パンダ独白
何が嫌って、メスを奴隷かモノだと思っているところやわ。
やれ家のことと子供の世話はお前の役目やいうとるけど、それ、生きるための仕事ほぼ全部やから。
あんたらオスが、イキって仕事いうのは、ただ武器やら作戦やらが大きうなっただけで、ごっこ遊びと変わらんちうの。
体張っとる? 壮大な展望? 命のやり取り?
あんたらが勝手にやっとるだけやないの。家のこというのは、結局食べて休めるようにすることやろ。食べな生きられへんよな。
食べさすて簡単に言うけど、それだけのためになんぼ準備が要るか、自分でせえへんさかい全然わかっとらん。
献立作成、食材の調達、調理、提供、片付けって単語の中に、なんぼも工程があるんやで。
子供育てるのなんか、もっと大変や。潰さないよう、ずっと見張っとかなかん。
小さい頃は喋れへんし。喋るんかて、勝手にできんからな。
教えてるんやで。オスどもが当たり前にしとるあれやこれや、全部あたしらが手取り足取り教えたから、できるんや。
あたしらの方が、よほど先のこと見通して動いとるわ。
何がオスの方が視野が広い、や。自分らの世界しか見いひんて、お山の大将が悦にいっとるんやないわ。
それをあんた、メスやから子供の世話は当たり前とか言うて、同じ家の中でゴロゴロしくさって、子供が泣いたり遊んで欲しがったりすれば、うるさがる。
そら、どうせ家にいても役に立たんのなら、外行ってもらったほうがなんぼかマシや。世話する相手が減るからな。
子供は欲しがるくせに、生まれたら邪険にする。ほんま、何したいねん。
面倒いこと全部すっとばして、都合のええ奴隷なりオモチャなりが欲しいんなら、それこそ、サルでも調教して自由にしたらええねん。
ほな、その調教もメスにやらせるんやろな。
どこかで聞いたような話だなあ、と緋奈は思った。
怪しげな関西弁で喋っているのは、パンダである。ただし、配色が白と黒ではなく、白とピンクだ。
この世界へ来る前の状況を鑑みれば、夢を見ているか異世界へ転移したか、半々のところである。
夢にしては、時間の流れが一定で、五体も五感も意思に従って反応する。前後の繋がり、五感から得られる情報の組み合わせにも矛盾はない。
ただ、変な色のパンダが喋る、という根本的な異常があるだけだ。
本当は、このミンミンと名乗ったパンダは人間で、緋奈が昏睡するベッド脇に腰掛けて喋っているのかもしれない。
何故ならミンミンが話す内容は、緋奈のいた社会に酷似していたからだ。
「それで、山の中へ逃げてきたの?」
「逃げるちゃうわ。自活しとるんや」
緋奈の言葉に反応して会話が続く。これは、夢か現実かの判定には使えない。
現実では相手が去っており、緋奈の意識が勝手に会話を紡いでいる可能性もある。
夢ではない、という証明は、このまま生活を続け、死ぬまでの間に目が覚めなかったところまで行きつかなければ、できなさそうだ、と緋奈は思う。
「あんた、腹減ったんやないの? 人間て、笹食べへんって聞いたわ。食事どないしよ」
「お腹は空いていないけど。果物なら食べられるよ」
ピンクパンダの顔が、明るくなった気がした。毛に覆われたパンダの表情がわかるのは、夢の中らしい出来事である。
緋奈は、いちいち夢かどうか考えるのも面倒になった。体は別の世界にあるかもしれなくとも、今の自分にとっては、ここが現実なのだ。
「ほんま? 柿食べる?」
「うん。柿好き」
「ほな、一緒に採りに行こ」
「いいね。ところで、人間の村もどこかにあるのかな?」
ミンミンのピンクの毛が逆立った。踏み出した足が止まる。
「うわっ。ああ、せやね。あたしがあんたを人間て呼ぶから、誤解してもうたんやね」
前へ回って緋奈の両肩にガッと手を掛けた。避ける間もない。爪が肩に食い込んで痛む。やっぱり現実か。
「ええか。あんたは、他の人間と全然ちゃうから。自分のこと、人間て思わんといた方がええで」
ミンミンは、緋奈から手を離した。
「そのうち、実物を見かけたらわかるやろ。絶っ対に、自分から近付いたらあかん。死ぬで」
緋奈は、歩き出したミンミンを追う。
「他の人間って、そんなに危ないの?」
「せやな。害獣言うた方が、合うとるわ」
「がいじゅう」
「あんたは、空から降ってきたし、王と同じ種なんやろね」
「王?」
「せや。このダイパン国の王は、あんたと同じ喋れる人間や」
緋奈の中に、質問が大量に湧き出た。
ここ日本じゃないの?
私以外の人間は獣と一緒って言っていたのに、何で王が人間なの?
喋るパンダはミンミンだけ?
そのピンクは、パンダとして珍しい色なの?
ダイパン国の国民は、生物学的にどんな種類の生き物?
緋奈は、草木の生い茂る山を掻き分け進むミンミンの背中を追うのが精一杯で、質問をぶつける余裕がない。
やがて、ピンクの背中が脇へずれた。目の前に、オレンジ色の柿をぶら下げた木が出現した。
「きれい」
木になっている柿を見たのは初めてかもしれない。濃い緑の葉の間から見えるオレンジ色の楕円が、妙に鮮やかに感じられた。
「先に食べてええよ」
「え。あ、私、木登りできないかも」
「うわ、びっくりやな。やっぱ人間とちゃうわ」
ミンミンは驚きながらも、木に登って柿の実をもいでくれた。
パンダは木登りが得意である。上から落ちてくる柿の実が、両腕に抱えきれなくなってきた頃、急にミンミンが木から滑り降りてきた。
「早よ、隠れ。絶対、声出さんといてや」
「?」
言われるがまま、ガサガサと薮の中へ潜り込む。
意外にも、ピンクと白の毛色は、濃淡様々な緑と、枯葉色の葉や木々に紛れて目立たない。
緋奈は、抱え込んだ柿の山を長い髪で覆うようにして、しゃがんだ。
しばらく待つと、柿の木の向こう側から騒がしく、葉ずれの音が起こった。間もなく、人影が二つ現れた。
緋奈は息を呑んだ。
図鑑で見る猿人のような姿だった。
頭髪や髭が伸び放題なのはともかくも、手足から首・胸・腹に至るまで、ほぼ全身が毛で覆われていた。
毛皮を纏うのではなく、地毛にしか見えなかった。脚の間にぶら下がった性器にまで、犬のそれのように毛が生えていた。
二人は、先ほどまでミンミンが取り放題した柿の木を見上げて、踊るような動きをした。
僅かに残った実を見つけ、嬉しかったようだ。ひとしきり手足を振り回した後、猿並みの早さで木に登り、未熟な青柿まで全て採り尽くした。
二人とも、両手に実を抱えるほどには採れた。すると満足したのか、来た方向へ去って行った。時折、唸り声のような音を発する以外は、終始無言だった。
ミンミンは、二人の姿が見えなくなってからも、長い間動かなかった。緋奈も隣で息を潜めていた。
「ふうっ。もうええわ」
パンダが太い息を吐き出したのは、緋奈の足が痺れかかった頃だった。
「見たやろ。あれが、普通の人間。あいつら、縄張り食べ尽くして、こんなところまで出張って来やった。婆ちゃんのところも危ないな。あたしらも移動せんと」




