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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第三章 三老五更の巻
22/50

リスペクト師匠

 買ってもらった牛皮を切りつなぎ、洗い替えの服を作った。着ぐるみに仕立てたかったが、毛の感じも違うしホルスタイン柄だ。

 余りに奇異に思えて止めにした。裁縫の腕は上がった。


 早速、『猿の()』を洗う。洗濯機も洗剤もないので、浴槽にお湯を沸かしてぶち込み、もみ洗いした。

 それだけで結構汚れが落ちた気がする。何せ軽くなった。


 拾った木と石を組み合わせた自作の物干しにかけると、仕留めた獲物を吊り下げたように見えなくもない。洗濯バサミもないから、かけ放しである。


 「この人間、皮脱いで干いとる」


 「下の皮も脱げるのかな」


 「玉ねぎみてゃーだ」


 屋根の上から、椋鳥(むくどり)の声が降ってくるのにも慣れた。

 野生の人間が洗濯干をするのかどうか、ピンピンに聞いてみたいところだ。


 椋鳥がどの程度俺の動向を報告しているのかは、もちろんわからない。日参するカラスニ子には、洗濯したり干したりする現場を見られていない。


 ピンピンから聞いているかもしれないが、それを真実として報告するかどうかは、別の問題である。

 カラスニ子は、前任者カアクローのようにお喋りではないので、何を考えているか全く読めない。


 この世界へ来て初めて、ひとつところに長居した。およそ二週間か。あまりに長いので、寿命が尽きるまでここに住むと錯覚していた。


 もともとの目的、ゴンゴンがホァンホァンと会う日がやってきた。

 前日に、椋鳥たちが色々教えてくれ、その通り準備を整えて待っていると、カラスニ子と一緒に、黒白パンダが迎えに来た。


 「おはようございます」


 雄パンダだ。


 「あれ、ホァンホァン様は?」


 昨日から落ち着かないゴンゴンが、背後を見やる。それらしきも何も、誰もいない。


 「既に現場へ向かわれました」


 「え〜、一緒に行きたかった」


 「我々もお止めしたのですが」


 雄パンダが声に苦々しさを滲ませた。苦情を言い立てたい相手がホァンホァンか、当方か、迷うところだ。

 黒白パンダとカラスニ子、椋鳥集団の護衛で、発掘現場まで歩く。


 「長かった」


 「やっと今日で終わり」


 「結構面白かったわ」


 「でも、ちゃっと家に帰りてゃあわ」


 頭上のかしましさも今日を限りと思えば、幾ばくか寂しさも覚える。椋鳥たちは、発掘現場の中まではついてこないようだ。


 いつも外から眺めていた出入り口の門までくると、カラスニ子も飛び去った。見張りのパンダが、ぴしっと姿勢を正す。いよいよ塀の内側へ入るのだ。



 「はああ〜。これはすごいね〜」


 ゴンゴンの第一声。俺も同感。

 まず、穴が大きい。露天掘りだから、深く掘るほど上の直径が大きくなる。数百メートルに達するのではないか。


 すり鉢状の斜面に沿って、道が作られている。馬より小さいロバが、荷台を引いて行き来する。荷は大概(たいがい)土や石だが、パンダも乗る。

 そのほかに、ロープウェイのような木造建築物が何本か建っていた。こちらは非生物専用のようだ。外側から見えた突き出た物は、これの一部だった。


 俺たちが入ってきた入り口と正反対にも出入り口があって、ひっきりなしに荷車が行き来していた。

 掘った土を運び出しているのだ。これだけの穴を掘れば、相当の土が余る。

 ゴンゴンと散歩している間、現場を一周するには至らなかったので気づかなかった。


 穴の淵から塀まで平らな土地が多少あって、窮屈そうな小屋が建てられていた。中から黒白パンダが出てくる。

 俺たちについてきた黒白パンダを見て、片手を上げた。


 「一足違ゃあだったな。さっき、車に乗って出発したわ」


 これも雄パンダだ。声の感じからして、結構歳をとっている。


 「空いとる車は?」


 「今は、にゃあ。ちびっと待ちゃあ、どれか戻るだろう」


 「じゃ、それまで待たせてもらう」


 年嵩(としかさ)の雄パンダは、出てきた小屋へ俺たちを案内した。

 外から想像したよりは窮屈ではなかったものの、広くはない。

 ゴンゴンとピンピンを加えて、四体もパンダが入れば、獣臭さでむっとする。室温も上がった気がする。間違いない。


 「何か出ました?」


 興味の赴く先には物怖じしないゴンゴンが尋ねた。


 「まだまだ当分掘らにゃあ、目ぼしい物は出てこん」


 壁に、図面みたいなものが掛けてあった。竹簡ではなく木の板だ。

 これまでの発掘現場との位置関係を示した図と、ここの発掘現場を上からと横から見た図らしい。


 先の図には、()()()()()が描き込まれている。ホコヤ県庁はこうしてみると随分と内陸の方にあった。発掘跡は海沿いに多い。ここの現場は、エビフリャ出土穴から割合近かった。


 「あ、早速戻ってきたみてゃあですわ」


 がしゃがしゃごとごと、結構色々な工事音がする中、年嵩パンダが耳ざとく聞き分けた。俺たちが外へ出てみると、ちょうどロバ車が、カラフルなパンダたちを乗せて到着したところだった。

 皆一様に、土埃にまみれて薄汚れて、疲れ切った感じに見えた。


 「じゃあ、あれを使うて」


 黒白パンダ同士で二言三言交わすと、入れ替わりで俺たちが乗せられた。

 乗客が乗り降りする間に、手早くまぐさを食べたロバが、ゆっくりと動き出す。パンダ三体と人間を引くのは結構な重労働だが、意外にも危なげない歩みで下りの坂道を進んで行った。


 「こんなに大きい現場は、初めて入るなあ」


 ゴンゴンが誰にともなく言う。ピンピンも、物珍しげに周囲を見回す。

 斜面沿いに作られた道が幅広いせいで、口径の割に深さはさほどでもなかった。


 それでも、数階建てのビルが、丸々入る位は掘っている。削られた土の壁を見ても、素人目には普通の土が堆積しているようにしか見えない。

 わかりやすく層になっていたり、化石のような目立つ物が露出していることもなかった。


 ところどころで、待避所のように側面を(えぐ)り取った場所があり、土を載せたロバ車などが一息ついていた。途中の分岐で正面と裏口とに分かれるよう、道を作ってあった。


 やがて、底が見えてきた。

 パンダたちが輪になって壁を掘っている。後ろにはロバ車が控え、土が溜まると登っていく。

 そこへ空の車を引いたロバが入る。何体かのパンダは空中トロッコの中へ土を入れていた。


 パンダ海戦術。何となく、空気が砂粒で濁っている感じがした。真ん中に、毛色の異なるパンダ集団がいた。


 「この辺でいいですかね」


 ロバが初めて喋った。市場で見て喋る方だと一旦認識したが、普段会わないので忘れていた。


 少し離れた場所で降り、歩いて底へ向かう。表面は乾いて砂埃が立つが、掘っている部分は色が濃い。

 底に至っても、地上で聞いた通り、何か出てきそうな雰囲気は感じられなかった。


 俺たちが近付く気配に、中央のパンダたちがこちらを向いた。どんどん距離が縮まる。ついに相対した。


 「おお、これが噂の人間やな。何か喋ってみなはれ」


 パンダ塊の中心にいた、灰白パンダが俺に話しかけた。ゴンゴンが口を開くよりも早かった。

 黒々とした瞳が、俺の目をまともに射抜いた。


 「あ、はっ。ぐおほっげほっ」


 喋ろうとして、思い切り土埃を吸い込んでしまった。それに、しばらくまともに喋っていなかったせいもある。

 ゴンゴンが、心配そうに背中をさすってくれる。珍しい。長々とむせているうち、灰白パンダの向きが微妙に変わった。


 「ま、すぐに喋るとは限れへんな。別に機会を設けたらええ」


 「ホァンホァン師。申し遅れました。こちらが、スルグのゴンゴン氏とピンピン氏です」


 「初めまして。スルグから来ました。ゴンゴンの妻のピンピンと申します。お仕事中お邪魔しました。どうぞお続けください」


 いつもならゴンゴンが喋り始めるところ、全く口を開かない。

 見ると、パンダだからはっきりと表れている訳ではないが、どうも尊敬する師匠を前にして緊張しているようだ。

 柄にもない。


 「ほな、お言葉に甘えて、続きをさせてもらおか。どのみち、ここではゆっくり話もでけへんさかいに」


 ホァンホァン師匠は、俺たちに背を向けると、周りを固めていたパンダたちと話し始めた。

 声からして、年寄りの域に入っているせいでわかりにくいが、多分雌だ。


 周りにいるパンダは、一緒についてきたお弟子やホコヤの付き添いで、現場を見ながら今後の展望や計画について見解を求められているらしい。


 「‥‥せやからセブンは」


 「して、セブンとやらは‥‥」


 呼吸がようやく落ち着く。先ほどから途切れ途切れにやたらセブンという単語が聞き取れる。

 コンビニ大手を指すとも思えない。斜め後ろで、ゴンゴンが聞き耳を立てているが、やはりわからない様子だ。


 「いずれにしても、このまま掘り進めて行くしかあらへん。エビフリャの時かて、ここの倍は掘ったものな」


 そう言うと、ホァンホァンは、くるりとこちらへ向き直った。


 「ほな、行きまひょか」

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