気になるジェネレーション
オサカとキヨトの間は山もなく、平坦な道で繋がっている。道はきちんと整備されて、幅も十分にある。
その割には、徒歩の旅人を見かけない。代わりに馬車や牛車、ロバ車山羊車、と皆が車で移動している。
これもまた、車社会である。ヌートリア強盗団の出没も、一役買っているのだろう。
その影響か、店が一向現れない。道の両脇も、草木が生えっぱなしだ。畑や果樹園のように、手入れされた土地が見当たらない。
「キヨトの名物って、なんだろうね〜」
ヌートリア相手に暴れ、気分の晴れたゴンゴンも、退屈な景色が続いて段々暗くなる。
それで、唐突に現れた石の壁を見ても、すぐには理解できなかった。
馬車の木格子から覗き見る限り、視界の端まで続く、長大な建造物である。
近付くにつれ、手前に幅広い堀があって水で満たされていること、その手前の道を黒白パンダが巡回していることがわかった。
石の壁は、天然石を上手く組み合わせ隙間なく積み上げたものだ。日本の城にある石垣と同様である。
段々道が混んできたらしい。馬の歩みが遅くなった。
「中を改める」
予想通り、壁の向こう側へ行くためには、検問所を通らねばならなかった。
後ろの扉が開けられて、黒白パンダが石板を見ながら員数を確認した。後ろに別の馬車が並んでいるのが、ちらりと見えた。
壁を通り抜けると、畑があった。種まきの時期らしく、黒土の畝に沿って、黄白パンダや緑白パンダが手に持った袋から何かを掴み出し、振り撒いていた。
畝を作った意味、あるのだろうか。
畑を過ぎると、木々の間を走った。種類や高さが揃っているところから、果樹園と見た。
間に建つ木造平屋の家が、少しずつ増えていく。
壁の内側には、川も流れていた。石造りの頑丈な橋を渡ると、急に家が密集して現れた。
「やっと、街に着いた」
ゴンゴンが俺を押し退けるようにして格子に張り付く。めげずに俺も、端から覗く。
京都を思わせる街並みだった。平屋の木造建築が延々並んでいるから、ではない。看板が地味に統一されていた。
オサカのように、目を惹く宣伝文句や、他の店との差別化で、色合いや大きさを変えた看板は、ここにはない。
建物と共に、歩き回るカラーパンダの姿も増えた。生きて動く赤、黄、青の彩りが、地味な建築物を背景にして、殊更鮮やかに美しく見えた。
「名物が読めないや」
馬車の速度から見慣れぬ地味看板を読み取れず、ゴンゴンが不満を漏らす。読めたとしても、途中下車はできないだろう。
街路は他の街と同様、碁盤の目状である。馬車は道を真っ直ぐに進む。
そして再び停車。しかし、到着したのではなかった。
「ホァンホァン師、灰。ペンペン、青。タンタンとゴンゴン、赤。どちらがタンタン? はい、よろし。人間、オス」
黒白パンダが石板の文字と俺たちを見比べつつ、乗客を確認する。そして、誰かが御者席に乗った。
格子窓からは、インカのマチュピチュみたいな石垣、つまり四角く削って面同士ぴったり合わせたような、石の壁が見えた。街の外側のものより、手が込んでいる。
二つ目の門をくぐると、建物がぐんと減った。またも畑から始まっている。ただ規模は小さく、出歩くパンダは皆黒白だった。
御者席から、あの道を行けだの、曲がれだのと指示する声が聞こえる。門にいた黒白パンダが、道案内に同行しているようだ。馬は黙々と従う。
建物の数が増えてきた。先ほど通った街中よりも、一軒一軒が広く、敷地にもゆとりがある。そして看板はない。
三度馬車が止まった。後ろの扉が開かれる。
「降りとくんなし」
馬車を降りると、御者席にはまだ黒白パンダが乗っていて、そのまま馬車を連れ去った。
俺たちは、馬車の扉を開けたのとは別の黒白パンダに案内された。
王の支えの住まいは、木造平屋だった。石造り二階建ての王宮を先に見ていたので、意外に感じた。
ただ木造と言っても、柱は漆のように黒光りする塗料で覆われ、壁は白漆喰で綺麗に塗り固められていた。それに、屋根が釉薬のかかった瓦様の焼き物で葺かれていた。
石段を上り、両開きの扉を開けて建物に入る。外観は日本家屋だったが、上り框はなく、花崗岩らしい磨かれた石床の上を、土足でそのまま進む。
パンダが靴を履かないから、靴脱ぎ場を作る意味がないのだ。当然、板敷どころか、畳もない。
石の床は、今の季節ではまだ足に冷たい。皮靴を通して、冷気が体に上ってくる。屋根に日光を遮られているせいもある。
窓が大きくとってあることに加え、窓にガラスを用いていた。屋内は、思ったより明るい。
そして、内側に障子もついている。王の支えは、日本文化に詳しい人物のようだ。部屋の間仕切りが襖でなく木製なのも、製紙技術の問題だろう。
王宮と違って、屋内に黒白パンダの姿が見当たらない。案内役のパンダだけである。
パンダに限らず、生き物の気配が薄い。建物の手入れ具合で、空き家ではないことがわかる程度だ。
勝手に引き戸を開けては進んでいたパンダが、立ち止まってノックした。
「ヒナ様。ホァンホァン師と人間が到着しました。王宮の護衛も一緒です」
「お入り」
予想より若い女の声が応じた。誰だろう、と考える間もなく、黒白パンダが戸を開けた。
女がいた。白衣のような服を羽織っている。人間だ。年上かもしれないが、こうもパンダばかりの世界なら同年代で括ってしまっていいぐらい、俺に近い年齢に見えた。
王宮では対面の前に控え室へ通されたが、人間のレア度を考えると、どうも目の前にいる女が『王の支え』らしかった。
ヒナ、と呼ばれていた。本名なのだろうか。
「よくいらした。お座りなさい。お前は、下がって良い」
黒白パンダは一礼して去った。俺たちは、目の前にばらばらと置いてある木製の椅子へ、めいめい腰掛けた。
その部屋は広く、大きな窓のついた側には、雑多な植物の茂る庭へ出られるように、扉も付いていた。
ここの窓には、障子の代わりに、ロールスクリーンタイプの布が上に巻き上がっているのが見えた。
また壁の一面が造り付けの棚で、紙製と思しき書物がぎっしり詰まっていた。棚の前には細長い机があり、フラスコや試験管やビーカーに見えるガラス器が並ぶ。机の上にも、紙の束が積んであった。
「さて、ホァンホァン。彼が例の人間ね?」
女は机にもたれるようにして立ったまま、こちらに尋ねた。
「はい。『支え』殿。ここにおりますのが、湧いた人間です。ソウと名乗るオスです」
俺は黙礼した。王の支えは、俺を頭のてっぺんから足の先まで一瞥した。
「ヒナと呼んで良い。ソウ、お前にも許す」
他のパンダたちには、許されなかった。ゴンゴンはどうしているかと横目で見ると、しきりに鼻をうごめかしていた。
ガラス器の中身が、食べ物かと思っている様子だった。
「ありがとうございます」
ホァンホァンが礼を言う。俺は黙っていた。
ヒナの見た目は若かったが、言動は完全に年長者だった。
カラパン国の建国を支えたから、王の支えと呼ばれるようになったのだ。今の王は二代目、と聞いた記憶がある。
すると、ホァンホァンより立場は上だろう。それにしても、建国何年だっただろうか。
ん、八十だったかな? まさか。
ぐうううぅ。
腹の鳴る音が響いた。見るまでもなく、ゴンゴンだ。
「そうか。昼餉の時間ね。私自身、食事を取らないことが多くて、うっかりしていた。今準備させよう」
部屋の隅にある紐を引くと、どこかで鈴の音がした。
次にヒナは、隣にあったラッパのような金属管に口を寄せ、食事の用意を命じていた。潜水艦とかに付いている、伝声管だ。
「既に準備が整っていた。案内しよう」
話し終えた後、今度は耳を金属管につけていたヒナが、先に立った。
近くで見ると、白衣と見えたものは、編み目の細かいニット製品だった。その下に着込んでいる服も、毛織りである。
靴は布製のようだ。久々に、まともな服を見た。
廊下を通って案内された先には、言葉通り、広いテーブルの上に、人数分の食事が並んでいた。
山盛りみかん、お茶、干魚の他に、殻を剥いて茹でたと思しき栗が添えてある。お茶は陶器の湯呑み入りだ。
「うわあ、美味しそう。いただきます〜」
早速、珍しい物から手をつけるゴンゴン。俺も食われる前に、手を出した。
蜂蜜で煮てあった。甘くて美味い。
ふと見ると、王の支えの前には、お茶とみかん少々だけが置いてある。
ヒナはお茶だけ飲みながら、俺の食べっぷりを観察していた。目が合う。
「栗、美味しいです」
黙って目を逸らすと失礼な気がして、無難な感想を述べた。
「それは良かった。人間と話すのは、百年ぶりぐらいになる。遠慮なく食べて、遠慮なく話しなさい」
ヒナは微笑んだ。俺が人間と話すのは、半年ぶりぐらいになる。なかなか綺麗な顔立ちだった。長い髪も手を入れているようで、艶がある。
俺は、自分の服装と髭面を思い出し、急に恥ずかしくなった。
「ソウは、しばらくここへ滞在させる。ホァンホァン以外は、ひとまず帰ってもらいましょう」
「ヒナ様、こっちの赤いのは、ランランの息子のゴンゴンです。彼がソウを見つけて、オサカまで連れてきたさかい、一緒に残してもろても、ええでっしゃろか?」
ホァンホァンが口を挟んだ。
「ほう、そんなに立派な息子が育ったの。幾つになる?」
「ン、ゲホ。二十五歳です」
話の展開の速さに、飲み下すのが間に合わず、ゴンゴンは咽せながら言葉を押し出した。
王の支えが母親を知る驚きも、あったかもしれない。
「では、私がここへ来た時とほぼ同じ年齢ね。良かろう。残りなさい」
俺は腹八分目になって、食事を止めた。
先ほどから百年ぶりとか、二十五歳とか、時間が錯綜して理解が追いつかない。
後で説明してもらえると良いが。
聞きたいことはたくさんあるのに、ゴンゴン相手のように、気楽に話しかけられる気がしない。同じ人間なのに。
同じなのか?
俺が残した分は、いつものようにゴンゴンが全部平らげた。




