理髪のヒナ
食後、王宮パンダの赤青コンビは、馬車ごとオサカへ帰された。
戻る時には、迎えに来てくれるそうだ。距離的には徒歩旅も可能だが、あのヌートリア強盗団が居座っている限り、馬車で手勢を増やした方が安全である。
最初に案内された部屋へ戻る。
「先ずは‥‥そうだな。理髪しようか。それとも、髭を伸ばしたままの方が、好きかな?」
「いえ、剃りたいです」
「よしよし。ああ、ホァンホァンとゴンゴンは昼寝していいよ。寝室を案内させようか」
「いえ。私はこのままで、ええですわ」
「あ、じゃ僕も」
ゴンゴンは眠たそうだったが、師匠に倣って留まった。しかしホァンホァンの方は、木の椅子に座ったまま、器用に寝始めた。遠慮がない。
王の支えは王宮パンダが帰った途端、重しが取れたように見えた。
足取り軽く長机に向かうと、引き出しから鋏と小型ナイフを取り出した。人間用の、普通の鋏である。
無造作に白衣のポケットへ、一つずつ突っ込む。
それから、何処かから麻袋みたいな物を取り出して、俺の側へ戻った。
「少々椅子の位置を動かすよ。床屋用ケープがないから、時間がかかる。何なら寝ていて構わない」
「切ってくださるのですか?」
「自分では切れないだろう」
パンダたちから離れた位置へ椅子を動かし、座り直して切ってもらう。
恐れ多い。というのは、王の支えよりも、年上の職業不明な女性に、初対面でいきなり頭を預けることにあった。
しかも、見える位置に鏡がなく、代わりに好奇の視線をぶつける赤白パンダと差し向かいである。
「美容師さんだったのですか?」
「いや。人の髪を切るのは初めてだ、と思う」
不安しかない。
「日本人だよね?」
「はい。ヒナ様も」
「ヒナさん、で頼む。ソウは幾つ?」
「十八です」
「若いなあ」
美容室で、話好きのスタッフに当たった雰囲気である。同じ方を向いている分、気を遣わず話せそうだ。しかも、鏡越しに目の合う心配も不要だった。
ヒナは、俺の伸びた髪を掴んで鋏を入れては、切り落とした分を袋へ落としていく。
なるほど時間がかかりそうだ。ただ切るだけだと、床へ散らばらずとも俺の毛皮と絡まり、いずれにしても洗濯や掃除に手間がかかる。
「東京から来たんだってね。私もだ」
「そうですか」
ヒナに問われるまま答えると、多分俺と彼女は同じ世界から来たらしい。
つまり、同じ日本でも、過去の歴史が大幅に違っているような並行世界ではない、ということだ。
互いに驚いたことには、ヒナがこの世界に来てから百年ほど経っているのに、元の世界からは、俺の十年ほど前に彼女が消えた計算になることだった。
「ええと。そうなると、俺とヒナさんは百二十七歳差ですか?」
「何でそうなる」
全部足したからだ。元々俺より十七歳年上で、十年前に消えて、百年過ごした。
「数え方、おかしいでしょう。公平に見て、百七歳違いだ。正確には百九歳違い。当時私は二十七歳だったから。ただし、見ての通り、ここへ来てから私は歳を取っていない。せいぜい、九歳上と思って欲しいね」
「でも、百年の経験を持っていますよね」
「確かに」
「この世界って、俺たちのいた日本と、どういう関係なんでしょう?」
やっと、疑問をぶつけられる相手に会えた。前提を共有していないと、質問もできない。
何がわからないかわからないほど、わからないことが多すぎて、流されるままに辿り着いた先ではあったが、最善の道を選んだようだ。
ハコ村でゴンゴンに拾われてから、ここまで長い旅をした甲斐があった。自分で自分を褒めてやりたい。
「簡単に言えば、未来に当たるのだろうが、単純に同じ時系列上にあるとは限らない」
ヒナの答えは、俺の想像と大体同じだった。
「まず、地面を掘ると過去の遺物らしき物が出土するが、遺体はもとより、骨や化石は出てこない。人間に限らず、犬猫鳥といった動物も見当たらない。人工的な構造物だけは見つかるのにも関わらず、だ」
「不思議ですね」
「それに、そもそもの地形だな」
ヒナは一旦手を止めた。頭が大分軽くなったことに気付く。これから暖かくなるならば、いっそのこと坊主にしてもらった方が、俺としては楽だ。
だが、バリカンなしで坊主にするのは、それこそ素人には難易度が高い。
「後で地図を見せるが、堆積の分布に恣意的なものを感じる」
「ヒナさんは、学者だったんですか?」
段々大学の講義を聞いているような気分になってきたので、尋ねてみた。ヒナは散髪を再開する。
「博士課程の院生だった。ソウは?」
「学部生です」
そこで互いに大学名と専攻を教え合う。大学も専攻も違うが、同じ都内に通学していたことがわかった。
ヒナは、俺と違って理系だった。それで白衣か、と何となく納得。
「話を元へ戻そう。ここら辺りは、私たちが知っている日本列島に、土が堆積したような状態にある。自然に堆積したなら、一万年以上は経っていると思われる。髭を切るぞ。ある程度、短くしてから剃る」
「わかりました」
しばらく喋れない。ヒナが前へ回り込む。
「もちろん、自然の状態でも、断層の活動や元々の地形のせいで、流出したり崩落したり、といった偏りは生じる。だが、ここの場合、私が見た限り、何というか」
とここで、言葉を切る。合いの手を挟みたいところだが、口元で鋏が活動中だ。迂闊に動けない。
昔読んだ、ホラー漫画を思い出す。暑さのせいで床屋が発狂して、ちょうど髭剃り中のお客が犠牲になる話だ。 今の季節が、春先で良かった。
「日本列島が平らになるよう、土を盛ったように感じた」
砂場遊びをする、子供のイメージ映像が浮かぶ。スコップで、ホールケーキ状に砂を固める子供。
「言語を操れる種族が人間以外の哺乳類であるのは、進化の偶然の範囲内と仮定しても、かつて人間が家畜化していた牛豚鶏の類が話せない点に、作為を感じる」
俺は相変わらず喋れない。鋏の冷たさがわかるほどに、髭が短く刈られていく。
「地図については、私の地上からの測量と鳥族の協力で再現したもので、私が直接上空から観察した訳ではない。気球でも飛ばしたかったのだが、危険だからと王宮に却下されてね」
知性のある鳥に襲われるからか、落下の危険性があるからか、やはり聞けない。
なおもしばらく鋏を使われた後で、手が離れた。
「鋏で切れるのは、こんなところか。カミソリがなくて、これになるが、自分で剃ってみる? 鏡なら、ある」
示されたのは、肥後守ぐらいの大きさのナイフだった。持たせてもらい、刃を確かめる。
意外と鋭い刃だった。
「石鹸みたいな物は、ありますか?」
「おお、あるある。ちょっと待っていて」
ヒナは部屋を出て行った。ホァンホァンは、まだ寝ている。
この間、やけに静かだったゴンゴンを見ると、椅子から少しずつずり落ちたようで、床の上へ座り込むようにして、やはり寝ていた。
「うわあ、若いねえ。本当に十八だったな」
無事に髭剃りを終え、濡らした羊毛製タオルで顔を拭かせてもらうと、ヒナが感嘆の声を上げた。
鏡は銅を磨いた物で、そこに映る自分は、記憶にあるより随分痩せていた。むしろ老けた気もする。
すっかり短くなった髪は、予想より綺麗に仕上がっていて、何ならスーツを着ても前の世界で違和感なく過ごせそうだった。
「綺麗に仕上げてくださって、ありがとうございます。さっぱりしました」
「じゃ、次は風呂だね。寝室にも案内しないと。おおい、ホァンホァン、起きよ。ゴンゴンも」
「ふあ。僕、寝てた?」
ゴンゴンが飛び起きた。ホァンホァンの様子を窺う。師匠の方は、徐に腕を伸ばして目を開けた。
「おや。ソウはそんな顔をしとったのか。ヒナ様と似とるな」
俺がパンダの雌雄を外見で区別できないように、パンダも人間の顔から雌雄を区別できないらしい。特に髭がないとなると。
「久しぶりに、顔を見た」
ゴンゴンも俺の変貌に気付いた。彼は、髭なしの俺を覚えていた。
ヒナが呼んだ黒白パンダの案内で、風呂場へ行った。源泉掛け流しタイプの大浴場だ。
しかも嬉しいことに、シャワーが付いていた。ヘッドが桶に穴を開けた物で、手作り感満載だが、レバーも付いている。
最初の湯が出てくるまでに時間がかかるけれども、シャワーには違いない。
そして、石鹸とシャンプーらしき物まで用意されていた。
シャンプーは舐めてみて、塩と蜂蜜とハーブを使っている、と推測した。
ゴンゴンが舐めていたので真似たのだが、彼は結構な量を飲んでいた。大丈夫だろうか。
浴後はタオルと、俺用に浴衣と、上に羽織る物まで置いてあった。羽織は綿入りらしく厚い。
その後、寝室まで案内された。俺とゴンゴンは同室だ。
ベッドルームだが、火鉢が置いてある。壁に作りつけた鍵のかかる金庫まであって、風情のあるホテルみたいだった。
夕食も、食堂へ会して食べた。供されたのは、大体同じ品である。今度は栗の代わりに、黒豆を甘く煮たものが出た。
食べ終えると、最初に案内された部屋へ行く。ヒナの執務室兼応接室らしかった。
基本的に表に出ないので、客を迎える造りになっていないとか。
俺たちの寝室は、会うことが決まってから用意したという。
「ゴンゴンが来ることは、直前に聞いた。間に合わせに、ソウと同室にさせてもらった。明日にも別室を用意しよう」
「僕は同じ部屋でもいいよ」
「俺は一緒で大丈夫です」
俺たちは同時に返事をした。ヒナは、意外そうな表情を見せた。
「じゃあ、そのままにしておく。ランランはハコ村で、どんな生活をしている?」
今度は、ゴンゴンに質問が飛ぶ。
「ニンジンとか、農作物を栽培して自活しています」
「他には?」
「たまに、竹持って街へ降りて行ってたけど、商売の他に何かしてたかどうかは、僕わからないです」
「兄弟はいるの?」
「パンパンという妹がいます。十六になります」
「妹は何をして生活しているの?」
「母の手伝いです」
「そうか」
話が途切れる。誰も聞かないので、俺が質問する。
「あの、ゴンゴンのお母さんは昔、どんな仕事をしていたのですか?」
「先代王の側近だな。護衛も兼ねていた」
護衛と聞いて、思い当たった。




