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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第六章 六言六蔽の巻
40/50

サラバ仇討ち *

 山の静けさを突き破る悲鳴によって、パンダたちは仲間の危機に気付いた。


 大輔もその場にいた。

 耳を頼りに、急ぎ音の発生源へ向かう。


 遅かった。

 凶暴な三人の人間とパンダには、数の他に格段の経験差があった。


 仲間たちが目にしたのは、袋のように引きずられていく黄白の毛皮と、明らかに浮かれた動きの人間三人の後ろ姿。人間たちは、大輔たちが大勢で駆けつけた音を聞き(とが)め、振り向いた。


 これまで同様の事態に陥った時、パンダたちは諦めて引き返していた。

 仲間は、どう見たって死んでいる。仲間の死体を喰われるのは嫌だが、別にこれが初めてのことではない。


 パンダでも、人間と闘って、無傷では勝てない。死体を取り返すために、人間と争うのは無駄。

 人間とパンダの間に、この場合の暗黙の了解ができていた。これまでは。


 そんな了解を、大輔は知らなかった。

 初めて、人間に殺されたパンダを目の当たりにした。ただその事実だけが、彼の知るところだった。


 彼を見つけて、居場所を作ってくれたパンダ。子供の頃から、側でその成長を見守ったパンダ。

 彼は反射的に、手に持つ(おの)を投げつけた。


 これまでの経験上、パンダが襲ってくるとは予想もしていなかった人間は、こちらを振り返ったまま、顔面に斧を突き立てられ、仰向けに倒れた。

 日頃から、樹上の果実を落とすのに使うやり方が、功を奏した。一撃必中だった。


 一緒にいた人間たちも、何が起きたか、すぐには理解できず、ぽかんと立ち尽くしていた。

 大輔は続けざまに、予備の斧を投げつけた。それは、二人目の胸部に突き立った。


 よろよろと倒れ込む人間。ようやく、三人目の人間が我に返る。(きびす)を返して逃げ出すが、動揺で判断力が鈍ったのか、目の前の欲望に勝てないのか、パンダの死骸から手を離さない。


 時間が引き延ばされたように、ゆるゆると足を運ぶ。斧が刺さった仲間二人は、完全放棄である。


 大輔は、小刀を手に前へ飛び出し、全力疾走の勢いのまま、猿人めいた人間に突撃した。

 薄く研いだ石刃が、すぱん、と頸動脈を切り裂いた。血が脈打ちながら噴き出した。


 うつ伏せに倒れた人間の手から、パンダが離れた。首に手を当てる指の隙間から、血が流れ出す。

 大輔は、斧を回収した。二人とも即死だった。


 黄白パンダもまた、死んでいた。抱き上げて運ぼうとしたが、成体のパンダは重すぎて持ち上がらない。

 背負うようにして、下は引きずったまま仲間の元へ戻った。


 大輔に、殺人を犯したという意識はなかった。まず同じ人間に見えなかったし、言葉も通じない。

 これは、単に違う言語を話すから通じない、と言う意味ではない。相手に、こちらとコミュニケーションを取る意思が感じられなかった。

 彼らとこちらは、野生動物同士が縄張り争いをするように対決したのだった。


 大輔は、これまでの人間との接触経験と、パンダとの生活によって、自らをパンダと同化していた。


 一方、パンダたちはこの間、じっと動かずにいた。大輔が遺骸を連れて戻った時も、礼やねぎらいの言葉はなかった。

 ただ、遺骸を受け取り、一緒に連れ帰ってくれた。


 大輔は褒められたくて、パンダを取り返したのではない。仲間の死を目撃して、衝動的に仕返しをしたまでのこと。

 それでも本当は、肯定して欲しかったのかもしれない。彼らが何の感想も口にしないことに、不安を覚えた。


 「ありがとうね」


 死んだパンダの母親だけが、礼を言ってくれた。大輔の不安は、ひとまず落ち着いた。



 以来、大輔とパンダたちの間に、何となく溝ができたように感じられた。

 パンダたちは変わらず彼と挨拶を交わし、食料調達にも連れ立った。一見何の変化もない。彼の気のせいかもしれない。


 しかし、気のせいであっても、何かの変化を感じたのは確かである。大輔は、ここを去るときが来た、と考えた。

 これまで作った道具を二分した。パンダには日常生活で不必要な品だが、他に渡せる物がなかった。


 「長いこと、お世話になりました」


 大輔が去り際の挨拶をすると、パンダたちは驚いたが、微かにほっとした空気も感じた。

 彼は、自分の選択の正しさを知った。


 お礼の代わりに自作の道具を取り分け、大輔はパンダの集落を去った。

 行くあてはなかった。


 一人でも生きていくことはできる。日常の用に使う道具も揃っているし、食料調達の仕方も知っている。

 ただ、一度言葉の通じる世界を知ってしまうと、後の孤独が辛かった。


 季節は冬へ向かっていた。徐々に日が短くなり、朝晩には冷え込みを感じるようになった。

 寒さをしのぐ衣服を、未だ調達できていない。雨露をしのぐ、()()()も定まっていなかった。


 良かったことといえば、子パンダの邪魔が入らなくなったお陰で、火を起こせるようになった。

 時間を好きなように使える。


 川で魚を釣り上げ、焼き魚を食べたり、これまで食べられなかった栗を焼いたりした。

 欲を言えば塩が欲しかったが、贅沢は言えない。火の入った食事は、涙が出るほど美味しかった。


 火を使えるようになって、越冬の心配が一つ減った。しかし移動生活では、いちいち火を消さねばならない。

 食料の備蓄もしたい。拠点が欲しかった。


 この世界の人間たちは、どのようにして暮らしているのだろう。


 大輔は、人間に追われた経験はあるものの、彼らの生活までは知らなかった。

 パンダと同様、どこかに拠点を置いているならば、そこから使える物を盗めるかもしれない。


 三人も殺しておいて今更だが、孤独から大輔は、自分と似た形態の人間に期待を寄せた。

 彼らが、パンダと違って攻撃的であることは、忘れていなかった。だから、大輔は慎重に人間を探った。


 遂に、大輔は食料調達の帰りらしい人間たちの跡をつけ、彼らのねぐらを突き止めることができた。


 人間たちは、パンダと同様、自然の洞穴や崖下を住まいとして利用していた。

 そして、石や骨を道具として使っていた!


 といっても、加工はせず、用途に応じて、たまたま見つけた丁度いい大きさや形の物を、そのまま使っているようだった。彼らの道具は、それだけ貴重品扱いとなる。見つかれば、幸運。壊れたら終わり。同じ物は二度と手に入らない。


 彼らの住まう周辺には、ゴミが積もって壁を作っていた。貝殻だけなら貝塚と呼べるが、ここの山は骨、皮、毛、殻、枝葉で出来ている。


 食べきれない内臓なども混ざっているのか、腐敗臭が鼻を突く。元はカラーパンダだったに違いない、緑や橙の毛皮も間に挟まっていた。


 いずれも形をとどめているところから、使おうと思えば使えなくもなさそうである。

 ここから必要な骨や皮を引き出しても、気付かれる恐れはなさそうだった。しかし今の大輔には、腐敗臭の染みついた毛皮を使う気になれなかった。


 この臭いねぐらには、男二人と女一人、それに乳飲み子一人の三人が住んでいた。

 毎朝、男二人が出かけ、残った女は赤ん坊に乳を飲ませつつ、あやしたり一緒に寝転んだりして過ごす。


 夕方、男二人が戻り、食料を持ち帰れば、分け合って食べる。

 調理はしない。果物は各自で皮を剥くか、皮ごと食べる。


 胡桃(くるみ)は外皮を剥き、殻を石で叩き割って食べる。

 蛇は手で皮を剥いてから、やはり生で食べた。


 一見して、平和な光景である。

 ゴミ山から覗くカラーパンダの毛皮がなければ、彼らが大型動物を殺して食べるとは想像できなかった。


 もしかしたら、パンダよりも彼らに近い大輔なら、仲間として受け入れてくれるかもしれない。

 彼は最初の頃、人間たちに追い回されたことをすっかり失念していた。


 更には、既に三人も手にかけたことをも忘れていた。一度団欒(だんらん)を経験した後の孤独は、自分で気付かないほど彼の精神を弱らせていた。


 まずは手土産が必要だろう。大輔は、魚を数匹釣り上げ、枝で目刺しにした。

 それから昨日掘り当てた自然薯(じねんじょ)で腹を満たし、人間のねぐらへ向かった。



 彼が到着した時、太陽は傾いていたが、まだ男たちは戻っていなかった。恐らく、女と赤ん坊は昼寝をしているのだろう。

 ごみ壁の内側には、人気がまるで感じられない。


 男たちが戻るのを待つべきか。ここで、大輔に人間たちから追い回された記憶が蘇る。

 パンダが殺された時といい、彼はこれまで男の人間としか相対した経験がない。


 乳飲み子を抱えた女に取り入ることができれば、男たちにも受け入れてもらえるかもしれない。

 食べ物の手土産もある。元いた世界での営業経験が、脳裏を(かす)めた。


 とりあえず、近くへ寄って見極めよう、と大輔は考えた。男たちの戻る時間が不明で、もし日が落ちてから争いになったら、昼間より命が危険だ。きっと彼らは、大輔よりも夜目が効くだろう。


 忍び足で、ごみの内側へ入る。外側より暖かい気がした。堆積したごみが発熱して、暖房の役目を果たしているようだ。

 少なくとも、風を遮る効果はあった。

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