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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第六章 六言六蔽の巻
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カモン爺さん

 「ありがとう。誰も使っていない場所が見つかるといいんだけれど、もしかしたら」


 とムームーが言葉を切る。


 「他のパンダとぶつかるかもしれない」


 後ろから、チャンチャンが代わりに言った。

 大輔は、すぐに言葉が出なかった。戦闘になるということだろうか。


 彼の常識だと、野生動物は縄張り争いで無駄な殺し合いはしない。

 大輔が、パンダ同士の争いに絡む事態が、想定できなかった。下手に割り込めば、彼だけ無駄死にする。


 「それで、ダイスケに武器作ってもらおうと思って」


 ミョミョの言葉にどきりとした。


 「ちょっと待て。戦い方を聞かないと、簡単には作れないよ」


 大輔の頭の中に、古今東西の戦争イメージが勝手に展開した。

 毛皮を纏った人類が石槍を投げ合ったり、大粒の石塊を投げるカタパルトを押し出したり、火縄銃を構えたり、日本兵が銃剣を振り回したり、戦車やヘリや飛行機、最後には原子爆弾のイメージまで浮かんだ。


 大輔が確認したいことをパンダたちが理解するまでに、結構な時間がかかった。

 どうやら、人間を相手にした時のように、命を取るまで攻撃する必要はないようだった。


 大輔はホッとする。見知らぬカラーパンダであっても、パンダを殺すのは、どうも気が進まなかった。

 それに、パンダは熊みたいなものである。完全に仕留めるには、人間相手よりも強力な武器が必要だろう。

 確実にパンダを殺せる武器を作れる自信もなかった。


 ムームーたちが戻った後、大輔は早速、武器を考え始めた。

 しかし、これも難しい問題だった。移動中に遭遇した敵を追い散らすのだから、持ち運びや補給の容易なものでなければならない。しかも、敵は陣地にいる可能性が高く、どのような地形に住むか、数の多寡などは、当たってみるまで不明なのだ。


 考えた末、弓矢を中心に用意した。

 パンダたちは生身で勝負するだろうし、生身で大輔に勝ち目はない。遠距離支援を主として想定した。


 後は石を投げるぐらいだが、石は現地か途中で拾うことにする。大輔は並行して携帯食料も準備した。パンダのようにその辺の草を食べる訳にいかない。

 いよいよ出発する段になって、問題が起きた。


 「別に引っ越さなくてもよくね?」


 ムームーが話を持ち込んだことから、てっきり大輔は集落の総意だと思い込んでいたし、実際一度は皆同意したらしかった。

 いざ住み慣れた地を離れるとなると、内心不満を溜めていた者が抵抗を始めたのだ。

 主だった反対論者は、メスだった。


 「半分出て行ってくれれば、この辺りの食料を食い尽くさずに暮らすことができる」


 確かにメスの言う通りなのだが、オスだけで新天地を開拓しても、子が生まれなければ将来がない。

 カラーパンダとしては、かなり激しく揉めた。大輔の前でもお構いなしだった。


 それで、出発時期がズレた。あまり遅くなると、途中で寒さに遭って行き倒れになる。

 寒いより、食料の問題だ。それまでに、居着く場所が見つかる保証はない。


 最終的に、ムームーは諦めた。旅立ちではなく、反対するメス達を連れて行くことを諦めたのだ。

 すると、メスが一緒でないなら行かない、というオスが出始めた。もう、これ以上揉めるのは時間の無駄だった。



 実際旅立ったのは、全体の三分の一ほどだった。その中に、大輔は入っていた。

 大輔が山を降りるのは初めてだった。


 新しい世界を見られると期待していた彼は、地面がやや平らになっただけで、さして変わらない景色に落胆した。

 山の下も、木と草の生い茂る見通しの効かない世界だった。


 パンダに出くわすと、ムームーはまず縄張りの範囲を確認し、一緒に住めるか縄張りの範囲内に間借りできるか尋ねた。

 大抵の場合、彼らは否定的ながら、まとめ役やら長老やらに聞いてみようと言って、集落へ連れて行ってくれた。


 だから、寝る場所や食料には、当初の予想より困らなかった。

 パンダの中に一人大輔が混じっているのを見ても、最初こそぎょっとするものの、喋れるとわかると好奇心剥き出しで、積極的に話しかけてくることも、しばしばあった。


 ただ、お客として歓待されても、定住となると結局は断られるのであった。


 「何かさ、こうやって色々な集落を回り続けるだけで、生活していけそうだよね」


 道中、ミョミョが言った。大輔も、似たことを考えていた。

 人間で言うと、旅芸人の一座のような暮らしだ。しかし彼らだって、一応の拠点は持っていただろう。


 「一生回り続けることはできない」


 ムームーが言った。


 「冬とか」


 チャンチャンが付け加える。季節は、夏の盛りを過ぎようとしていた。

 皆、冬の寒さを思い起こしたように、一斉に身震いした。



 果物が豊富な秋になっても、落ち着き先は決まらなかった。元いた場所からどれほど離れたか、もはや戻る道があやふやになっても、良さそうな場所には、誰かしらパンダが陣取っていた。


 「冬を迎える前に、寒さを凌げる場所だけでも、見つける必要がある」


 毎日一回は聞かされる。ムームーの口癖のようになっていた。


 「皆が住みたがらない場所があれば、そこで寝場所を探すことはできるんじゃないか?」


 ある時ふと、思いついて大輔が聞いてみた。

 果たしてそんな場所が存在するかは、懐疑的であった。どこまで行っても緑、木と草の生い茂る景色も見飽きたが、この世界にはそれしか存在しないのかもしれなかった。


 「海?」


 チャンチャンが問う。ああ、と一斉に反応するカラーパンダ達の声は、もの憂い。

 海が存在することにも、その存在をパンダたちが知っていたことにも、大輔には驚きだった。


 「一回、行くだけ行ってみようよ」


 ミョミョの言葉で、一行は方向転換した。大輔には、どこがどう違うのか、わからない。

 しかし進んでいくうちに、少しずつ、空が広くなってきた。


 生えている木の種類も変化した。松や、松に似た葉を持つ木が増えた。

 笹や竹以外の葉っぱも食べるカラーパンダでも、針葉樹系は口にしない。下草として生えているのも、やたら棘のある低木だったりする。


 遂に、視界が開けた。大輔は立ち止まった。


 「海、だな」


 目の前には、海が広がっていた。灰青色のうねりが、ところどころ白い飛沫を上げて水平線まで続く。

 空には雲が浮かぶものの、天気としては晴れである。


 太陽の光に比して、海の色は暗かった。左右に頭を巡らせても、島陰一つ、舟一艘見えない。

 そして海と陸地の間は、切り立った崖で区切られていた。


 大輔は、そろそろと足を進め、地面のぎりぎりまで来ると、静かに下を覗き込んだ。


 崖の下は、海だった。砂浜はもちろん、突き出た岩もない。

 途中から生え出す根性のある木もなければ、見た限りだが洞穴もなさそうだった。

 仮にあっても、そこまで無事に辿り着けそうにない。


 「珍しいみゃあ。お前らがここまで来るなんて。もしかして、その人間を始末しに来たのかみゃ?」


 頭上から声が降ってきた。大輔が見上げると、黒い影がパンダの頭上に降り立った。

 カモメだろう。白い頭に、灰色の翼。黄色い嘴の先が黒と赤に染まっている。


 喋り方が変だ。それ以前に、鳥が喋っていることに驚くべきだったろうが、大輔はパンダで慣れてしまっており、普通に受け入れていた。


 九官鳥やオウムなど、前世で一応喋る鳥の存在を知っていたから、驚きが少なかったのかもしれない。

 ちらりと、この先トリを食べられないな、という考えが、大輔の頭を(かす)めた。


 「雨風を避けるねぐらを探している。この人間は、言葉がわかる仲間だ」


 ムームーが生真面目に説明した。鳥は、ふうん、と大して身も入れずに聞いていた。


 「パンダは大きいからねえ。五体と人間が入る穴。カモン爺さんにでも聞いてみるか」


 態度から期待せずにいたパンダ達は、鳥の親切にどよめいた。


 「ありがたい。何処へお供すればいい?」


 「すぐそこみゃ」


 (くちばし)で指す方を見てもよくわからない。鳥の指図に従って進むと、松の枝が異様に混み合っているのがわかった。木の枝を組み合わせて巣を作っていたのである。


 「カモン爺さん。珍客みゃ」


 「ウミヒコか。何じゃ」


 出てきた鳥は、先の鳥と同じような姿形をしていたが、嘴は根元から先まで黄色かったし、微妙に印象が異なった。

 爺さんとウミヒコとやらは、種類が異なるかもしれない。大輔は、彼らの種族を知りたかったが、鳥達はいちいち自己紹介せず、カラーパンダもそれを求めなかった。


 「穴、ねえ」


 爺さん鳥は、ウミヒコとパンダから事情を聞いて、鳥らしく小首を傾げた。


 「お前さん達の希望に適うかどうか知らんが、川の近くに凹んだ場所がある。どうだ、行って見てみるか?」


 「是非お願いします」


 ムームーが食い気味に頼んだ。しかしカモン爺さんは自分で案内する気がないのか、ウミヒコとあーだこーだやり取りをした後、


 「そしたら、頼んだよ」


 と羽でバトンタッチした。パンダとしては、場所を教えてもらえるならば、誰でも構わない。


 鳥を見上げながらの移動は、なかなか骨が折れた。どうしても足元がお留守になる。

 途中、他の鳥にも遭遇した。ウミヒコの仲間らしき鳥の他に、プテラノドンを思わせるような翼で黒っぽい輪郭を持つ鳥や、トンビかタカのような鳥、腹の赤い青い鳥もいた。

 全員、パンダと同じように喋っていた。


 案内された先は、崖から少し内陸へ戻った場所にあった。

 カモン爺さんが言った通り、河岸にある。地形からして、長い年月の間に、蛇行する川が削り取った跡だろう。


 今や水は随分遠く、下の方をゆったりと流れている。草の生え方からしても、ここまで水が上がることは稀のようだ。流れの先は滝に続く。


 「ここみゃ。穴というより、凹みみゃ」


 「ありがとう。鳥族は、私たちがここに住んでも構わないんだね?」


 ムームーが尋ねると、ウミヒコは鳥らしく首を傾げた。


 「正式なところは知らんけど、カモン爺さんが教えたんだから、しばらく居たって誰も咎めないと思うみゃ」


 「風除けを作りたいんだけど、その辺にある石や木を使ってもいいのかな?」


 大輔は思わず口を挟んだ。ウミヒコは羽をばたつかせた。


 「みゃ、ホントに喋った。しかも、まとも。巣を壊さないよう気をつけてくれれば、大丈夫みゃ」


 そんなに驚くほど疑っていたのに、ここまで案内してくれるとは、カラーパンダに劣らず鳥も親切だ、と大輔は思った。

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