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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第五章 五倫十起の巻
32/50

ゴンゴン演武

 「もしかして、ゴンゴンの武術は、お母さんに教わったもの?」


 「うん、そうだよ。母さんには敵わないよ」


 道理で強い筈である。そうでもなければ、趣味に没頭する引きこもり気味のゴンゴンが、対パンダ戦に立ち向かえる訳ない。

 俺は、道中のあれやこれやを思い起こした。


 「へえ。面白いね。今度、うちの護衛と戦ってもらおう」


 ヒナが楽しそうに言う。


 「でも僕、戦うのは苦手です」


 「いやいやゴンゴン。ヌートリアどもとの交戦時には、活躍しとったやないか」


 「ホァンホァン師匠が仰るなら」


 ホァンホァンに褒められ、前向きになるゴンゴン。


 「ランランは、次代の王として期待されていたのだが、野に帰りたい、と言って辞退した。普通のメスとして生きてみたい、と」


 さりげなく、聞き捨てならない話をぶち込むヒナ。しかし俺以外の反応は鈍い。


 「シュアンシュアンには、少々気の毒やったかな」


 「お前も研究に邁進(まいしん)したい、と主張したからだろう。シュアンシュアンは、ああいう経緯で継いだ割には、よく治めているわ」


 「ええっと、じゃあ僕の父って、誰なのか、ご存知ですか?」


 新たに気になる話題を投下したゴンゴンに、ホァンホァンもヒナも首を捻った。


 「オサカにおったのは、いつまでやったかな」


 「おそらく、こちらにいる間は、妊娠していなかったのではないか」


 サカス宿で種付けツアーが盛況だったように、この世界で父親の存在は羽毛より軽そうだった。

 むしろ、気にするゴンゴンが珍しい。


 「お父さんの素性(すじょう)が気になる?」


 「ん〜。今ちょっと思いついただけ」


 ゴンゴンにして、その程度である。



 翌日は、俺の荷物を開陳(かいちん)した。

 スマホやイヤホン、急速充電器などを懐かしげに触るヒナ。脇でホァンホァンとゴンゴンも、(よだれ)を垂らさんばかりに見守っている。目から手が伸びたら掴むほどに。


 「残念ながら、電池切れだね。それでも分解せずに、このまま持っていた方がいいよ」


 ヒナはひとしきり検分した後、きっちり俺に返してくれた。

 ただ、教科書については、読んだことがないから、と言うので、貸し出すことになった。


 「記録以外に書物を作ろうとする者が、なかなかいないんだよね。紙が高いせいもあるけれど、フィクションに興味がないことが、根本にありそうだ」


 ヒナが活字に飢える気持ちは、俺にも理解できた。彼女なら、読み終えれば返してくれるだろう。


 「もう一冊、ホァンホァン師匠に貸出中です」


 「あ、終わったら返すさかい」


 ここぞと言いつけると、灰白パンダが慌てて言い訳した。さては、ネコババするつもりだったな。


 「では、ソウの手元に戻ったら、改めてそれを貸してもらおう。楽しみにしている」


 ヒナも、事情を察して圧力をかけた。人間同士の連帯といったところだ。


 昨日、散髪中に約束した地図は、ここで見せてもらった。和紙の上、大雑把(おおざっぱ)に、北海道と九州のない、日本列島みたいな形が描かれていた。

 四国は、中国地方にくっついている感じだ。


 「東北や日本海方面、九州の方までは私が足を運んでいない分、鳥情報のみで構成している。従って、正確さは担保できない。関東から太平洋沿いに畿内中心の地図、と考えてくれたらいい」


 「こんなに大きな和紙を作れるから、障子も張れるのですね」


 「ああ。今度見せよう。他にも、色々試してみた物がある」


 和紙を()くなど、日本人のヒナにとっては、大したことではないようだ。

 俺も小学生の時、牛乳パックで和紙作り体験をしたことがある。


 「東京湾、駿河湾、大阪湾と、軒並み埋め立てられていますね」


 俺は話を戻した。馴染みのある地名を使って話ができることが、嬉しい。


 「その通り。だがパンダたちは、埋め立てられたと思われる土地は基本的に使わず、更に内陸へ居住拠点を作っている。これは、私が介入する前からの動きだ」


 「介入」


 カラパン国の建国は、八十年ぐらいだと聞いたことがある。ヒナは、百年前からこの世界にいたとも。

 そして先代の王から、彼女は支えとして活動していた。


 「この百年、何をなさっていたのですか?」


 「それを一言で語るのは、無理というものだよ、ソウ」


 ヒナは笑ってみせた。確かに。そして、あまり楽しい話ではなさそうな感じがした。



 昼食後、ゴンゴンと一緒に、奥庭へ連れて行かれた。ホァンホァンは昼寝をするとかで、来なかった。


 初めて来る場所だ。ヒナの執務室から見える緑深き庭とは違い、一面に玉砂利が敷き詰めてある。所々に庭石を配置する辺りが、枯山水(かれさんすい)を思わせる。


 モノクロの背景を前に、黒白パンダが数体控えていた。ヒナが俺たちを振り返る。


 「一対一で順番に戦うのと、複数相手に一気に戦うのと、どっちがいい?」


 ゴンゴンの毛が逆立つ。


 「この方達、本職の護衛ですよね。僕が(かな)うわけない」


 人間の俺から見ても、強そうである。毛皮の下に、隆々とした筋肉が透けて見える。いや、着ぐるみではないのだが。


 「ほう。勝つ気でいたか。これは頼もしい」


 ヒナが無遠慮な声を出し、黒白パンダたちが反応した。ゴンゴンの毛皮の下では、血の気が引いてもおかしくない。


 「母さんにも勝てないのに」


 はああ〜っ、と長いため息をつくゴンゴン。辞めると言わないのは、立場上言えないからか。


 「重傷を負わせたりしませんよね? プロなんだから」


 俺は、密かにイキリたつ黒白パンダを牽制(けんせい)すべく、ヒナに大声で尋ねた。

 彼らに動揺が走ったのは、俺の喋るのを初めて見た者がいたかららしい。


 「そうだな。名人は加減を知る、というからな」


 ヒナの答えで、少しは冷静になれたら良いのだけれど。何となくの流れで、一度に全員とゴンゴンが対決することになった。

 三対一である。相手に目立つ優劣はない。


 「始め」


 ヒナが開始の合図を出した。ゴンゴンは軽く構えたまま、動かない。相手のパンダ達も動かない。

 しばらく、そのままで時間が過ぎた。


 「ふむ」


 ヒナが、そっと足元の玉砂利を一つ拾い、ぽーん、と四体が向き合う真ん中へ投げた。


 じゃじゃじゃじゃっ。


 石が落ち切る前、一斉にパンダ達が動いた。ゴンゴンの赤を、黒の三点が取り囲む。

 と思いきや、ゴンゴンは後ろへ引いていた。黒白団子は、一瞬でばらける。


 ゴンゴンが横へ飛ぶのを追って、三体が一時的に横長に展開した。端へ仕掛けるゴンゴン。一対一の組手となる。

 残る二体が背中へ回り込み、距離を縮める。流石(さすが)に本職の護衛。統制が取れている。


 「うっ」


 後ろから蹴りを入れる一体が、何故か仲間に入れてしまったらしい。

 ゴンゴンとやり合っていた、黒白パンダの体勢が崩れる。動揺する蹴り入れパンダの背後を素早く取り、転ばすゴンゴン。


 転がされた黒白は、仲間を巻き込んで倒れた。残る一体が、焦って襲いかかるのを受け流し、やはり後ろを取って押さえ込むゴンゴン。


 「そこまで」


 ヒナが手を挙げた。すぐさま立ち直って、ゴンゴンに襲い掛かろうとしていた二体が、ぴたりと止まる。

 ゴンゴンが手を離すと、押さえ込まれていた残りも立ち上がった。全員、ダメージはほとんど喰らっていないようだ。


 「うん。面白かった。休憩したら、持ち場へ戻って良い。ゴンゴンは、こちらへ」


 「はあはあ」


 ゴンゴンは息が上がっていて、喋るに喋れない。対して黒白パンダは、さほどでもない。

 実は、手加減してくれたのかもしれない。


 二人と一体で、ヒナの執務室へ戻る。ヒナが、引き出しから小箱を出してきた。


 「よく戦ったよ。強かった。これ、食べな」


 花の形をした、茶色い物が並んでいた。落雁(らくがん)に見えた。

 ゴンゴンの手では壊しそうだったので、俺がつまんで掌に載せてやった。


 知らぬ者には、砂の塊に見えなくもない。疑わしそうに口へ入れたゴンゴンは、カッと目を見開いた。


 「美味しい〜」


 俺も一つ貰って食べた。思った通り、落雁だった。日本にいたときは、どちらかというと好きではない菓子だったが、菓子が死語と化したこの世界で食べてみると、大豆の香ばしさと上品な甘味が口の中に広がる絶品だった。


 「ご自身で作られたのですか?」


 「そうなの。暇に飽かせてね」


 王の支えは、王の求めに応じて何でもするのが仕事で、現在は時折やってくる質問に答える程度なのだと言う。


 「王政も二代目に入って安定したし、シュアンシュアンは優秀だからね。私が出しゃばるまでもない」


 ヒナはキヨトに居を構え、有り余る時間を利用して、この世界で役に立ちそうな技術を知識から再現するべく、試行錯誤していた。


 「思いついた事を、片端からやってみている感じ。だって、パンダに服も武器もいらないでしょう? 求められた事だけしていたら、暇過ぎる」


 「そうですね」


 紙もガラスも金属もある。パンダが文芸に無関心なら、残る必須分野は、医療ぐらいか。

 俺は文系で、この地で役に立てそうもない。


 「私も医者じゃないからね。今のところ、感染症の流行もないし。本当、締め切りがないのは、ありがたいわ」


 俺の心を読み取ったように、ヒナが打ち明けた。


 「ヒナさんは、ここへ来てから病気に罹ったことがないのですか?」


 俺は、何気なく尋ねた。

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