ウォーターフロント発掘
「ほな、ソウ君。出かけよか」
朝食の片付けが終わり、洗濯でもしようかと思っているところへ、ホァンホァンがやってきた。
今日は、橙白パンダのレンレンが付き添っている。
先日の原子炉参りから、十日ほど経っていた。折角洗って天日干しした猿の着ぐるみを、また引っ張り出して着込むと考えると、面倒臭かった。
「僕も行っていいですか?」
「私も」
ゴンゴンとピンピンが揃って声を上げる。近頃とみに息が合ってきたようだ。
レンレンはホァンホァンを見た。灰白師匠が頷いた。
「今日は街歩きで、お二方には目新しゅうねえち思うんやんけどね。じゃあ、一緒に行こうえ」
レンレンは、たまに何を言っているかわからないこともあるが、今日は何となく意味が掴めた。それは東から来たパンダも同様で、
「やったあ」
「ありがとうございます」
と喜んでいる。
表には、またも無口な馬が引く馬車が待っていた。馬と車の仕様が同じで、前回と同一と気付いたのだ。
御者はいない。つまりは喋れる筈であるが、あまりに喋らないので、俺の知る馬と同様、ヒヒンとしか言えないのではないか、と疑ってしまう。
「おはよう。今日はよろしくね」
ゴンゴンがわざわざ馬の前へ出て挨拶した。馬は、白目が覗くほど目を剥いて驚いた。
「よ、よろしく」
ちゃんと喋れた。ゴンゴンも俺同様、疑っていたのかもしれない。
馬車が動き出すと、彼は早速はしゃぎ出した。
「ねえねえ、粉焼きとか、玉焼きとかあるよ。何かわかんないけど美味しそうだね〜」
俺と違い、オサカで初の遠出となるゴンゴンが、窓からはみ出しそうなほど頭をくっつけ外を観察している。
実は俺も、その看板は気になっていた。
ホァンホァン邸では、畑で採れた野菜や果物が主な食材となる。粉といえば、イナゴを砕いた物だが、この場合違うような気がする。
「小麦ん実ぅ潰しち粉にしたもんぅ、水と混ぜち泥んごつしち、キャベツやらん野菜ぅ固むるごつ焼いたものちゃ。形によっち、粉焼きやら玉焼きやら名前が変わる」
「へ?」
どうやらレンレンがゴンゴンの疑問に答えてくれたらしいのだが、俺もゴンゴンもそしてどうやらピンピンも、内容を理解できなかった。
「小麦の実を潰して粉にしたものを、水と混ぜて泥のようにして、キャベツやらの野菜を固めるように焼いたものやで。形によって、粉焼きやら玉焼きやら名前が変わる」
ホァンホァンが通訳してくれて、やっと何となくわかった。タコは入っていなさそうだ。まさかあれらも喋ったりするのか? まさか。
更に俺は、イカ焼きの看板を見つけて混乱した。タコはともかく、イカは食べるらしい。戸惑ううちにも、馬車の中にまで、イカが焼ける独特の香りが漂い込む。
「いい匂い。お腹すいちゃった」
ゴンゴンはオサカへ来てから、好き嫌いが減った。出された物を食べるしかないのと、自分で調理すると料理に愛着が湧くかららしい。
他人の釜の飯を食う経験は大事だな、と何も躾けていない俺は、彼の母ランランから頼まれた仕事が自動的に仕上がっていくのを、ありがたく眺めた。
馬車はしかし、ゴンゴンの空腹など無視して、どんどん進む。大体、牛車じゃなくて馬車を使ったことで予想すべきだった。結構な遠出だ。
それでも、前回の遠出の半分ほどの距離で、目的地に到着した。掘り返した土が新たな山となっている、あの方向である。
小山の間を縫って進んだ先は、予測した通り、ホコヤで見たような巨大な穴だった。
「食べ物の店が全然ない〜」
当てが外れたゴンゴンは、肩を落とした。隣でピンピンが、興味深そうにあちこち視線を投げている。
誰もワイヤを持とうとしない。引きずって踏まれたら、転んでしまう。俺は自分で端を持つ。
犬が自分でリードを咥え、飼い主と歩くようなものだ。
「ここには食堂があるさかい、後で昼飯そこで食べよ」
「やった〜」
ホァンホァンに教えられた情報で、ゴンゴンはすぐ復活した。
ホコヤと違い、そこの発掘現場は開放的だった。大体、ここへ至るまでに検問もゲートもない。
絶えず、馬車や牛車、パンダの引く荷車が出入りしており、俺たちの出迎えに待ち受ける監督パンダも居なかった。
レンレンが馬車を連れてどこかへ行くのと反対側へ、ホァンホァンが進む。
俺たちは師匠の方へついて行った。穴の縁は、土を盛り上げて固めただけで、一応内側に杭を埋めてはいるものの、強度に不安を感じる。
その縁に沿ってしばらく歩んだ後、ホァンホァンは、ぴたりと止まって中を覗き込んだ。
俺も、灰白の背中から内側を見下ろした。
穴の底に、白い骨のような物が、たくさん見えた。
ぎょっとしたのは、一瞬だった。人骨にしては、距離を考えると大き過ぎるのだ。
どう見ても、底まで数百メートルはあった。何かの構造物と考えた方が、合理的だ。
「カンランシャやら言うらしいで」
ホァンホァンが言った。
途端に、視界の端にあった物に目が行った。こちらも白っぽい塊が、周囲の土から浮いている。
俺は近付いてみた。何かの金属が溶けて固まったなれの果てのようだ。強いて言えばアルミニウム。
白く模様が浮き出て錆びている。もしかしたら、下にある構造物は、観覧車の土台かもしれない。
ならば、骨に見えるのも道理だった。
過去大阪へ行ったことはなく、詳しい街並みも知らないが、観覧車なら海が近いかもしれない。
これまでカラーパンダの街は、内陸の方が栄えていた。ただ、ここから海は見えなかった。
掘り出された土が、穴の向こうにも積み上がっていた。
「ソウ君、食堂へ行こうえ」
レンレンが呼びに来た。
食堂は昼時と見えて、混雑していた。ただ、皆黙々と食べてすぐ出ていくので、回転が早い。メニューが一種類しかないせいもあった。
『本日の定食 水茄子とエビの炊いたん』
席を確保すると、店員が順番に定食を運んでくる。
主食はご飯ではなく、小麦粉を水に溶いて薄く焼いた物が十枚ばかり。それに大きめの蜜柑が五つと、おかず。
水茄子は塩漬けにしていたのか、黄色く変色している上に刻まれているため、茄子の面影が全くない。
エビは小エビだった。併せて煮てある。
白米が食べたくなった。みかんの皮や、食べきれない分は、例によってゴンゴンが平らげた。
他の客に倣い、一同黙々と食べ終える。
レンレンが、持ち帰りで小エビの干した物を買った。自家農園中心献立だと、どうしても海の幸は稀になる。
いいお土産だった。
乗ってきた馬車は、食堂のすぐ側にいた。というのも、馬用の食事処が併設されていて、彼女はそこで食べながら時間を潰していたのだ。
「ほんなら、こっから近いさかい、海の方を回って行こか」
ホァンホァンの一声で、馬車は来た時と別の方向へ進んだ。
多くの馬車や牛車とすれ違う。牛車には御者のカラーパンダが乗っている。
土盛り山には荷下ろし専門のパンダがいて、御者のいない荷馬車からも土を下ろしていた。
小山の間の道は広くとってあったが、遠くの方には、小山同士がつながって新たな埋立地と化した風な場所も見えた。
どこを見ても、住人らしき姿は見えなかった。畑もない。
「海の近くには、誰も住まないのですか?」
車輪の騒音に負けじと、声を張り上げて質問した。
「鳥族が住んでるで」
ホァンホァンが応じた。パンダの街は、なさそうだった。
やがて馬が止まった。俺は皆に続いて、馬車を降りた。
立ち枯れた草が、ぼうぼうだった。まばらに生えた木も、飛来した種から勝手に育った自由な枝ぶりだ。
普段から足で歩く生き物の出入りがないことが、ありありとわかった。
海猫のような鳴き声が聞こえる。俺たちの側には、鳥の姿も見えなかった。
「あれが海か〜」
ゴンゴンの声に釣られて、そちらを見た。
海だ。青黒く見える表層に白い波が立つ様は、記憶と違わない。どこまでも続く海面は、そのまま水平線へ吸い込まれていく。
枯れ草を掻き分け、淵へ近づく。
「足元に気ぃつけち」
レンレンに注意されるまでもなく、慎重に歩を進めた。草で地面が見えず、草の丈が長い分、いきなり空中に足を踏み入れる危険は、大いにあった。
思った通り、海までは崖になっていた。木の幹に掴まり、左右を見渡しても同じ景色が続く。崖と海との境は岩場で、砂浜が全く見当たらない。
右の方を見たら淡路島でも見えるかと思ったが、島影も見えなかった。
俺たちの立つ場所は内海らしく、大きく湾曲した陸地が続くだけで独立した陸地はなく、残るはひたすら海である。
「鯨やイルカはどうしているんですか?」
「海で生活しとるで。定期的に会合を持っとる」
では、どこかに港があるのだ。海上に浮かぶ船影を、見たことがある気もする。
「海の向こうにも、別の国がありますか?」
「あるで。種族がちゃうけどな」
そういえば、ホコヤのコアラは他国からの移民だった。大阪にもコアラがいたような記憶があるが、オサカではまだ見かけていない。
「御師、ぼつぼつ出発した方が」
レンレンが促す。俺は、足元に注意しながら崖っぷちを離れた。
「そうやな。行こか」
帰りの馬車は、混雑する道でも、なかなかのスピードで走った。揺れが大きく、喋ると舌を噛みそうだった。




