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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第四章 四宇和平の巻
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首都オサカ

 オサカの街は、カラパン国の首都である。

 最初に思ったのは、映画などで見る平安京みたいだな、ということだった。


 まず道路が広く、碁盤(ごばん)の目のように縦横直交している。マス目の中に建つ家屋は、木と石の混交で、一般的に平屋だ。たまに突き出た高い建物は、王宮か政府のものだった。


 「おかえりなさいませ」


 ホァンホァン一行に連れられて戻った家もまた平屋だが、ちょっとした邸宅の広さがあった。迎えに出たのは使用人ではなく弟子で、彼らと一緒に俺たちも住み込むことになった。


 道中質問していいという条件は、周囲に通行パンダがやたらいるため、ほとんど行使できなかった。気配が途絶えたところで、すぐさま質問など思い浮かばない。


 夜、宿でパンダたちが議論している時も、聞く方が主だった。ただ、長い期間喋らない弊害(へいがい)を、いやというほど味わったから、なるべく口を挟むように努力した。


 「ソウ君、これ食べられる?」


 「ソウ君、()乾いたよ」


 弟子たちは、俺の存在にも、俺がパンダ並みに喋ることにも、すぐ慣れた。

 道中、奇異な視線に(さら)され続けた身には、驚きだった。


 普通のパンダは、俺を嫌悪しつつ避けるのに、彼らはむしろ好奇心剥き出しで話しかける機会を窺うのだ。



 彼らはホァンホァンと高弟の身の回りを世話しつつ、勉強をしていた。

 師匠の専門は、『湧いた人間』学である。


 発掘された遺物は、人間を知るための手がかりとして、いわば()()()に研究しているのだが、弟子にはむしろこちらの知識を研鑽(けんさん)する向きが多いようだ。

 湧いた人間は滅多に現れないが、発掘品ならカラパン国のあちこちで見つかる。そっちを極めた方が、生活の糧になるという理由らしい。


 オサカに来てよかったのは、前の世界で俺が馴染んでいた技術が、いくつも生活に取り入れられていたことだ。


 まず、紙。高価なわりに、質がいまいちとはいえ、ともかくも紙がある。羊皮紙ではなく、植物繊維から作る紙だ。


 ホァンホァンの家には、この紙で作った貴重な本が何冊もあった。俺の持っていた教科書を見せたら、灰白パンダは、目と手が離せなくなってしまったので、そのまま貸してある。

 いつか返してくれると良いのだが。それに、もしあれを作れと言われても、俺には無理な話だ。


 次に布。ホコヤで毛糸みたいな物を見た時から期待していたが、オサカで目にして歓喜の声を上げてしまった。

 毛織物と、紙と同じ原料から作る物の二種類あって、どちらもまだ目が荒いけれど、間違いなく布で、紙よりは安く、その分普及率も高い。

 ちなみに、紙も布から作ることがある。考えてみれば、原材料が同じだった。


 そして、器である。ホコヤでも陶器が普及していたが、オサカで使われる陶器は、よりレベルが高い気がする。

 更に、ガラスの器があるのだ。分厚く半透明、というより(にご)りガラスだが、ガラスには違いない。その上、金属製の器まであった。見た感じで(すず)、青銅、鉄、銅と四種類はある。


 ということは、金属製の刃物もある訳だ。現にホァンホァンの家では、鉄製の刃物を包丁として使っていた。形や切れ味に難はあるけれど、木製や石製より断然切れる。



 基本的に俺は、ホァンホァンの邸宅敷地内で自由に動けた。食事や風呂は皆と同じ時間帯にするけれども、例えば食料に火を通したければ自分でやらせてもらえるし、ワイヤで繋がれることもなかった。


 ホァンホァンは、オサカに戻ってからも忙しく、俺に質問する時間が、なかなか取れないようだった。

 邸内のどこかに閉じこもっているかと思えば、出かけていることもあった。ひとりでは外出せず、常に弟子を伴っていた。


 ホコヤで付き添っていたパンダは古株で、橙白がレンレン、黄緑白がノンノン、双方雌である。

 彼女らは、師匠と外出しない時は、代理として他の弟子を監督した。ゴンゴンも、今やその末席に連なって毎日勉強、よりも下働きをしている。


 「僕、働きに来たんじゃないのに〜」


 皿洗いしながら愚痴をこぼすゴンゴン。実家にいる時、ろくに家事をしなかったツケが回り、すこぶる手間取っている。

 仕方なく俺も手伝っていた。本当は、所蔵本を片端から読みたいのだが、貴重品ゆえ鍵のかかる棚に入っていて、許可なしに読めない。


 「タダ飯喰らって泊まる部屋もあるのだから、このくらい当たり前だ」


 一緒に働くピンピンが言う。彼女もまた、俺と同じく自由に過ごしていた。弟子でもなく、ひとりで外出もできるから、俺よりも自由だ。


 ゴンゴンの妊娠中の妻、という肩書きで潜り込んだ、実はスルグ県庁職員である。

 まだ、子供は生まれていない。パンダは偽妊娠というのがあって、最後までどっちなのかわからない、と聞いた事がある。


 つまり、生まれれば妊娠していたことになるし、いつまで経っても生まれなければ偽妊娠だった、という。

 テレビで見たが、パンダの赤ちゃんは生まれた時、大人の手に載るサイズだ。人間みたいに、わかりやすくお腹が膨れることもない。

 今でもカラスか何かと連絡を取っているらしい。ホァンホァンは正体を知っている筈なのに、自由にさせている。

 この辺の事情は、よくわからない。



 「ソウ君。今日は一緒に出かけるよ」


 朝食の片付けを手伝っている時、唐突にホァンホァンが台所へ入ってきて宣告した。黄緑白のノンノンが側に控えていて、支度をするから、と俺を引き抜いた。


 「え〜僕は〜?」


 「おめぇは仕事があるじゃろう」


 「そんなあ」


 一緒に行くもの、と決めてかかっていたゴンゴンの声は、あっさり却下された。

 これまで常に彼と一緒だった俺も、何となく落ち着かない。

 ノンノンは、構わず俺を部屋へ戻す。


 「街歩きするけぇ、猿の皮を着られぇ」


 スルグで貰った着ぐるみである。ここへ住み込んでから存分に洗って干し、大事にしまってある。

 袖を通すのが、勿体無(もったいな)い気もした。だが俺に拒否権はない。

 オサカの街も見物したかった。久々に、首輪とワイヤも装着する。改めて着けると、その重みに驚いた。


 邸宅を出ると、馬車が来ていた。歩かないじゃないか。

 馬車には、(すだれ)みたいな目隠しが下がっていたが、隙間が大きめで、外の様子を眺めることはできた。


 碁盤の目状に整備された広い道路に、平屋の建物がびっしり並び、絵と文字からなる看板の前を、馬車やパンダが行き交う様子は、ホコヤと変わりなかった。


 違いと言えば、出歩く生き物の種類の多様さで、相対的にパンダの比率が低い事だろうか。

 厳密に数えた訳ではなく、あくまでも印象である。どの生物であろうと、外見から俺には雌雄の区別がつかない。


 それから、役人色の黒白パンダを見かける率は、むしろホコヤより少ないように感じられた。それだけ民間パンダが多いとも言える。


 「どこへ行くんですか?」


 「あっちゃこっちゃ行くのやけれど、大体海の方かな」


 ホァンホァンが答えた。俺が何を見てどう反応するのか、観察している風だった。

 思い返してみれば、オサカへ来てから、これだけの時間を一緒に過ごすのは初めてだ。後でいろいろ質問されるかと考えると、緊張してきた。

 仮にオサカの街について意見を求められても、俺に言えることは、お上りさんの感想しかない。


 混雑した街を抜けると、馬車は結構な速さで走り出した。街を走っている間も、他の馬車より速かった気がする。

 馬が無口なのは、時間に気を取られているせいかもしれなかった。


 だんだん増えていく建物の隙間にあるのは、畑である。麦みたいな穂が揺れているのが印象的だ。それに、樹木とは違う、煙突みたいに細長いものが、何本も建っている集落も見かけた。


 「あの細長い物が沢山建っている辺りでは、何を作っているのですか?」


 ホァンホァンは窓の外を確認して、ほおお、と感心したような声を漏らした。


 「金属を精錬してる。鉄やら銅やら。わかるか?」


 「はい」


 溶鉱炉ということだ。金属製品があるからには、炉もある訳だが、実際目にすると、興奮した。

 パンダが熱い鉄を打つ様を想像する。夏は暑くて困るんじゃないか。


 海は一向見えてこない。スルグの山を降りてから、徒歩で旅をしている間に見たような、延々と平らな土地が続く。

 来し方を振り返ると、街の方がやや高くなっているように見えなくもなく、日が差す方角などから一応海岸方向へ進んでいるのだろう、と見当がつく程度だ。


 気がつけば、平屋建ても出歩くパンダも、作物も見かけなくなっていた。

 伸び放題の草木に挟まれ、そこだけは手入れされた幅広の道を、馬車がひた走る。

 そして、停まった。


 「‥‥乗客を確認する」


 てっきり降りるのかと思いきや、検問所だった。どうしたら良いか、問いかける間もなく、馬車の扉が開けられる。

 まず見えたのが、槍の穂先だった。全員動かずにいると、後から黒白パンダが姿を現した。


 「ホァンホァン灰、ノンノン黄緑、人間、と。よし」


 石板とこちらを見比べながら確認し、こちらに話しかけることもせず扉を閉めた。馬が動き出した。

 窓の隙間から覗くと、その辺りだけ伐採され、両側に二階建ての石造建築と、それに連なる石垣が左右に伸びていた。


 途中から草木で視界が(さえぎ)られ、どこまで続くのかまでは見えなかった。侵入あるいは脱出を防ぐよりも、境界線の意味合いで作ったのかもしれない。

 ホァンホァンに尋ねてみたかったが、長くなりそうなので、ひとまず措いた。


 再び木々の間を走った。もうこの辺りには、誰も住んでいないようだ。それなのに、道だけはやけに綺麗に整備されている。

 そしてまた、馬車が止まった。


 「着いたで。降りて」


 ホァンホァンに(うなが)され、流れで俺が扉を開けて最初に降り立った。

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