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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第五章 五倫十起の巻
30/50

気になるジェネレーション

 オサカとキヨトの間は山もなく、平坦な道で繋がっている。道はきちんと整備されて、幅も十分にある。

 その割には、徒歩の旅人を見かけない。代わりに馬車や牛車、ロバ車山羊車、と皆が車で移動している。


 これもまた、車社会である。ヌートリア強盗団の出没も、一役買っているのだろう。

 その影響か、店が一向現れない。道の両脇も、草木が生えっぱなしだ。畑や果樹園のように、手入れされた土地が見当たらない。


 「キヨトの名物って、なんだろうね〜」


 ヌートリア相手に暴れ、気分の晴れたゴンゴンも、退屈な景色が続いて段々暗くなる。

 それで、唐突に現れた石の壁を見ても、すぐには理解できなかった。


 馬車の木格子から覗き見る限り、視界の端まで続く、長大な建造物である。

 近付くにつれ、手前に幅広い堀があって水で満たされていること、その手前の道を黒白パンダが巡回していることがわかった。


 石の壁は、天然石を上手く組み合わせ隙間なく積み上げたものだ。日本の城にある石垣と同様である。

 段々道が混んできたらしい。馬の歩みが遅くなった。


 「中を改める」


 予想通り、壁の向こう側へ行くためには、検問所を通らねばならなかった。

 後ろの扉が開けられて、黒白パンダが石板を見ながら員数を確認した。後ろに別の馬車が並んでいるのが、ちらりと見えた。



 壁を通り抜けると、畑があった。種まきの時期らしく、黒土の(うね)に沿って、黄白パンダや緑白パンダが手に持った袋から何かを掴み出し、振り撒いていた。

 畝を作った意味、あるのだろうか。


 畑を過ぎると、木々の間を走った。種類や高さが揃っているところから、果樹園と見た。

 間に建つ木造平屋の家が、少しずつ増えていく。


 壁の内側には、川も流れていた。石造りの頑丈な橋を渡ると、急に家が密集して現れた。


 「やっと、街に着いた」


 ゴンゴンが俺を押し退けるようにして格子に張り付く。めげずに俺も、端から覗く。


 京都を思わせる街並みだった。平屋の木造建築が延々並んでいるから、ではない。看板が地味に統一されていた。

 オサカのように、目を惹く宣伝文句や、他の店との差別化で、色合いや大きさを変えた看板は、ここにはない。


 建物と共に、歩き回るカラーパンダの姿も増えた。生きて動く赤、黄、青の彩りが、地味な建築物を背景にして、殊更(ことさら)鮮やかに美しく見えた。


 「名物が読めないや」


 馬車の速度から見慣れぬ地味看板を読み取れず、ゴンゴンが不満を漏らす。読めたとしても、途中下車はできないだろう。

 街路は他の街と同様、碁盤(ごばん)の目状である。馬車は道を真っ直ぐに進む。

 そして再び停車。しかし、到着したのではなかった。


 「ホァンホァン師、灰。ペンペン、青。タンタンとゴンゴン、赤。どちらがタンタン? はい、よろし。人間、オス」


 黒白パンダが石板の文字と俺たちを見比べつつ、乗客を確認する。そして、誰かが御者席に乗った。

 格子窓からは、インカのマチュピチュみたいな石垣、つまり四角く削って面同士ぴったり合わせたような、石の壁が見えた。街の外側のものより、手が込んでいる。


 二つ目の門をくぐると、建物がぐんと減った。またも畑から始まっている。ただ規模は小さく、出歩くパンダは皆黒白だった。


 御者席から、あの道を行けだの、曲がれだのと指示する声が聞こえる。門にいた黒白パンダが、道案内に同行しているようだ。馬は黙々と従う。


 建物の数が増えてきた。先ほど通った街中よりも、一軒一軒が広く、敷地にもゆとりがある。そして看板はない。

 三度馬車が止まった。後ろの扉が開かれる。


 「降りとくんなし」


 馬車を降りると、御者席にはまだ黒白パンダが乗っていて、そのまま馬車を連れ去った。

 俺たちは、馬車の扉を開けたのとは別の黒白パンダに案内された。



 王の支えの住まいは、木造平屋だった。石造り二階建ての王宮を先に見ていたので、意外に感じた。

 ただ木造と言っても、柱は漆のように黒光りする塗料で覆われ、壁は白漆喰(しっくい)で綺麗に塗り固められていた。それに、屋根が釉薬(ゆうやく)のかかった瓦様の焼き物で()かれていた。


 石段を上り、両開きの扉を開けて建物に入る。外観は日本家屋だったが、上り(かまち)はなく、花崗岩(かこうがん)らしい磨かれた石床の上を、土足でそのまま進む。

 パンダが靴を履かないから、靴脱ぎ場を作る意味がないのだ。当然、板敷どころか、畳もない。


 石の床は、今の季節ではまだ足に冷たい。()靴を通して、冷気が体に上ってくる。屋根に日光を(さえぎ)られているせいもある。


 窓が大きくとってあることに加え、窓にガラスを用いていた。屋内は、思ったより明るい。

 そして、内側に障子もついている。王の支えは、日本文化に詳しい人物のようだ。部屋の間仕切りが(ふすま)でなく木製なのも、製紙技術の問題だろう。


 王宮と違って、屋内に黒白パンダの姿が見当たらない。案内役のパンダだけである。

 パンダに限らず、生き物の気配が薄い。建物の手入れ具合で、空き家ではないことがわかる程度だ。

 勝手に引き戸を開けては進んでいたパンダが、立ち止まってノックした。


 「ヒナ様。ホァンホァン師と人間が到着しました。王宮の護衛も一緒です」


 「お入り」


 予想より若い女の声が応じた。誰だろう、と考える間もなく、黒白パンダが戸を開けた。



 女がいた。白衣のような服を羽織っている。人間だ。年上かもしれないが、こうもパンダばかりの世界なら同年代で(くく)ってしまっていいぐらい、俺に近い年齢に見えた。


 王宮では対面の前に控え室へ通されたが、人間のレア度を考えると、どうも目の前にいる女が『王の支え』らしかった。

 ヒナ、と呼ばれていた。本名なのだろうか。


 「よくいらした。お座りなさい。お前は、下がって良い」


 黒白パンダは一礼して去った。俺たちは、目の前にばらばらと置いてある木製の椅子へ、めいめい腰掛けた。


 その部屋は広く、大きな窓のついた側には、雑多な植物の茂る庭へ出られるように、扉も付いていた。

 ここの窓には、障子の代わりに、ロールスクリーンタイプの布が上に巻き上がっているのが見えた。


 また壁の一面が造り付けの棚で、紙製と思しき書物がぎっしり詰まっていた。棚の前には細長い机があり、フラスコや試験管やビーカーに見えるガラス器が並ぶ。机の上にも、紙の束が積んであった。


 「さて、ホァンホァン。彼が例の人間ね?」


 女は机にもたれるようにして立ったまま、こちらに尋ねた。


 「はい。『支え』殿。ここにおりますのが、湧いた人間です。ソウと名乗るオスです」


 俺は黙礼した。王の支えは、俺を頭のてっぺんから足の先まで一瞥(いちべつ)した。


 「ヒナと呼んで良い。ソウ、お前にも許す」


 他のパンダたちには、許されなかった。ゴンゴンはどうしているかと横目で見ると、しきりに鼻をうごめかしていた。

 ガラス器の中身が、食べ物かと思っている様子だった。


 「ありがとうございます」


 ホァンホァンが礼を言う。俺は黙っていた。

 ヒナの見た目は若かったが、言動は完全に年長者だった。


 カラパン国の建国を支えたから、王の支えと呼ばれるようになったのだ。今の王は二代目、と聞いた記憶がある。

 すると、ホァンホァンより立場は上だろう。それにしても、建国何年だっただろうか。


 ん、八十だったかな? まさか。

 ぐうううぅ。


 腹の鳴る音が響いた。見るまでもなく、ゴンゴンだ。


 「そうか。昼餉(ひるげ)の時間ね。私自身、食事を取らないことが多くて、うっかりしていた。今準備させよう」


 部屋の隅にある紐を引くと、どこかで鈴の音がした。

 次にヒナは、隣にあったラッパのような金属管に口を寄せ、食事の用意を命じていた。潜水艦とかに付いている、伝声管だ。


 「既に準備が整っていた。案内しよう」


 話し終えた後、今度は耳を金属管につけていたヒナが、先に立った。

 近くで見ると、白衣と見えたものは、編み目の細かいニット製品だった。その下に着込んでいる服も、毛織りである。

 靴は布製のようだ。久々に、まともな服を見た。


 廊下を通って案内された先には、言葉通り、広いテーブルの上に、人数分の食事が並んでいた。

 山盛りみかん、お茶、干魚の他に、殻を剥いて茹でたと思しき栗が添えてある。お茶は陶器の湯呑み入りだ。


 「うわあ、美味しそう。いただきます〜」


 早速、珍しい物から手をつけるゴンゴン。俺も食われる前に、手を出した。

 蜂蜜で煮てあった。甘くて美味い。


 ふと見ると、王の支えの前には、お茶とみかん少々だけが置いてある。

 ヒナはお茶だけ飲みながら、俺の食べっぷりを観察していた。目が合う。


 「栗、美味しいです」


 黙って目を逸らすと失礼な気がして、無難な感想を述べた。


 「それは良かった。人間と話すのは、百年ぶりぐらいになる。遠慮なく食べて、遠慮なく話しなさい」


 ヒナは微笑んだ。俺が人間と話すのは、半年ぶりぐらいになる。なかなか綺麗な顔立ちだった。長い髪も手を入れているようで、艶がある。

 俺は、自分の服装と髭面(ひげづら)を思い出し、急に恥ずかしくなった。


 「ソウは、しばらくここへ滞在させる。ホァンホァン以外は、ひとまず帰ってもらいましょう」


 「ヒナ様、こっちの赤いのは、ランランの息子のゴンゴンです。彼がソウを見つけて、オサカまで連れてきたさかい、一緒に残してもろても、ええでっしゃろか?」


 ホァンホァンが口を挟んだ。


 「ほう、そんなに立派な息子が育ったの。幾つになる?」


 「ン、ゲホ。二十五歳です」


 話の展開の速さに、飲み下すのが間に合わず、ゴンゴンは()せながら言葉を押し出した。

 王の支えが母親を知る驚きも、あったかもしれない。


 「では、私がここへ来た時とほぼ同じ年齢ね。良かろう。残りなさい」


 俺は腹八分目になって、食事を止めた。

 先ほどから百年ぶりとか、二十五歳とか、時間が錯綜(さくそう)して理解が追いつかない。

 後で説明してもらえると良いが。


 聞きたいことはたくさんあるのに、ゴンゴン相手のように、気楽に話しかけられる気がしない。同じ人間なのに。

 同じなのか?


 俺が残した分は、いつものようにゴンゴンが全部平らげた。

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