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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第四章 四宇和平の巻
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ウォーターフロント発掘

 「ほな、ソウ君。出かけよか」


 朝食の片付けが終わり、洗濯でもしようかと思っているところへ、ホァンホァンがやってきた。

 今日は、橙白パンダのレンレンが付き添っている。


 先日の原子炉参りから、十日ほど経っていた。折角洗って天日干しした猿の着ぐるみを、また引っ張り出して着込むと考えると、面倒臭かった。


 「僕も行っていいですか?」


 「私も」


 ゴンゴンとピンピンが揃って声を上げる。近頃とみに息が合ってきたようだ。

 レンレンはホァンホァンを見た。灰白師匠が頷いた。


 「今日は街歩きで、お二方には目新しゅうねえち思うんやんけどね。じゃあ、一緒に行こうえ」


 レンレンは、たまに何を言っているかわからないこともあるが、今日は何となく意味が掴めた。それは東から来たパンダも同様で、


 「やったあ」


 「ありがとうございます」


 と喜んでいる。

 表には、またも無口な馬が引く馬車が待っていた。馬と車の仕様が同じで、前回と同一と気付いたのだ。

 御者はいない。つまりは喋れる筈であるが、あまりに喋らないので、俺の知る馬と同様、ヒヒンとしか言えないのではないか、と疑ってしまう。


 「おはよう。今日はよろしくね」


 ゴンゴンがわざわざ馬の前へ出て挨拶した。馬は、白目が覗くほど目を剥いて驚いた。


 「よ、よろしく」


 ちゃんと喋れた。ゴンゴンも俺同様、疑っていたのかもしれない。

 馬車が動き出すと、彼は早速はしゃぎ出した。


 「ねえねえ、粉焼きとか、玉焼きとかあるよ。何かわかんないけど美味しそうだね〜」


 俺と違い、オサカで初の遠出となるゴンゴンが、窓からはみ出しそうなほど頭をくっつけ外を観察している。

 実は俺も、その看板は気になっていた。


 ホァンホァン邸では、畑で採れた野菜や果物が主な食材となる。粉といえば、イナゴを砕いた物だが、この場合違うような気がする。


 「小麦ん実ぅ潰しち粉にしたもんぅ、水と混ぜち泥んごつしち、キャベツやらん野菜ぅ固むるごつ焼いたものちゃ。形によっち、粉焼きやら玉焼きやら名前が変わる」


 「へ?」


 どうやらレンレンがゴンゴンの疑問に答えてくれたらしいのだが、俺もゴンゴンもそしてどうやらピンピンも、内容を理解できなかった。


 「小麦の実を潰して粉にしたものを、水と混ぜて泥のようにして、キャベツやらの野菜を固めるように焼いたものやで。形によって、粉焼きやら玉焼きやら名前が変わる」


 ホァンホァンが通訳してくれて、やっと何となくわかった。タコは入っていなさそうだ。まさかあれらも喋ったりするのか? まさか。


 更に俺は、イカ焼きの看板を見つけて混乱した。タコはともかく、イカは食べるらしい。戸惑ううちにも、馬車の中にまで、イカが焼ける独特の香りが漂い込む。


 「いい匂い。お腹すいちゃった」


 ゴンゴンはオサカへ来てから、好き嫌いが減った。出された物を食べるしかないのと、自分で調理すると料理に愛着が湧くかららしい。


 他人の釜の飯を食う経験は大事だな、と何も(しつ)けていない俺は、彼の母ランランから頼まれた仕事が自動的に仕上がっていくのを、ありがたく眺めた。


 馬車はしかし、ゴンゴンの空腹など無視して、どんどん進む。大体、牛車じゃなくて馬車を使ったことで予想すべきだった。結構な遠出だ。


 それでも、前回の遠出の半分ほどの距離で、目的地に到着した。掘り返した土が新たな山となっている、あの方向である。

 小山の間を縫って進んだ先は、予測した通り、ホコヤで見たような巨大な穴だった。



 「食べ物の店が全然ない〜」


 当てが外れたゴンゴンは、肩を落とした。隣でピンピンが、興味深そうにあちこち視線を投げている。

 誰もワイヤを持とうとしない。引きずって踏まれたら、転んでしまう。俺は自分で端を持つ。

 犬が自分でリードを(くわ)え、飼い主と歩くようなものだ。


 「ここには食堂があるさかい、後で昼飯そこで食べよ」


 「やった〜」


 ホァンホァンに教えられた情報で、ゴンゴンはすぐ復活した。

 ホコヤと違い、そこの発掘現場は開放的だった。大体、ここへ至るまでに検問もゲートもない。

 絶えず、馬車や牛車、パンダの引く荷車が出入りしており、俺たちの出迎えに待ち受ける監督パンダも居なかった。



 レンレンが馬車を連れてどこかへ行くのと反対側へ、ホァンホァンが進む。

 俺たちは師匠の方へついて行った。穴の縁は、土を盛り上げて固めただけで、一応内側に杭を埋めてはいるものの、強度に不安を感じる。


 その縁に沿ってしばらく歩んだ後、ホァンホァンは、ぴたりと止まって中を覗き込んだ。

 俺も、灰白の背中から内側を見下ろした。


 穴の底に、白い骨のような物が、たくさん見えた。

 ぎょっとしたのは、一瞬だった。人骨にしては、距離を考えると大き過ぎるのだ。

 どう見ても、底まで数百メートルはあった。何かの構造物と考えた方が、合理的だ。


 「()()()()()()やら言うらしいで」


 ホァンホァンが言った。

 途端に、視界の端にあった物に目が行った。こちらも白っぽい塊が、周囲の土から浮いている。


 俺は近付いてみた。何かの金属が溶けて固まったなれの果てのようだ。強いて言えばアルミニウム。

 白く模様が浮き出て()びている。もしかしたら、下にある構造物は、観覧車の土台かもしれない。

 ならば、骨に見えるのも道理だった。


 過去大阪へ行ったことはなく、詳しい街並みも知らないが、観覧車なら海が近いかもしれない。

 これまでカラーパンダの街は、内陸の方が栄えていた。ただ、ここから海は見えなかった。

 掘り出された土が、穴の向こうにも積み上がっていた。


 「ソウ君、食堂へ行こうえ」


 レンレンが呼びに来た。

 食堂は昼時と見えて、混雑していた。ただ、皆黙々と食べてすぐ出ていくので、回転が早い。メニューが一種類しかないせいもあった。


 『本日の定食 水茄子とエビの炊いたん』


 席を確保すると、店員が順番に定食を運んでくる。

 主食はご飯ではなく、小麦粉を水に溶いて薄く焼いた物が十枚ばかり。それに大きめの蜜柑が五つと、おかず。

 水茄子は塩漬けにしていたのか、黄色く変色している上に刻まれているため、茄子の面影が全くない。

 エビは小エビだった。併せて煮てある。


 白米が食べたくなった。みかんの皮や、食べきれない分は、例によってゴンゴンが平らげた。

 他の客に(なら)い、一同黙々と食べ終える。


 レンレンが、持ち帰りで小エビの干した物を買った。自家農園中心献立だと、どうしても海の幸は稀になる。

 いいお土産だった。



 乗ってきた馬車は、食堂のすぐ側にいた。というのも、馬用の食事処が併設されていて、彼女はそこで食べながら時間を潰していたのだ。


 「ほんなら、こっから近いさかい、海の方を回って行こか」


 ホァンホァンの一声で、馬車は来た時と別の方向へ進んだ。

 多くの馬車や牛車とすれ違う。牛車には御者のカラーパンダが乗っている。


 土盛り山には荷下ろし専門のパンダがいて、御者のいない荷馬車からも土を下ろしていた。

 小山の間の道は広くとってあったが、遠くの方には、小山同士がつながって新たな埋立地と化した風な場所も見えた。

 どこを見ても、住人らしき姿は見えなかった。畑もない。


 「海の近くには、誰も住まないのですか?」


 車輪の騒音に負けじと、声を張り上げて質問した。


 「鳥族が住んでるで」


 ホァンホァンが応じた。パンダの街は、なさそうだった。

 やがて馬が止まった。俺は皆に続いて、馬車を降りた。



 立ち枯れた草が、ぼうぼうだった。まばらに生えた木も、飛来した種から勝手に育った自由な枝ぶりだ。

 普段から足で歩く生き物の出入りがないことが、ありありとわかった。


 海猫のような鳴き声が聞こえる。俺たちの側には、鳥の姿も見えなかった。


 「あれが海か〜」


 ゴンゴンの声に釣られて、そちらを見た。

 海だ。青黒く見える表層に白い波が立つ様は、記憶と違わない。どこまでも続く海面は、そのまま水平線へ吸い込まれていく。

 枯れ草を掻き分け、淵へ近づく。


 「足元に気ぃつけち」


 レンレンに注意されるまでもなく、慎重に歩を進めた。草で地面が見えず、草の丈が長い分、いきなり空中に足を踏み入れる危険は、大いにあった。


 思った通り、海までは崖になっていた。木の幹に掴まり、左右を見渡しても同じ景色が続く。崖と海との境は岩場で、砂浜が全く見当たらない。


 右の方を見たら淡路島でも見えるかと思ったが、島影も見えなかった。

 俺たちの立つ場所は内海らしく、大きく湾曲した陸地が続くだけで独立した陸地はなく、残るはひたすら海である。


 「(くじら)やイルカはどうしているんですか?」


 「海で生活しとるで。定期的に会合を持っとる」


 では、どこかに港があるのだ。海上に浮かぶ船影を、見たことがある気もする。


 「海の向こうにも、別の国がありますか?」


 「あるで。種族がちゃうけどな」


 そういえば、ホコヤのコアラは他国からの移民だった。()()にもコアラがいたような記憶があるが、()()()ではまだ見かけていない。


 「御師(おんし)、ぼつぼつ出発した方が」


 レンレンが(うなが)す。俺は、足元に注意しながら崖っぷちを離れた。


 「そうやな。行こか」


 帰りの馬車は、混雑する道でも、なかなかのスピードで走った。揺れが大きく、喋ると舌を噛みそうだった。

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