葉が、赤や黄色、茶色に色付き始めていた。

 この世界にも、本格的な冬が来るのだ。大輔は、熊の冬眠をイメージして、山中に見つけた岩穴へ、乾いた落ち葉や枯れ草を詰め込んだ。


 岩穴の周りには、(たきぎ)を積み上げ、カムフラージュ兼風除けにした。

 保存食も作った。柿を干し、栗を焼き、魚を釣っては(あぶ)った。

 正しいやり方を知らないから、前世の(おぼろ)げな記憶を元に、その都度よさそうな方法を使った。


 準備の合間に、人間を見かけることは、しばしばあった。彼らが冬をどのようにして過ごすのか、大輔は知らなかった。

 人間が冬眠したという話を、大輔は学んだ覚えがない。彼らには、できれば渡り鳥のように、別の場所へ移動して欲しかった。

 乏しい食べ物を(あさ)るため、縄張り内の食料を根絶やしにしないことを、祈るしかない。そして、大輔と遭遇(そうぐう)しないことも。


 冬のねぐらを作り終えると、大輔は満足して、そこへ籠った。

 山の木々は半分ほどが落葉樹で、葉の落ち切った枝ばかりの斜面は、冬の澄んだ空気もあって、視界が恐ろしく良好だった。


 この世界へ来てから、彼はなかなか空腹を覚えなかったが、穴に籠ってからますます腹が空かなくなった。動かないせいもあろう。


 冬の間、暇潰しに布でも作ろうと、木の皮を剥いでいた。細かく割いて、縦横と交互に組み合わせていくと、ごわごわだが、形だけはそれらしい物ができた。


 しかし、そこから服を作るのは難しそうだった。そこで、布団として使うことにした。落ち葉の上から掛けると、それなりに保温力があるように思われた。


 ある朝目覚めると、一夜にして外が雪景色に変じていた。道理で空気が冷たかった。積雪前と後では、世界が違う。

 積み上げた薪の隙間から真白の世界を覗いた大輔は、外へ出る気をなくした。

 彼は布団に潜り込んで、眠りについた。



 次に目覚めた時、大輔は猛烈に空腹を覚えた。この世界へ来て、初めての飢餓感と言っても良い。

 穴に残っていた保存食は、記憶にないまま既に食い尽くしていた。木の皮で作った布団すら跡形もなかった。落ち葉は茶色く変色し、バラバラの破片と化していた。


 冬の間に崩れてしまった薪を掻き分けながら道を作り、外へ出た。


 春になっていた。

 雪に覆われていた白い景色の代わりに、黒々とした地面が目についた。木の枝に、ぽちぽちと茶色い芽が出ている。

 そして、そこかしこに、生き物の気配が感じられる。


 大輔は、冬眠で冬を乗り越えたのだった。

 一番寒い時期は過ぎた、と言っても、まだ食べ物が豊富な時期とは言い難い。大輔は、川を目指した。冬眠中の蛙や蛇を掘り起こすつもりだった。


 うっかりして、道具を忘れたことに気付いたのは、目的地へ到着した後だった。

 空腹で戻る気力が出ず、泥で汚れるのも構わずに手を使った。途中からは、拾った石と枝も活用した。

 蛇と蛙を数匹ずつ捕まえて帰ろうとすると、後ろで声がした。


 「あっ」


 振り向くと、緑白と茶白パンダが棒立ちでいた。


 「ミョミョ、チャンチャン」


 半ば無意識に口からこぼれた呟きは、久々に動かした声帯の動きが鈍く、掠れた小さなものだったが、相手は正確に拾い上げた。


 「ダイスケかっ」


 パンダたちが猛然とこちらへ向かってきた時は、その迫力に逃げ出すところだった。かろうじて踏みとどまったのは、冬眠明けで体力が低下していた僥倖(ぎょうこう)である。

 彼らは勢いのまま、大輔を押し倒した。


 「うわあ、待て待て落ち着け」


 「やっぱりダイスケだ。髭伸び過ぎて、人間かと思った」


 「でも、体の毛は薄いもんな。すぐわかった」


 大輔は、自身の体を見下ろした。一人でいた時間が長く、着衣かどうかを気にする習慣を、すっかり失っていた。

 彼は、何一つ身につけていなかった。道理で薄ら寒い訳だ。寝る前に服を着ていたかどうか、記憶がない。


 「一応、俺も人間だけど」


 「でも、喋れるじゃん」


 「それより、さっき掘った蛇と蛙が」


 パンダと一緒になって、散らばった獲物を拾い集めた。彼らは、サワガニか何かを捕まえて、その場で食べてしまったらしい。

 集落へ持ち帰る食べ物がなくて、困っていた。大輔は、蛇と蛙を半分譲った。


 「ありがとう。また、一緒に暮らさないか?」


 ミョミョもチャンチャンも、子パンダの頃から大輔を知っている。

 他の年長のパンダよりも、彼を身近に感じていた。


 「誘ってくれて嬉しいよ。でも、俺が人間を殺したところを見てショックを受けた仲間が、苦しい思いをする」


 「あ、それもう気にしなくていいと思う。なあ、チャンチャン?」


 「そうだな。俺たちだって、同じことしたものな」


 「どういうこと?」


 そこで聞かされたのは、冬の間に野生の人間たちがパンダの集落を襲い、防衛のため戦ったパンダたちによって返り討ちにされた話だった。


 「二回も来たよ。最初はオス二人で、次は赤ん坊をぶら下げたメス」


 「ダイスケが持っていたみたいな道具を振り回して来てさ、こっちも随分やられた」


 あの人間たちだ、と大輔は思い当たった。道具を使えるようになったのなら、いつか言葉も話せたかもしれない。

 寂しさが胸によぎった。だが、パンダたちを責めることはできない。


 「今日はやめておく。髭も剃りたいし」


 「わかった。また会おうな」


 大輔は、パンダたちとそこで別れた。

 春の花が咲き出した頃には、大輔は再びパンダの集落へ戻っていた。


 ミョミョやチャンチャンが言った通り、カラーパンダたちは、以前より隔てなく大輔に接するようになっていた。


 彼らも大輔と同じ人間殺しを経験したから、だけではなく、その襲撃の際に命を落としたパンダたちや、寿命や寒さなどで亡くなったパンダたちと入れ替わりに、幼い頃から大輔を見慣れた世代が、集落の中心を担うようになったためでもあった。世代交代である。


 若いパンダたちは、爪や歯の消耗を防ぐためと称して、道具を使うことを厭わなかった。

 元々パンダには、知性に加え、竹を握れる程度の器用さがある。一旦使い始めると、自分に合った道具を工夫し、どんどん進化させた。


 大輔は、冬眠の間に散逸した道具を作り直すところから始めていた。

 襲撃した人間から奪った道具は、ほぼ全て使い物にならないほど壊れていた。


 しかも彼らが作った物ではなく、大輔が作った道具だった。

 人間に道具を奪われた覚えはない。大輔が寝ている間に忍び込み、盗みとったとしか考えられない。


 落ち葉に埋もれて気付かれなかったのか、道具に興奮して存在を忘れたのか知らないが、殺されなくて良かった、と大輔は今更ながら安堵した。


 「ダイスケ、相談がある」


 ミョミョとチャンチャンを引き連れて、紫白パンダがやって来た時も、大輔は石刃を研いでいた。髭剃りに使う刃は、なるべく薄くしたい。


 「拠点を移したいんだ」


 紫白パンダは、ムームーと呼ばれていて、目下のところ集落の頭を務めていた。

 チャンチャンたちより、やや年長であるが、大輔から見れば十分若いパンダだ。


 「じゃあ、大きめの荷車をいくつか作ろうか」


 子パンダ向けの遊び道具として、ミニリヤカーを作っていた。ゴムも金属もないから、車輪も木製である。

 回転する円盤は、これまでパンダたちにはなかった概念で、本来の運ぶ目的よりも、ひっくり返して車輪を回すという遊びの方が、老若問わず人気だった。


 「ああ。それも助かるけれど、今問題になっているのは、それ以前で」


 引っ越しといえば、荷物運びを連想した大輔には、ムームーが何を言い出すのか、全く予想できなかった。

 大輔たちのいる場所は、山の中である。平らな場所へ行けば、広い土地を使うことができる。食べ物も多い。


 ムームーたちは、ずっと平らな場所を探し続けてきた。しかし、良い場所は既に他のパンダたちが居座っていた。

 あちこち当たっても他の新たな場所が見つからなかったため、彼らの縄張りの隅を使わせてもらおうと交渉してみたが、断られたという。


 「俺を君たちが受け入れてくれたみたいに、一緒に住むのはダメなの?」


 「ダイスケは食べる物が違うからな」


 一緒についてきたミョミョが口を挟んだ。カラーパンダは平和的で、異種族にも寛容と思っていた大輔には意外だった。同じパンダ同士の方が、付き合いは難しいようだ。


 「それで相談って?」


 話を戻す。


 「このまま留まったら、食べ物が足りなくなる。思い切ってここを捨てて、新しい住処を探そうと思う」


 「うん。一緒に行くよ。必要な道具があれば作るし」


 大輔としては、この世界をもっと知りたい。どうせ新しい場所へ行くなら、信頼できるパンダと一緒だと都合が良い。今の場所に、さしたる愛着もなかった。

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