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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第六章 六言六蔽の巻
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パンダ邂逅

 その頃パンダたちの生活は、大輔の前世で言う、旧石器時代以前のレベルだったようだ。


 但し、そこはパンダらしく、住居を作ったりはしない。洞窟や、(ひさし)の伸びた崖下などを雨宿りの拠点として、毎日そこで遊んだり、周囲へ食べ物を探しに行ったりしていた。


 囲いを作らなかったのは、パンダ以外の大型動物がほとんど存在しない事もあったが、そもそも道具や設備を作る発想がなかったためである。


 毛皮に覆われた皮膚と鋭い爪や歯、強い腕力を持つパンダには、道具など必要なかったのだ。

 数日にわたって、根気よく観察を続けた大輔は、この世界で人間に相当するのが、カラーパンダだと結論付けた。


 何より、彼らは喋っていた。この世界の人間は、(うな)り声しか出さない。

 保護を求める相手と見定めてからも、大輔はパンダたちと接触できなかった。

 殺される前に、無害な存在と納得してもらえる方法が、思いつかなかった。


 時間はどんどん経っていく。パンダたちはあちこちに生えている笹で腹を満たせるが、大輔は笹や竹を食べられない。

 この世界に来てから空腹を覚える間隔が長くなったとはいえ、全く食べずに過ごすことは辛かった。


 では、どうやってパンダと接触を果たしたのか。

 行き倒れたところを、拾われたのである。


 空腹をあまり感じないため、栄養が足りないことに気付かず動き続け、(つい)には意識を失ってしまったのだ。

 倒れた場所が、パンダの拠点周辺だった。

 追いかけっこで遊んでいた子パンダたちに、運よく発見されたのだった。


 パンダは笹ばかり食べている印象があるが、たまに動物性タンパク質も摂取する。多くは虫か魚である。普段は食べないが、必要に迫られれば人間も食べるらしい。


 大輔が食べられなかったのも、幸運だった。子パンダたちは、野生の人間に遭遇したことがなかった。

 人間が恐ろしい存在とは聞かされていたものの、絵も画像もない。だから、大輔を見ても人間と思わなかったのだ。


 また、死んだように倒れていた事から、いきなり殴られもせず、無傷のまま集落へ運ばれた。

 パンダたちは、落ち着いて大輔を観察する余裕があった。汚れてはいるものの、明らかに普通の人間とは異なる皮を(まと)い、毛の生え方にも違いがある。


 そして、(かす)かに呼吸をしており、死んではいない。人間とは別の生き物かもしれない、とパンダたちは考えたのだった。

 彼らに識別できるほどの知性と、異分子をとりあえず生かしておく、という温順な性質が備わっていたことも大輔の運命に良い方へ作用した。


 目を覚ました時、それでも大輔は、両手両足を(つる)で縛られていた。

 側で子パンダたちが(たわむ)れあっていた。


 「あのう。すみませんが、何か果物とか食べさせてもらえませんか」


 意識を失っている間、取り立てて何も飲み食いしていなかったにも関わらず、大輔は声を出せる程度に体力が回復していた。

 毛玉になって、転がっていた子パンダたちの、動きが止まった。大輔を見た。

 目が合った。


 「きゃあああっ。喋った〜! おかあさ〜ん!」


 子パンダたちの悲鳴がこだました。



 先ず言葉が通じることを理解して貰えた大輔の(いまし)めは、程なく解かれた。

 パンダたちは親切に、彼の食べられる果実を探して与えてくれた。


 以前ほどには、食べずとも差し支えない体になっていた。彼の食事はそれで十分間に合った。

 大体が、この世界へ来る前も、仕事の忙しさから時間も食欲もなく、まともな食事は一日一食という状態だったのである。


 大輔が別の世界から来た、という話は、彼らに十分に理解できないようだった。大輔の方も、今いる世界と前にいた世界の関係を理解しておらず、この世界の知識もほぼ白紙であった。

 自分がわからないものを、相手に理解させるのは難しい。


 理解できないということは、元の世界へ戻る方策もないということである。

 自分が元の世界で死んだ可能性を考えると、大輔は、戻ろうと努力するだけ無駄な気もした。


 あの多忙な会社に復帰して働き続けることと、喋るカラーパンダに囲まれて原始的な生活を続けるのと、どちらを選ぶか問われても、すぐに答えられない。


 何よりも、今いる場所で生きる術を手に入れる方が急務である。いつか戻れる可能性が出てきたら、その時に身の振り方を考えることにした。


 大輔が現状天涯孤独の身であることは、パンダたちも理解したので、彼らと生活を共にすることは、すんなり許された。大輔は、パンダたちの役に立つべく、手伝えることを探した。


 最初にしたのは、食料運びの手伝いである。通常、成体のパンダたちは、お腹が空けば自力で食べ物を探しに行く。

 基本的に草食と言っても、何でも食べる訳ではない。拠点としている集落の周囲にあった笹は、あらかた食べ尽くされていた。


 離乳して間もない子パンダや、授乳中の母パンダのために、遠くまで食料採集に出かけ、持ち帰るのである。

 あまりに採集地が離れれば、雨宿りに適した場所を探し、集落ごと移動する。


 大輔が身を寄せた集落が留まっているのは、雨露をしのいだり、子パンダたちが遊んだりするのに適した場所が見つからないせいだった。

 人間の集団と接触を避ける意味もある。


 パンダたちは、笹や細い竹を、素手で折り取れる。大輔にはできない芸当である。

 鎌が欲しい、と思った。古代石器といえば、黒曜石である。大輔は、パンダの後について食料を探したり運んだりしつつ、地面にそれらしい石が落ちていないか、探し始めた。


 そうそう都合よく、黒曜石は落ちていなかった。代わりに、ぶつけると澄んだ高い音のする、黒緑の石肌が美しい石に気付いた。


 先に見つけたのは、パンダである。他の石と異なる独特の音がするので、子パンダの遊び道具に持ち帰ったのだ。

 大輔は、その金属を連想させる音から、黒曜石の代わりに石器として使えるかもしれない、と思いついた。


 とは言え、子パンダからおもちゃを取り上げる訳にもいかず、発見したパンダに場所を聞いて、食料集めの時に自分でそれらしい石を拾い集めたのだ。


 拾った石をどうやって加工しようか悩んでいたが、程なく自然に解決した。

 子パンダが遊んでいた石が、割れたのである。大輔は割れた石と、拾った石を交換した。


 石の割れ口は、鋭くなっていた。欠片の中から小さめの物を選び、次の食料集めに持って行った。道具の効果は絶大だった。パンダたちも、彼の進歩を喜んでくれた。


 しばらくは、偶然できた割れ石を使った。石刃は柑橘類の皮剥きにも活躍した。問題は、すぐに切れ味が悪くなることだった。大輔は予備がなくなる前に、割るための石や、()ぐための石を探し始めた。


 割れただけの石でも笹を切るに便利だったが、研ぐことによって、切れ味が格段に向上した。

 大輔は伸びた髭を引っ張るようにして、髭を剃ることを覚えた。髪や髭を短くしておくことは、パンダたちが彼を他の人間と区別し易くするためにも、必要なことであった。


 大輔が石で石を研いでいると、子パンダたちが物珍しさから寄ってきた。遊びの延長としてではあるが、彼は子パンダたちがしたがる時には、大抵の場合、させてやった。


 石刃の数に余裕が出てくると、彼は柄となる枝や固定用の蔓を調達して、より使い易く、また、斧や鎌の代わりになるような道具も作り出した。



大輔がこの世界に来た時、季節は初夏だったようだ。お陰で彼は生活に慣れるまでの間、寒さと無縁で過ごすことができた。


 暑い時期には、着てきた衣類を脱ぎ、洗ってしまっておいた。既にかなり擦り切れていた。

 パンダたちは布の薄さから、蛇の脱皮と同じ生態と勘違いした。一通り説明はしたものの、理解できたかどうか怪しい。


 普通の人間は全身剛毛に覆われており、衣服の必要がない。パンダも衣服が不要という点では同類である。

 衣服の観念が、まず理解の外だった。


 理解できようができまいが、来るべき冬に備え、大輔は新たな衣服の調達を必要としていた。

 手近なところでは、死んだパンダの毛皮が手っ取り早い。


 しかし恩義ある言葉の通じる生き物から、死後とはいえ、皮を剥ぐのは彼にも躊躇(ためら)われた。

 パンダたちは寿命を終えた仲間を、穴に埋めていた。

 放置すると、人間に食べられてしまうからだそうである。


 美味いのだろうか、ふと脳裏に浮かんだ疑問を、大輔は急いで打ち消した。

 ここへ来て以来、蜂の子以外の動物性タンパク質を摂取していなかった。

 魚や他の昆虫は、生で食べる気がしなかった。


 記憶を辿って縄文式に火を起こしてみたが、火が点く前に子パンダたちが新しい遊びと勘違いして道具を奪って行った。


 大輔の第一発見者となった子パンダたちは、すくすく育ち、数ヶ月で親と変わらぬ大きさとなった。

 すると、他のパンダと一緒に食料を探しに出かけるようになる。大輔が最初に教わったように、先輩から教えを受けるのだ。


 事件は、そこで起きた。


 まだ山に慣れないパンダが、仲間からはぐれた先で人間と遭遇した。

 彼にとっては、初めての人間である。もちろん人間の怖さについては、幼い頃から散々聞かされてきた。


 だが、実際目の前に現れた人間は、大輔とほぼ同じ形をしていた。人間同士からは歴然とした差異も、他種族から見れば同じ(くく)りだった。

 しかも、全体が毛で覆われているところが、却ってパンダに親近感を持たせた。

 そこで、彼はいつも大輔に対するように、声をかけた。


 「こんにちは」


 悪いことに、相手は複数だった。目の前に若いパンダが単独で現れた。

 普段、遠目に姿を見かけるだけで逃げ去る動物が、どうぞ食べてやってくださいとばかりに、立ったまま動かない。

 人間たちは歓喜の声を上げながら、思い思いに襲いかかった。


 と、これは大輔の想像である。


 「ギィヤアアアアアアッ」

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