カラスニ子
エビフリャをご馳走になった後、俺たちは護送馬車で朝の宿屋まで送られた。カアクローも一緒である。
「エビフリャ美味しかったなあ」
ゴンゴンが記憶で海老天の味を反芻している。
「もう。何で人間なんかに食わせるカア。普通、俺の分だってわかるでしょ」
「連絡がつかなかったからな」
ぼそりと呟くピンピンの声は、がたごと騒音の多い馬車の中でも、よく通った。
「だって、俺は単なる非常勤職員の連絡係だカア。まさか、隣りのホコヤ県にまで顔が知られているなんて思わなかったカア。しかも、攫われるほど重要な役でもなかったカア」
「それさあ、無理矢理攫われたら、下にいた僕たちだって気付くと思うんだよね〜」
ゴンゴンの言い分に俺も賛成。
常に上空を飛び回る鳥たちは、列をなしていることが多く、そうでなくとも何かしら規則性を感じさせる動きだった。
争いごとのような乱れがあれば、俺たちに限らず誰かしらの注意を引いた筈だ。街道には、パンダや馬や犬や猫も大勢行き交っていたのだから。
「ええと、それは、無理矢理攫われたんじゃないカア。騙されたっていうカア」
何でも、美メス烏に話しかけられて、ホコヤ名物や観光スポットについて教えてもらっているうちに、知らず航路を外れていたとか。気付けば怖い鷹か何かに囲まれていたという。騙される以前に職務怠慢だろう。
「職務専念義務違反」
黙って聞いていたピンピンが、止めを刺した。馬車の中が静かになったところで、程なく目的地へ到着した。
宿の中へ入ると、トンビのピヒョタローがいた。新たな烏を引き連れている。
「やあカアクロー、無事で何よりだったな」
疲労の滲む声にそぐわぬ明るい口調が、皮肉に聞こえた。カアクローは、言葉もなく項垂れた。馬車の中とは大違いだった。
女将に別室へ案内された。俺たちの泊まった部屋とは違い、風呂もなく、テーブルを椅子が囲んでいる。
宴会や会議に使うための部屋のようだ。椅子が余っていたので、俺は勝手に動かして腰掛けた。
特に誰も反応しない。ゴンゴンはともかく、他の面々は疲れているとみた。
まず、ピンピンが今朝からホコヤ県庁でのやり取りまでを、ざっと報告した。
「ホァンホァンがオサカを離れて東へ移動していることは、我々も把握していた」
とピヒョタローが言う。
「ホコヤへ立ち寄ることは予想していたが、お前達もここへ引き止めるとはな。本当なら、県令に会う前に、打ち合わせしておきたかったのだが」
「家には嫁と七羽の子が」
カアクローが小さく呟いた。ピヒョタローは、烏を見ないよう、殊更にピンピンへ顔を向けた。
「ふむ。それにしても、生まれてみるまでわからんが、良い手を打ったな。後で人事から届け出に必要な書類を送らせる。扶養に入れるんだろう?」
「はい。人間も扶養に入れるようなら、その分もお願いします」
ごく淡々と話が進んでいるが、お題は妊娠と入籍である。人生の一大事と思うのだが。
大体、ゴンゴンが種付けするような隙がいつあったのか、俺には心当たりがない。
でも人間と違って、事務的に受精するだけなら、さほど時間はかからないかもしれない。
「この先、ピンピンが生活費出してくれるの?」
色々気にすべき点をすっ飛ばして、クズみたいな発言をするゴンゴン。ここの世界では許容範囲なのか。
「そんな訳あるか。己の食い扶持は己で稼げ。お前の身分保証だ」
ピンピンの理屈にも疑義がある。スルグでゴンゴンの所有する俺、を囲い込みたいから結婚までするんだよな、と聞きたいけれど、俺は喋れない設定。
こうなると、どっちもどっちで、どうでもよくなってきた。
「こっちの方はそれで進めればいいとして。さてカアクロー」
「はい、ピヒョタロー室長」
俺と同じく呆然としていたように見えた烏は、姿勢を正した。
「お前には、今回の件で事情聴取を行わねばならない。ここで任を解き、共にスルグへ戻る」
「やった、じゃなくて、承知しました」
「調べが済むまで、家に帰れると思うなよ」
「カ」
固まるカアクローを放置し、ピヒョタローが話を進める。
「後任として、カラスニ子をつける。彼女はホコヤ在住で、土地勘がある」
「カラスニ子です。よろしく」
かなり年嵩の声だった。人間だと五十代手前といったところか。もちろん俺には、外見でカアクローとの区別がつかない。
「ピンピンだ。彼はゴンゴン。そこの人間は、ソウと呼んでいる」
「名前を認識している、と。興味深いですね」
カアクローよりも、油断のならない相手だ。俺は努めて反応しない。
「ホコヤから動く際は、別の者をつける予定だ」
ピヒョタローが説明を続ける。ピンピンが頷く。
「承知しました」
それから話は、ホコヤでの落ち着き先へと移った。ピンピンは家を借りるつもりだが、あてはなく、カラスニ子に頼んでいた。
テンテンには、ハッタリをかましたのだ。
流石に今日中に探して契約して引っ越すのは無理ということで、今晩は引き続きこの宿に逗留することになった。
翌日には、カラスニ子が新居を探してきた。仕事が早い。
「お供しますね」
ホコヤ県庁も、馬車と担当者を迎えに出してきた。椋鳥の集団である。県令の逃すまじ、という意思を感じる。
「よろしくお願いしまーす」
「よろしく」
「よろ」
「ちょっと、挨拶だけでてえもねえ時間が」
「あ、すみません。もう行きますよね」
「挨拶はそれ以上、結構です」
ピンピンが途中で遮った。椋鳥たちは、馬車の屋根に止まって、勝手に喋り出した。
「人間、あの変な形したのが人間?」
「サルみてゃーね」
「朝飯足らなんだ」
「まっとちゃっと起きなかん」
身構えて損した。脱力するほどの雑談だった。何を言っているのかわかるような、わからないような。
今日の馬車は、観光客も乗せられそうな、窓の大きい普通の形だ。屋根越しに音がよく聞こえる。馬は相変わらず無口である。
カラスニ子が先導のため、飛んだり御者台に止まったりするのも、前方の窓から見ることができた。
「あっ、えびせんべいって何だろう。絶対食べ物だよね〜。ちょっと寄り道しても、いいんじゃないかな」
「今は無理だ」
車内でも脱力系の会話が交わされていた。
ホコヤの街は、今日も賑わっている。パンダが一番多くいる。
繁華街を十分に見物した後に到着した新居は、賑わいからずいぶん離れた、住宅街からも外れたところにあった。この世界でよく見かける、平屋の一軒家だ。
「店がない〜」
周囲をぐるりと見渡したゴンゴンが、情けない声を出す。
「ホァンホァン様とのお仕事を見越して、発掘現場への便を最優先しました」
カラスニ子が説明した。ゴンゴンの反応は鈍い。遠い心の師匠より、近い食糧だ。
中へ案内される。椋鳥チームが、当然のごと列をなして後に続く。俺に踏まれるのを警戒して、やや引き気味なのがご愛嬌。
間取りとしては、3LDKだ。掛け流し式の風呂もある。井戸水ではあるが温泉ではないので、冬に入浴するには、窯の下に火を入れて沸かす必要がある。五右衛門風呂と同じだ。
台所にも水場と竈門があって、ある程度の調理器具や食器も揃っている。パンダの住まいにしては、豪勢な設備と思われた。
「広いね〜」
ゴンゴンも気に入った風だ。難を言えば、トイレがぼっとん式で汲み取り役に豚がいることと、ガラスがないので雨戸を開けると寒く、閉め切ると暗い。
一応、網戸代わりというか、籠目模様の竹製品が、よしずのように外側についている。
「こりゃ止まりやすくてええわ」
「ここに引っ越してまお」
「そら、あかんでしょ」
「でも期間がわからんで。多分、長なるがね」
「ここへの宿泊は禁止します」
勝手に相談し始めた椋鳥集団に、ピンピンが冷や水を浴びせる。
俺もその方がありがたい。ただ、素直にスルグ側の要望を聞き入れるとは限らず、この大きさの鳥が屋根の隙間に潜んでいても、気付く自信がない。
この先、どう振る舞えばいいのだろうか。




