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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第六章 六言六蔽の巻
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ダイパン国王

 ダイパン国王の住む建物は、石で出来た土台の上に、丸太を積み重ねて作られていた。大きなログハウスである。

緋奈(ひな)は、警備の薄くなる早朝、その屋根によじ登った。


 協力してくれたのは、ミンミンと婆ちゃんの知り合いたちである。

 最初、付き添うと言ってくれたのを、緋奈が断った。緋奈が殺されることになったら、巻き添えを喰らうからだ。


 しかし、普通の人間が王の住居に現れれば、間違いなく即座に殺される。

 考えた末、すぐに手出しできない屋根の上から喋れることをアピールし、王に繋いでもらう作戦を取った。

 槍や弓矢などの武器もあるが、オスは格闘を好む、と聞いたからである。


 ログハウスは、大きな空間の周りに幾つもの部屋を繋げた形で、三角に組まれた屋根と屋根の間に隠れやすい場所ができていた。


 日が上り、気温が上がるにつれ、足元から生き物の活動する気配が伝わってきた。

 緋奈は、隙間に身を潜めながら考える。当初考えた案は、警備のパンダに真っ当に話しかけることだった。


 だから、手の届かない屋根に登ったのだ。今思うと、下策である。緋奈の言葉を理解するより先に、射殺されたら終わりだ。

 多少毛色が違っていても、普段から警戒すべき相手と同じ生き物が目の前に出現したら、反射的に攻撃する。自分で考えても、そうする。


 言葉を聞いてもらうために、別の方法を考えるしかない。

 そもそも、何と話しかけたものか。

 面識のない年上の異性との初対面。


 個人的には正直なところ、用もない。かと言って、いきなりメスパンダたちから頼まれた用件を切り出すのも愚である。しかも、対面する前から始めるのだ。天気の話も振れない。


 王が関心を持ちそうな話題。


 三十年も前となると、緋奈が生まれる前の話である。歴史上の出来事を思い浮かべるが、面と向かってもいないのに、気付かれるまで延々と一人で話し続けるのは無理だ、と気付いた。


 相手がいなくても言葉を発し続ける状況など、お経でもない限り無理なのではないか。

 いっそ読経すればいい。残念ながら、緋奈は般若心経の一つも覚えていなかった。言えるのは南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経の二語のみ。


 繰り返し唱えたら聞き取ってくれるだろうか。否、王が日本人とは限らない。仏教を知らない人間が聞いたら、怪し過ぎる。


 歌。歌ならどうだろう。ビートルズだったら、世界の大部分をカバーできるのではないか。

 緋奈はしばらく検討して、その考えを放棄した。


 彼女は洋楽を聞かないタイプであった。

 メロディーは何となくわかるが、歌詞をほとんど知らない。ハミングだと、声量を出しにくい。洋楽で思い出したが、緋奈はそもそも流行歌に(うと)い人間だった。日本で流行(はや)った歌すら、よく知らない。


 だが、歌を歌うという考えは、捨て難かった。それなら、姿を見せる前から存在を知らせることができるし、パンダたちにも普通の人間とは違うことを、わかってもらいやすい。


 緋奈は歌えそうな曲を記憶から探した。出来れば古い歌の方がいい。君が代? 短すぎる。

 相手の国籍によっては、神経を逆撫でするかもしれない。でも日本人なら、知名度抜群だ。候補には入れておく。


 色々考えてみた挙げ句、小学校の六年生を送る会か何かで練習した、アイドルグループの曲が歌いやすそうに思えた。

 大人になってから振り返ると、他のアーティストが何人もカバーを出している名曲で、発売当時も社会現象になる程売れた曲だった記憶がある。


 音楽にさほど興味のない緋奈が、歌詞まで覚えているくらいだ。その頃には、王はこちらの世界へ来ていて知らないだろうけれども。


 ダメなら、君が代とお経も試してみよう。ビートルズとかカーペンターズとかのハミングも。

 演歌も歌える曲が、あったかもしれない。歌っているうちに、思い出せる可能性もある。

 緋奈は、背筋を伸ばし、息を吸い込んだ。



 パチパチパチ。


 「上手いな」


 ネイティブな日本語が聞こえた。

 緋奈が頭を巡らすと、屋根の向こうに緑白パンダの顔が、ぴょこんと飛び出しており、その後ろに人間の男の顔が見えた。


 久々に歌ったので出来栄えに満足できず、その後君が代に移る気分でもなく、二、三回歌い直していたところである。


 「日本のポップスって、あんまり聞かなかったんだけど、その曲はさすがに覚えている。確か、その年で一番売れたんじゃないかな」


 男はパンダを乗り越えて、こちらへ近付いてきた。

 意外にも、髪を短く刈り込んで、(ひげ)も剃り落としている。手製らしい残念な仕上がりの()服以外は、まともな社会人に見えた。

 婆ちゃんパンダから聞いていた通り、若い。緋奈よりも年下にすら思える。


 「ご存知なんですか?」


 緊張から、つい敬語を使う。

 男は笑った後、ふと不安気な面持ちになった。


 「君はいつの時代から来た? 俺は」


 と男が挙げた西暦を聞き、緋奈は驚きを隠せなかった。男と緋奈との間には、わずか十年の差しかない。

 急いで記憶を辿る。婆ちゃんパンダは、男が戦争をおっ始めてから三十年ほど経つ、と話していた。


 「ここでも一年は三六五日ですか? 一日は大体二十四時間ですよね? 私が来たのは‥‥」


 「まあ待て」


 緋奈の途切れない質問を、男が遮る。


 「ここじゃ何だから、下で座ってゆっくり話さないか。ここで、まともに話せる人間に会うのは、初めてだ。俺も色々聞きたい」


 「はい。私は佐上緋奈(さがみひな)といいます。あなたのお名前は?」


 「若木大輔(わかぎだいすけ)だ」


 男は名乗った。



 広いログハウスの中は薄暗く、昼でも松明で灯りを採っていた。

 緋奈は広間の周辺に並ぶ、小さめの一室へ案内された。そこには、毛皮で作られたソファと、木製のテーブルがあった。


 「佐上さんと言ったね。何歳?」


 大輔は腰掛けるや否や、いきなり年齢を尋ねた。

 緋奈は、昔耳にした、バイト面接の話を思い出した。緋奈自身は、大学関係の面接しか受けずに、ここまできてしまった。


 「二十七歳です」


 「うわ年上かあ。俺、二十五。でもここじゃ大した違いはないから、お互い敬語なしで行こう。ヒナちゃんって呼んでもいい?」


 嫌だった。高校以来、ちゃん付けで呼ばれていない。しかし、彼女に選択肢はなかった。


 「どうぞ、若木さん」


 精一杯、皮肉を込めて呼ぶ。


 「参ったなあ。せめて名前で呼んでよ」


 参ったのは緋奈の方である。ミンミンや婆ちゃんパンダを相手にするより疲れそうだ、と思い、この先を進めるために、脳内で急ぎ考えを巡らせた。


 「では大輔、私は、あなたがここへ来てから十年後の日本から来た。でも、あなたは二十五歳のままに見える。ここに来てから何年過ごしたか、教えて」


 自分から求めたとはいえ、苗字さん付けの丁寧語から、いきなり名前呼び捨ての敬語なしに変わって、大輔はショックを受けたようだった。


 緋奈は、いつでも立てるように、ソファの上で体に力を入れていた。彼女が異性の名前を呼び捨てにするのは、小学生以来だった。


 「三十、二、三年かな。最初の頃は、時間の感覚がわからなくて」


 ややあって、大輔は素直に質問に答えた。最悪、不敬を口実に襲われると覚悟していた緋奈は、少し力が抜けた。 あの程度で怒る人間だったら、彼女の人生はそこで終了だ。


 大輔は、ここの世界では還暦に近いけれども、元の日本だったら、緋奈より一回り年上ということになる。

 しかし肉体年齢は現在、緋奈より二歳年下である。ややこしい。


 彼は、大学を卒業して就職したものの、不況のせいで会社が激務となり、過労で死んだらしい。

 というのも、帰宅途中で心臓に激痛を感じ、倒れ込んで意識が遠のいていくところまでしか覚えておらず、次に気付いた時には、この世界へ来ていたからである。


 「緋奈ちゃんは、すぐパンダに会えたから、ここまで来られて良かったね。俺は、パンダと話せるまで時間がかかって、大変だったよ」


 大輔は目覚めた時、一人だった。しかも、状況を把握しようと数日ほど山の中を彷徨(さまよ)った挙げ句、カラーパンダより先に、人間と遭遇した。

 ちなみに、この間、空腹を感じなかったそうである。


 「今考えると、どう見たって意思疎通できなさそうなのに、その時は一応人間と同じ形をしていたから、ジェスチャーでも何でもすれば、通じるんじゃないか、と思っちゃったんだよね」


 「その気持ちはわかる」


 「そうでしょ」


 緋奈の同意を得て、大輔は嬉しそうだった。


 「おーい、って手を振っちゃったんだよね、思いっきり」


 それでどうなったかと言うと、人間たちは一旦動きを止めた後、集団で囲い込むように、じりじりと距離を縮めてきた。

 その移動の仕方があまりにも、狩りで獲物を追い込むやり方を連想させて、大輔は自分から声をかけたにも関わらず、本能的に逃げ出したのだと言う。


 「結果的に、良かったんだよね」


 でなければ、今頃この世にもいない。この世で死んだら再び元の世界へ戻るのかもしれないが、だとしてもどのみち死んでいるだろう。


 どうにか人間共から逃げ切った大輔は、その後、人間たちの(おぞ)ましい生態を目撃する。


 「奴ら、共食(ともぐ)いするんだよ」


 緋奈は、ひゅっと息を吸い込んだ。


 「その後見た感じだと、常に食べ物に困っている、という事情もあるんだろうね。この辺、パンダ以外の大型動物をほとんど見かけないから。一応、生きているうちは食べないみたい。死んだら同じお肉、という感覚かな。あの時の俺は、同じ人間と認識されなかったんだろうね」


 「それは、怖い」


 緋奈は自分の幸運を噛み締めた。取り立てて運動能力が高い訳でもない彼女が追われたら、まず肉にされる。


 その後、大輔は人間を避けつつ平地を目指し、ようやく山を降りることができた。


 「パンダの集落を見つけたんだ。驚いたよ。だってあの色合いだよ。三十年以上経った今でも、白黒パンダが懐かしく思えるよ。緋奈ちゃんだって、びっくりしたでしょ」


 「うん。まあ」


 一見して、人間よりパンダの方が自分に近い、と気付いた大輔だが、人間との最悪な出会いに懲りて、すぐさま姿を現さず、離れて観察することにした。


 結果的に、正しいやり方だった。カラーパンダたちが突然村に現れた大輔を目にすれば、やはり襲撃を恐れて殺していただろうから。

 人間から見て仲間に見えなくとも、パンダから見れば、大輔は充分に人間の形をしていた。

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