猿バザール
数日経っても、ホァンホァンとの対面の話は出なかった。
借家は、確かに発掘現場に近かった。ゴンゴンは、初日からそこへ通い詰めている。
「いいな〜。早く降りたいな〜」
旅中、高所から見えただけあって、巨大な穴だった。直径一キロメートル近くあるかもしれない。
そこから紐状の物や棒状の物が出ている。それらが稼働すると思しき音のほか、生き物が大勢動く気配を感じた。
「ホァンホァン様に会う前に、偵察とか視察で入ったって、いいと思うんだけどな〜」
「お前、何の資格もないだろう」
付き合わされたピンピンが突っ込む。発掘現場は石垣と木柵で厳重に囲まれており、許可なくして入れない仕組みだった。
黒白パンダによる巡回もある。彼らは俺たちを見ても、咎めず通り過ぎていった。見物自由と思っていると、同じようなパンダたちを職務質問した挙句、連行して行った。
俺たちのことは、上から伝達済みということだ。
「毎日毎日、よう飽かんね」
「あんなもの見て、何が楽しいんか」
「どうせ中に入れんのに」
「それに、そのうち入れるのにねえ」
頭上で椋鳥たちの声がする。俺たちについて回る間、ずっと喋り倒しているところから推すと、表向きピンピンの言い渡しを守っているようだった。
もし家の中に隠れても、お喋りで居場所がバレると思う。
家の中で、俺は喋る以外なら結構自由にやっていた。
風呂を沸かしたり、食材を茹でたり焼いたり。要は、火を使いこなしていた。裁縫もした。
最初こそピンピンは驚きで引いていたものの、諦めたのか慣れたのか、もう何の反応もない。
ホコヤ側が、迎えの馬車に食料を積み込んだお陰で、数日来ぶらぶらできた訳だ。
だが、ゴンゴンとピンピンの旺盛な食欲で、それも底をつきそうだった。
ピンピンは、日に日に食欲が増していた。
やはり、本当に妊娠しているのかもしれない。
「今日は、買い物へ行く」
ある朝、ピンピンが宣言した。
「じゃあ、今日は発掘現場へ行けないんだ。お店まで歩くの?」
「カラスニ子に馬車を頼んである。そろそろ来るだろう」
カラスニ子も、毎日俺たちと会っていた。彼女の場合、椋鳥集団と違って、顔を出す程度だ。
ホァンホァン一行の旅程や、ホコヤの情勢、今日みたいな頼み事のつなぎ役を請け負っている。
ゴンゴンと俺を遠ざけて話す時もあって、全部の内容は聞けていない。
「あ、なんか来ようた」
「そろそろ、食べ物買いに行く思っとった」
「馬車やね」
「なかなか、ええんじゃにゃあ」
早朝からご出勤の椋鳥が、もはや監視カメラと化している。
「おっはようございまぁす」
家の外から聞こえた声に、ゴンゴンと出てみると、予告通り馬車があった。御者席にカラスニ子が止まっている。 喋ったのは馬の方で、声からして雌だ。
「一日契約で、料金は支払い済みだから」
ピヒョタローの前では敬語だった彼女は、上司がいなくなった途端に言葉遣いを変えた。ピンピンはもとより敬語を使っていない。
「あと、購入費はこれで」
御者台から小さな皮袋を嘴で持ち上げ、投げた。ピンピンが受け取った手の中で、貨幣のぶつかり合う音がした。
「助かった」
「じゃ、私は戻る」
カラスニ子は、ぱっと飛び立った。入れ替わるように、椋鳥軍団が馬車の屋根に飛んできた。馬が歯を剥き出して動きを追った。
「あの子たちも乗せるなら、追加でもらうわよ」
「えー、重さ変わらんて」
「ずっと乗っとる訳でもにゃあし」
「飛べるでよ」
「けち」
「そっちで払ってちょう」
たちまち椋鳥と言い合いになる。
「いや。追加分は、そちらで負担すべきだ」
ピンピンが支払いを拒否したので、ますます椋鳥が騒がしくなった。
馬車の屋根幅にまだ余裕があるのに、おしくらまんじゅうの如くぎゅう詰めに身を寄せ合って、一斉に喋る。
もはや、かしまし過ぎて聞き取れない。
ゴンゴンは、騒ぐ椋鳥たちを尻目に、馬車へ乗り込む。俺も自動的に付き従った。家の中では放し飼いでも、外出時は体面を重んじてワイヤを装着する。室内犬みたいな扱いとなっていた。
「私たちお金持っとらんで、県庁へ寄ってくれんかな」
「そこで出してくれなかったら、降りてもらうわよ」
「えー」
一応、話がついて、馬車が動き出した。
「大分時間が無駄になるな」
「まあ、しょうがないんじゃないの」
椋鳥のお喋りをBGMに、馬車の中でもぽつりぽつりと雑談が交わされた。
実際には、椋鳥の何羽かが先に飛んで話をつけておいたようで、県庁に着くと待ち構えていた黒白パンダが、すぐさま馬に金を払った。
「次回から、事前にこちらへ相談してくれ」
ピンピンが呼び出されて、伝言を受け取った。
「わかった。善処する」
政治家みたいな返答からすると、検討する気がないみたいだが、この世界ではどうなのだろう。
市場は中心街から外れた場所にあって、県庁へ立ち寄った分、到着が遅れた。冬の日は短いのに、もう昼の方が近い。
「じゃ、昼休憩以外は、ここで待っているから」
馬に言われて降ろされた場所は、馬車の溜まり場だった。たまにロバ車もいた。牛車や山羊車も見かけるが、彼らは一律に綱で横木に繋がれていた。
喋るか喋らないかの違いが、こういうところで分かる。
「交代でご飯食べに行こみゃあ」
「行こまい行こまい」
椋鳥が一斉に飛び立った。
「メアラちゃん」
「あ、久しぶり」
馬は同業者に声をかけられ、そちらへ行ってしまった。馬車が入り乱れる中をすり抜けると、店が立ち並ぶ通りが見えた。屋根付きもあるものの、基本露天売りのようだ。
「うーうー」
周囲の目も構わず、唸り声を上げながらゴンゴンの毛を引っ張ったのは、毛皮を見つけたからだ。俺が今着ている猿を模したものに、色合いが似ている。一軒家へ住んでいる間に、洗い替えが欲しかった。
「え、これ欲しいの?」
ゴンゴンは、不思議そうに立ち止まる。年中脱げない毛皮を纏うパンダたちには、理解できまい。
「お客さん、お目が高い。そりゃ、羊の毛を残したまま皮を剥いだ、珍しい品だよ」
すかさず店のパンダが声をかけてきた。
「高そう」
ピンピンが横でぼそりと言う。
「たったの二十パーンでさあ」
「無理」
一パーンで一外食分だ。確かに贅沢品だ。それに、大きさを考えると、俺はそれを四枚欲しかった。
まあ、無理だろう。
「うーん。まだ来たばかりだから、他の店も見てくるね。似た感じの品で、もっと安いのがあれば、そっちを買うよ」
ゴンゴンがとりなす。俺も逆らわない。
「他じゃ扱ってないですよ。お待ちしてやす」
店主は自信満々だった。
その辺りには皮製品が多かった。よく見たら、滑した革もあるかもしれないのに、ピンピンはさっさと通り抜けていく。
「まずは食料だ」
ゴンゴンも、ワイヤで繋がれた俺も、後をついて行くしかない。
市場は広く、一つ一つ店を当たっていたら、日が暮れても買い物が終わりそうになかった。木製品、竹製品、と流し見ながら通り過ぎ、干物を売るエリアまで来た。
まだピンピンは止まらない。
「干物、買った方が、いいんじゃない?」
「食事をする」
そういえば昼時だった。見上げれば、相変わらず空に鳥影がいくつもあり、監視役の椋鳥との見分けは困難だった。
鳥はお金をほぼ持ち運べないだろうに、出先で食事など、どうしているのだろう。
「あ、いい匂い」
ゴンゴンが鼻をうごめかせた。獣の臭いに囲まれ嗅覚が鈍った俺は、視覚に頼って辺りを見回した。
簡易ながら木造の建物が連なる一角に来ていた。外から丸見えの店内では、椅子に腰掛けたパンダたちが、何やら食べている。食堂だった。
「エビフリャないかな」
揚げ物の匂いはしない。あれは、県令だからこそ用意できた高級料理なのだ。
ピンピンが選んで適当な店に入る。干果物の盛り合わせや、干魚など、火を使わないメニューが並ぶ。観光客向けではなく、地元の生活に密着した市場なのだろう。防火対策で禁止されているのかもしれない。
「あんこがない」
ゴンゴンがぶつぶつ文句を言いながら、それでも空腹だったと見えて注文をした。俺は立ち食いだ。
商品と思われたのか、多少好奇の目は向けられたものの、入店も食事も問題なくできた。
腹を満たした後は、日持ちのする食料を買い込み、帰りがけには毛皮も買ってもらって、馬の溜まり場まで戻ってきた。ちなみに毛皮は、牛皮だ。
この世界、羊以外は基本的に皮といえば毛皮である。
少なくともホコヤで、なめし技術は期待できないとわかった。
「あら早かったわねえ。猿は売れなかったの? まあ、見栄えしないものね」
馬は、同業者と喋りまくっていた。全身茶色でたてがみが黒、というお手本みたいな色合いだったのだ。
似たような馬が集まる場所で見分けがつくのか、密かに心配していたが、パンダたちは簡単に見つけ出した。
馬は、俺のことを売り物と思っている。誰も訂正しない。
「またね、メアラ」
「うん、またねー」
「ああ、疲れやーた。一日中飛び回っとった」
「あんたは、市場の店を見物していただけじゃにゃあの」
「俺は、ちゃんと仕事しとったわ」
「あんたがサボっとるところ、あたし見たで」
馬が仲間と別れの挨拶を交わしているところへ、椋鳥たちが戻ってきた。市場を巡り歩いている間、ずっと監視されていた筈だが、すっかり存在を忘れていた。




