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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第六章 六言六蔽の巻
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噂のオス

 そこからミンミンの言う婆ちゃんのところまで、結構な距離を歩いた。

 緋奈(ひな)はこの世界へ来る前、崖の上から飛び降りたのだが、よくテレビで見るように靴を脱いだりしなくてよかった、と思った。

 自分が同じ立場になっても、死ぬ前に靴を脱ぐ意義を見出せなかった。(もっと)も彼女の場合、後に残す必要のある物が何もなかった。


 「婆ちゃん。ミンミンやで」


 薮に覆われた洞窟の前で、ピンクパンダが呼びかける。緋奈は前もって、後ろへ隠れるよう、言い含められていた。


 「ああ? ホンマや。珍しいな。ま、入り」


 婆ちゃんと呼ばれるには若い声が応じた。ミンミンはその場を動かない。


 「婆ちゃん、ちょいお願いがあんねんけど。驚かんといてな」


 ミンミンは婆ちゃんが返事をする前に、体をずらした。緋奈は不意を突かれて固まった。

 固まったのは、婆ちゃんも一緒だった。茶白パンダはしかし、一瞬の後、緋奈へ突進した。


 「待った待った待った!」


 素早くミンミンが体を割り込ませなかったら、緋奈は確実に吹っ飛ばされていた。

 彼女は両腕の柿を抱え直した。二体のパンダはがっぷり四つに組んでいる。


 「ミ、ミンミン」


 「婆ちゃん。まず、落ち着こか。どうどう」


 「何がどうどう、や。うちは馬ちゃうで」


 そこで二体は離れた。差し当たり、茶白パンダは攻撃を止めたようだ。緋奈はおずおずと身を(さら)した。


 「佐上緋奈と申します。初めまして。よろしければ、この柿をお召し上がりください」


 茶白パンダの顎が、ガクッと下がった。喉奥から不明瞭な音を出しつつ、孫のピンクパンダに頭を向け、強張る腕で何かを訴える。ミンミンは、そり返って仁王立ちした。


 「な、せやから驚かんといて言うたやん。ヒナヒナは、そんじょそこらの人間と違うんやで」


 「‥‥」


 自分の手柄のように話すミンミンに、醒めた目を向ける緋奈は、しかし無言でいた。

 今は、このピンクパンダを庇護者とするより他に、生き延びる術がない。


 「座ろか」


 しばらく無意味な運動をした後、ようやく落ち着きを取り戻した茶白パンダである。

 二体と一人は、洞窟の入り口に、草むらを掻き分け、無理矢理尻を落ち着けた。


 緋奈は柿を丁寧にパンダ達の前へ積み上げる。綺麗に仕上がった柿製ピラミッドを、二体のパンダは感心した様子で眺めた。


 「どうぞ」


 「お、おおきに」


 「ヒナヒナも食べや」


 茶白パンダが頂点の柿を持ち上げる側から、ミンミンが自分の柿を緋奈へ放った。


 「ありがとうございます。いただきます」


 しばらくは、三者が柿を咀嚼(そしゃく)する音が続いた。パンダ達の食欲は旺盛で、緋奈が一つ食べる間に、一山をヘタや種ごと平げた。


 「ああ、美味かったわ」


 腹に手を当てて(くつろ)ぐ茶白パンダは、一緒に食事するうちに警戒心を解いたようだった。


 「ほんで、変わった人間連れて何の用なん? この人、王の(ゆかり)の人なん違う?」


 「あたしもそう思うてんけど、ひとまずそれおいといてな。普通の方の人間が、近くまで来とったから、婆ちゃん引っ越した方がええて言いに来たん」


 婆ちゃんパンダの毛が逆立つ。


 「いつ?」


 「ついさっき。今日は柿だけもいで帰ったけど、そのうち押し寄せて来るで」


 「左様か。今晩は、大丈夫ってことやね」


 皆で空を仰ぐ。木々の間から、暮れかかった灰青色の雲が見えた。


 「泊まるか?」


 「ええのん?」


 「あんたも引っ越さなあかんやろ。ま、狭いとこやけど。そっちの嬢ちゃんも入り」


 てっきり放り出されると覚悟していた緋奈は、茶白パンダの親切を嬉しく思った。


 「ありがとうございます」


 「あんた、ほんまに普通の人間とはちゃうんやね」


 茶白パンダは首をふりふり言った。



 あたしがミンミンくらいの年やったかな。

 今、ここいら辺一帯がダイパン国になるずーっと前、王が現れたんは。


 詳しいことは知らんけど、あんたと一緒で、急に湧いたみたく出てきたらしいで。


 普通の人間とちゃうから、パンダ達は自分らと同じ仲間として親切にしとったんやと思う。最初から王やなかってん。当たり前やけどな。


 気付いた時には、オス共がパンダ同士で縄張り争いしとった。

 王が来る前までは、皆んな仲良うしとったんやで。群れが食べていけるに十分な縄張りがあって、まあ、たまに隣の食べ物拝借したりもあったんやけど、お互い様やから。


 それが、せんでもええ戦い仕掛けおって、負けた方は勝った方の言いなりになるとか、遊びにしたってやりすぎやろ。

 今までのやり方が通用せんかったさかい、先に仕掛けたもん勝ちや。

 王の仲間はどんどん縄張り広げおって、仕舞いには国を建てて王を名乗ったんや。


 普通の人間とちゃうけど、パンダの上に人間が立つんやで。仲間のパンダからも反対あったと思うわ。

 せやけど、反対しおったもんは、どんどん追われるか消されるかして、何や知らん、頭に立つ王だけ人間ちう、おかしな組み合わせが仕上がってん。


 要は、オスどものごっこ遊びが、仕事になりよった。

 やれ、作戦会議や、戦闘訓練や、言うて、これまでやって来た家のことせんようになった。


 全部あたしらに押し付けといて、戦に必要やから食料だの石だの、あれやこれや寄越(よこ)せ、なければ集めてこいだの、要求増えてな。

 こちとら、倍以上の仕事抱えることになって、オスどものお遊びに付き合ってられへん。文句を言えば、


 「敵が攻めてきたら、困るのはお前らやろ」


 と抜かす。お前らが戦始めたから、こんなことになっとるやないかい、言うても耳に入らへんねん。


 いつか飽きるやろ思うとったけど、この辺みんな治めても、まだ先があるて、ずうっと終わらへん。

 ごっこ遊びやから、終わりたくないんやろな。

 終わったら、また仕事せなかんからな。


 次はあれや、その次はこれや、って食べながら相談して、暴れて勝てば威張れる遊びの方が、楽しいんやろな。



 「何年ぐらい、続いているんですか」


 婆ちゃんパンダの話が途切れたところで、緋奈は尋ねた。

 茶白パンダは記憶を辿(たど)るように外を見た。既に日は落ち切って、真っ暗だった。


 洞窟はさほどの奥行きもなく、二体のパンダと緋奈が入って満杯の状態だ。洞窟よりも窪みと表現した方が適切だった。

 もっと暑い時期だったら、外でごろ寝した方が快適に眠れそうだ。


 「うーん。三十年くらい?」


 緋奈は自分の世界のパンダの寿命と比べ、この世界のパンダが若々しいことに気付いた。


 「それだけ歳を経たら、王も年老いて戦に出られないでしょう」


 ここのパンダと渡り合えるなら成人している。最低十八としても今頃五十近い。最初期と同様に動けるとは思えない、と計算した。


 「せやね。確かに今は、部下ばかり戦わせとるがな。あたしも長いこと見とらんわ。ただね、聞いた話やと、全然歳取らんらしいで。たまに、普通の人間捕まえて飼っとる奇特な仲間がおるんやけど、大人になってから三十年も生きひんて」


 「そんなんが王で、ずーっといてたら、堪らんなあ」


 暗い中で、ミンミンが言う。彼女は穴の奥を占めていて、今はピンクの毛皮も白とさして変わらぬほど闇に溶けてグレーである。


 「ヒナヒナが言うてやったら、ええんちゃう? 戦止めいって」


 「へ」


 緋奈の口から、間抜けな声が漏れた。


 「ええなあ。同じ人間から言われたら、聞くかも知らん」


 婆ちゃんパンダが賛成する。


 「聞きますかねえ。女を下に見ている人ですよね」


 聞かないだろう、と感じつつ、緋奈は意見を曖昧(あいまい)にぼかす。

 三十年以上年上の男なら、男尊女卑が当たり前の世代だ。現に、オスを引き連れて戦ばかりしている。


 「なあ嬢ちゃん、やってみてくれへん?」


 「ヒナヒナ。あたしからも頼むわ。人間から隠れ住む生活は嫌や」


 二体のパンダが頼み込む。もふもふの可愛らしい外見とはいえ、大熊猫、猛獣の類である。

 緋奈は、きっぱりとは断れなかった。


 「あなた方の頼みを伝えるかはともかくとして、私と同じ種類の人間に会ってみたいという気持ちはないでもありません」


 「どっちや」


 速攻で突っ込まれる。本音を言えば、会いたくはない。

 会う前から既に、緋奈の苦手なタイプであろうことが予測された。

 しかし同時に、あの柿の木の下で見かけた猿人のような人類とどれだけ違うのか、見てみたくもあった。


 「会いましょう。あなた方にも、して欲しいことがあります」


 緋奈は言った。

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