メス天下
王冠も笏もマントもつけていない。生のままのパンダである。
左右にそれぞれ、黒白パンダを数体従えている。やはり衣服など区別する品が見えないため、位階や役職などはわからない。
つまり、大臣なのか護衛なのか、王子王女の類なのかも見分けがつかないのだった。俺としては、声で判別するしかない。
「ホァンホァン。そこにおるのが、湧いた人間か」
王もまた雌だった。
声からして年寄りではないが、俺よりずっと年上だ。
「はい」
ホァンホァンが即答する。一緒に暮らせば、野生の人間と異なることは、すぐにバレる。スルグで野生の人間に襲われかかった俺も、湧いた人間との違いは理解していた。
「我と話せるか?」
王が尋ねた相手は、ホァンホァンだ。レンレンもゴンゴンも俺も、貝のように口を閉ざしている。
灰白パンダは、俺に問いかけるような視線を投げた。俺は軽く頷いたものの、急に緊張が込み上げてきた。
「お試しを」
ホァンホァンの言葉を受けて、桃白パンダが俺を見た。目が合った。
背景に玉座を背負った王に見下ろされると、正直、気圧される。
自己紹介すべきなのか、話しかけられるのを待つべきなのか、迷う。そういう礼儀は、先に教えておいて欲しかった。
「そこの人間。我らの言葉を解し、話せるならば、名前を言ってみよ」
俺は、一礼した。
「ソウと申します。お初にお目にかかります」
おお、と声にならない声が、部屋中から上がった。王の側に控える黒白パンダたちが発した驚きだった。
部屋の後ろにも何体か立っているようだ。
肝心の王は、目立った反応を見せなかった。珍しくもない、といった態度とも受け取れる。
「確かに、湧いた人間だ。立て」
俺は、言われた通りにした。王は上から下まで着ぐるみの俺を観察した。
「オスか?」
「はい。そうです」
どこを見て判断したのだろう。髭か?
「どこから来た?」
「日本国から参りました」
「日本の、どこだ?」
「東京です」
「トーキョー」
王は、英語が母語のような発音で、おうむ返しに言う。
そこでまた、ホァンホァンを見た。
「この人間が最初に発見されたのは、スルグと聞いている」
「はい。左様にございます」
俺は心のうちで、留守番のピンピンに『良かったな』と語りかけた。ここで発見地としてスルグの名前が出れば、とりあえず彼女の任務は成功と考えていい。
「弟子のレンレンの隣にいるのは、ランランの息子か?」
唐突に、ゴンゴンの母親の名前が出てきて、ゴンゴンも俺も、びっくりして王に顔を向けた。左右に立ち並ぶ黒白パンダが、何やら身構えた。
「仰せの通りにございます」
すかさずホァンホァンが返答した。それで、俺たちが勝手に身動きした非礼は見逃されたようだ。
「ゴンゴン。直答を許す。ランランは息災か?」
「はい」
何故王が母親について尋ねるのか、俺でさえ気になる。ゴンゴンだって気になる筈。王の質問は続く。
「ソウの発見者はお前と聞いた。どこで見つけた?」
「スルグ山中です」
ゴンゴンは、普通に答えた。珍しく黙っているから、緊張しているのかと思った。厨二病みたいなゴンゴンも、一応礼儀を弁える大人だった。
そういえば、初対面で二十五歳と言っていた。俺より年上だ。
王の視線が俺に戻った。
「ふむ。では、ソウ。お前は湧いた後、ゴンゴンに発見されるまでの間、どれだけの距離を移動した?」
おや、と思った。この国にも、東京という地名が存在するのか。それとも、俺が生まれ育った日本について、何らかの知識を持っているのか。
「十歩程度と思います」
とりあえず記憶を辿って、質問に答えた。
「十歩」
王は俺の答えを繰り返した後、手振りで座るよう示した。俺は跪いた。
「ホァンホァン。ソウを、『支え』に引き合わせる。日程は、こちらから知らせる。それまで、引き続き彼を手元で保護せよ」
「承知いたしました」
どきりとした。王の支えと呼ばれる存在は、湧いた人間と聞いている。俺と同じ世界から来たかもしれない。
少なくとも、まともに元の世界の話ができる人間の筈。
その人に会ったら、聞きたいことが沢山ある。それより前に、話の通じる相手と、何でもいいから会話をしたい。
興奮して色々な考えが頭の中を巡っているうちに、謁見は終了した。
「王様って、いつもあんな喋り方するのかな〜。母さんのことを、知っていたみたいな言い方だった」
帰りの馬車に揺られながら、ゴンゴンが言う。
「知り合いやってん」
応じたのは、ホァンホァンだった。
「シュアン王は昔、ランランさんの部下やった。その頃は、シュアンシュアンちう名前やったな」
「部下! 御師、そん話初めてや」
レンレンが突っ込む。
「そら、昔のことやさかい、当たり前や」
ホァンホァンが流す。彼も昔、ランランと働いていた、とか言っていた。互いに知り合いだったのか。
ゴンゴンの母親が、息子のオサカ行きを止めなかった理由の一端が見えた。
王が元部下って、就職には最強のコネじゃないか。見ず知らずの湧いた人間である俺に、道連れを託したのも、勝算あってのことだった。俺としても、最高レベルの権力から保護を受けられることは、ありがたい。
残る課題は、ゴンゴンではない種付けオスをハコ村へ連れ帰ること。こちらの方は、俺が当分ハコ村へ戻れそうになく、実現が遠のいている。そもそも、オスが見つからない。
俺は外見でパンダの雌雄を区別できない。パンダに限らず、鳥や熊でも見分けがつかない。
パンダの雌雄を区別できない上に、判明したところで、多くはメスだった。
シュアン王からしてメスである。居候させてもらっているホァンホァン師匠もメスだし、普段接しているレンレン、ノンノンを筆頭とする弟子たちも、皆メスだった。
思い返してみれば、スルグ県令シンシンも、ホコヤ県令テンテンも、メスだった。
むしろ、スルグの方が、オスの数が多かったのではないか。たまに知り合うオスは、大概メスの下でこき使われていて、彼らの意思だけで居処を変えるのは難しそうだった。
道中、サカスで種付けツアーなるものが繁盛していた事情が、ようやく飲み込めた。
この世界のパンダは、メスが圧倒的に多いのだ。ならば、希少なオスがもっと丁重に扱われても良さそうな気もするが、実際には、下働きなどでこき使われている。
ゴンゴンも今は一番下の弟子として働かされてはいるものの、他で見てきたよりは随分待遇が良い方だ。
彼のような扱われ方は、例外である。母親のランランがシュアン王の元上司だったことと関係があるのかもしれない。どこの世界も、コネは大事と見える。
ホァンホァンの邸に居候しているうちに、寒さが緩んできた。庭木で枝ばかり寒々と立っていたものも、気付けば鮮やかな緑の芽が顔を出している。
俺は弟子たちと一緒に家事を手伝ったり、レンレンやノンノンに連れられて、オサカの街へ買い物に出たりして過ごしていた。
オサカの住民は、俺を見てもあまり反応しないことが多かった。
野生の人間を連れているパンダも時折見かけたが、人間自体珍しいことには変わりない。
猿もよく歩いていたけれど、俺に似た大きさの種類は、まず見かけなかった。ゴリラっぽい奴と、オラウータンっぽい奴に一度遭遇したぐらいである。
外国からの観光客、と言う話だった。話をしたのは、もちろんパンダたちである。
観光客、来るんだ、と内心驚きながら、俺は口を閉じて大人しく立っていた。
つまり、海の向こうでも、人間は絶滅に瀕している訳だ。オサカの民が珍しい生き物を見ても大袈裟に反応しないのは、外国から来た生物に対して礼を失しないためのマナーだろう。
発掘調査は、大きな進展もなく続けられていた。ホァンホァンは俺の提言通り、断層の周辺を掘ることに決めたらしい。
更に範囲を絞るべく、試掘を行っているようだ。埋もれる前の大阪の地図があれば、土地勘のない俺でも具体的な助言ができるのだが、そんなものがあるとすれば、その在処は、これから掘ることになっている地下数百メートル先の話なのだ。
ピンピンは一向に子供を生む気配がない。パンダの妊娠期間はよくわからないが、人間と大差ないとすると、まだもう少し先のことになる。
すっかりオサカに居ついて、時々スルグ職員であることを忘れてしまう。自分でも失念しているのではないか。
「明日、支えに会いに行くで」
ホァンホァンに言われた時、一瞬何の話か混乱したくらい、俺は王の支えの存在を忘れていた。
「僕も一緒に行っていいですよね」
一緒に種まきをしていたゴンゴンが、すかさず口を挟む。ピンピンはこの時、街へ出かけて留守だった。
「かまへんけど、ピンピン君留守番やで。後、当分帰ってこられへんし」
「ピンピン怒るかな」
「ゴンゴンが一緒に留守番した方が、怒るんじゃないかな」
ピンピンが怒ったところで、どうになるものでもない。ホァンホァンも同感のようで、旅支度を言いつけた後、立ち去った。
帰宅したピンピンは、ゴンゴンの予想に反して、落ち着いていた。
「お前が一緒に行けるなら、良かった」
続けて、
「私は、スルグへ戻ろうと思う」
と言った。
「ええええっ!?」
大仰に声を立てるゴンゴン。邸内に響き渡った声を聞きつけて、姉弟子たちが何事かとやってきた。
「シュアン王へお前を繋ぐことが出来た時点で、私の役目は終わりだ。王の支えに会える可能性があったから、これまで留まっていた。お前やソウの今後も心配なさそうだし、私がここでご厄介になる必要はない」
「でででも、僕たちの子は?」
ゴンゴンは存外に動揺している。サカスで散々他のメスに種付けしておきながら、殊更ピンピンとの子にこだわる意味がよくわからない。
「もし無事に生まれたら、責任を持って育てる。食い扶持稼げるほど仕事を覚えたら、スルグへ会いに来い」
「ううーっ」
姉弟子たちが、奇声を発した。人間で言う口笛みたいなものだろう。何やら楽しげである。
一方、ゴンゴンとピンピンは修羅場の如く真剣に向き合っており、外野の雑音など耳に入っていないようだ。
間に挟まれた俺は、動くに動けない。
「わかった。僕、頑張って勉強する」
「よし」
「やったね」
姉弟子たちが、ゴンゴンとピンピンを取り囲んだ。俺も必然的に囲まれた。




