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第弐章 婚約 六 軍議

 ――兄様、何を……!?


 こんな露骨に反対を唱えるなど、父母や家臣たちにわざわざ何事かと勘繰られるようなものではないか。


 危惧する愛妹に樰永(ゆきなが)は、視線を安堵させるかのように注いだ。


 ――安心しろ、(おぼろ)。下手を打つ気はない。


「断っておくが、盟に反対だと言ってるわけじゃない。だが、そのために朧が嫁ぐ必要性などないと言ってるんだ」


 途端、カルドゥーレが口角を歪んだ形に上げて嗤う。


 ――おや、おや、ずいぶんとストレートに斬り込みますね。若さ故の驕りと焦燥とも取れますが……。いや、なかなかどうして。


「若君こそ異なことを言われますな。武家同士の同盟に家の血を結ぶ婚姻は、必要不可欠。これなくしていかに盟を結ぶと言うのですか?」


 啓益(よします)の論に家臣たちは何れもうなずいている。



 それはそうだ。啓益の言い分は一分の隙もなく正論なのだから。

 

 ――だが、だからどうした? 俺はそれを崩す!!


「"利"だ」


 樰永の簡潔かつ漠然とした答えに、家中は困惑した貌でざわつきはじめた。


「俺たちは、ホドの飛竜を迎え撃つために奴らの航空騎兵が欲しい。そして、殯束(もがりづか)は俺たちと芦藏(あしくら)がそうであるように、南桓東(かんとう)宗叵(むなかた)と覇権を争っている。その上、西桓東の情勢も不安定であるばかりか宗叵になびく勢力も多い。そんな中、俺たちと盟を結んだとなればどうなる?」


「確かに、宗叵も容易な手出しができず、西桓東の諸侯たちにしても、どちらにつくべきか考えあぐねるであろうが」


 悠永(はるなが)も顎を撫でながら一考する。しかし、それで啓益は止まらない。


「なればこそ朧姫を嫁せば、その利はなおのこと揺るぎないものとなりましょう」


 だが、それは樰永とて同じだ。


「俺が反対する理由は二つある。まずひとつ目だが、殯束をそれほど信認できぬ」


「けど、お前は都での邪神討伐で共闘したって話じゃなかったか? 同行した俺や啓益は間が悪く居合わせなかったが、相当にできた御仁だと朧から聞かされてんだが?」


 永久(とわ)が鋭く斬りこむが、樰永も毅然と斬り返す。


「確かに、()()()()()()()は垣間見た。だが、あくまでもそれは尊昶個人のことだ。だが、()()()()()はどうだ」


 その一言に、大広間に集った者たちは一瞬ポカンと間の抜けた貌になった。


「どう、と言われましても……」


「それこそ、かつての三管領家筆頭『識束(しきづか)家』から枝分かれした分家にして、初代大君から、大君不在の間桓東の取り仕切りを一任された名門ということくらいしかわかりませぬ」


「そして、大君府亡き後も北桓東を統べるのみならず、西桓東にも大きな影響力を持つ大大名にございます。ともに戦う盟友として頼もしいことこの上ないと存じまするが……」


 口々に殯束の強みを述べる家臣たちへ樰永も「そうだな」とひとまずは認め、改めて口を開く。


「だが、今の殯束はクソだ」


 唐突に吐き出される罵倒に家中はどよめき立ったが、樰永は気にも留めない。


「当代当主・光昶(みつあきら)は、桓東管領という形骸化した要職と名門という看板を後生大事にしている愚物に過ぎん。事実、二十一年前の"秣代ヶ原(まつよがはら)の戦い"では、テメエが始めた戦でありながら真っ先に逃げ出し、多くの将兵を置き去りにしておめおめと生き永らえている武士の屑だ。そんな奴と轡を並べて戦えるか」


 それが事実だけに誰も二の句が継げなかった。


 ただ悠永ひとりは悠然とした声で息子に問い質した。


「結局おまえは何が言いたいのだ? 確かにそれらが事実であることは認めるが、その口ぶりでは、反対ではないと言いながら本心は反対だと言ってるようなものではないか」


「盟を結ぶにしても、()()()()()を取るべきだと言ってるんだ。誼を深くして挙句に武蔵(むさし)の二の舞にでもなったら目も当てられねぇぜ」


「適度ねぇ……。つまり、同盟はあくまでも一時的な妥協にすべきだってことか?」


 永久の指摘に樰永はうなずく。


「そもそも尊昶はともかく、ご当主殿は俺たちと対等な関係を結ぶ気などさらさらないんだ。だったら、それはそれで後腐れない相互扶助(ビジネスライク)の契約に留めて置いた方がいい」


「た、確かに……」


「うむ。あの戦で武蔵家は当主や多くの郎党を失い、今は半ば内乱状態と聞いておるからのう……。たとえ盟を結んでもイザ捨て駒扱いではな」


「万一ということもある。若君の言うように距離は取るべきかもしれぬ……」


 家臣たちから徐々に樰永の言に賛同する声が上がりはじめる。

 


 末座の商人は相も変わらず蠱惑的なアルカイックスマイルを浮かべながら、内心で感嘆を禁じ得なかった。


 ――なんとまあ……都でも拝見しましたが、窮地であればあるほど回る口ですね。完全にすべてをご自分のペースに巻き込んでおられる。さらに物怖じせぬ豪胆さ……これらもまた王に必要な資質のひとつでこそありますが、この若君はそれを理屈ではなく天性で身に着けておられる……!



 だが、啓益は鋭い視線を若き主に注ぎ詰問を緩めない。


「若の言いたいことはわかり申した。そのご懸念はまさにごもっとも。ではもうひとつの理由はなんでござるか?」


 皆も生唾を呑み込みながら視線を樰永のへと注いだ。


 朧もまた不安に揺れる瞳で最愛の兄を見つめている。樰永はそんな妹に心配ないとばかりに笑みを返す。


 そして、あっけらかな声を大広間に向かって放った。


「それは無論――んなところに可愛い妹を嫁がせられないからに決まってんだろう。()()()()()


「なっ!?」


「ん?」


「……」


「まあ」


 啓益は呻き、永久は目を点にし、悠永は憮然とした声で息をつき、月華(げっか)は口元を片手で押さえて微笑を浮かべた。


「そもそもだ。尊昶自身にしたって俺はロクに知らん。なにせ、会ったばかりだ。ロクに知らん男を妹の婿に認めてやれるほど、俺は寛容ではない」


 あまりと言えばあまりに兄莫迦な言葉に、家臣たちも義圀らも呆気に取られていた。



 唯ひとり、カルドゥーレだけは堪え切れぬとばかりクツクツと笑いを噛み殺していた。


 ――いや、いやはやまったく! やはり、この若君(プリンス)は面白い! 面白すぎる!! 


 明晰な頭脳と天稟(てんりん)の王器を持ちながら、直情的な炎熱をも滾らせている。一見成立しようもない矛盾の極致ともいえる在り方を、この少年は成立させている。


 ――やれやれ、これでも自分は枯れている方だと思ってたのですがねぇ。今やどうです? 私ともあろう者までもが、ワクワクして仕方がないじゃありませんか!! 



「……それほど言うのであれば、若自らが品定めなさったらいかがですか? 殯束の御曹司が姫の婿として能うか否か」


 啓益は歯噛みしながらも苦しまぎれに斬り返す。だが、鋭い一閃だ。


 ――ふむ。啓益殿もなかなかにしぶとい。さて、若君(ユア・ハイネス)。あなたは何と――


「無論、そのつもりだ」


 寸分の躊躇(ためら)いも見られぬ即答に、カルドゥーレは口角を上げる。


 ――ですよね。そうでなくては……。


 話にきりがついたのを見計らってか、悠永が咳払いをして周囲の視線を集める。


「二人とも、それまでにせよ。そもそも今は縁談がどうのこうのと言っている場合ではない。すべてはまず、この国難を切り払わねば話にならぬのだ」


 当主の言葉に、二人とも押し黙って座に控えた。だが、それに待ったをかける者があった。


「父様。その件に関しまして私からも発言をお許し願えますでしょうか? そもそもは私こそが渦中の存在なのですから」


「朧……っ!?」


 樰永は思わず声を上げた。まさか、自分ばかりか当の朧がここで発言するなど想定外だった。


 そんな兄に朧は視線で訴える。


 ――言ったでしょう? 兄様ばかりに闘わせはしません。そもそも、この件はやはり私自身が立ち向かうべきことだから――!!


 一方、悠永は怪訝な表情を浮かべるも別段怪しむこともなく鷹揚な仕草で「よかろう。許す」と愛娘の進言を認めた。


「ではお言葉に甘えて……単刀直入に申し上げます。兄様の言うように此度の縁談はしばし考える猶予をいただきとうございます」


 鎮まりかけた空気が再びざわつくのを感じる。だが、退きはしない。


「姫君までもいかなる心積もりか? 火急の国難の最中に鷹叢の姫とも在ろう者が我が身を惜しもうと申されるのか……!」


「あなたこそ口を慎みなさい」


 啓益が険悪そのものな声で問い質すが、朧も毅然とした態度で一歩も退かない。


「火急の国難の最中……だからこそ私は血を繋ぐだけの――ましてや飾り立てられるだけの姫になど甘んじるつもりはありません」


 そして、愛刀の蒼龍天爪(そうりゅうてんそう)を水平に構え、蒼鱗の刀身を半ばまで抜く。


「私は武家の姫であると同時にひとりの武士(もののふ)でもあります。今この時だからこそ、婚姻により誰かや何かに縋るのではなく! 倭蜃の武士として! 己の刃によって侵略者からこの国を守りとうございます! それこそが私の――武家の姫としての覚悟と責務です!!」


 玲瓏ながら凛々しい美貌で勇ましく吠える姫が放つ王気(オーラ)に、騒いでいた家臣たちは啓益も含めて再び沈黙の海に沈んだ。


 それは父母の悠永と月華に永久、さらには義正(よしまさ)咲夜(さくや)も同様で滅多に見せない彼女の苛烈なる鬼気に圧倒されていた。唯ひとりを除いて――


 ――つくづく惚れ直させてくれるよな、こいつ……!


 樰永は愛おしさと誇らしさが綯い交ぜとなった笑みを愛妹へと注いだ。それに朧も少しだけ朱に染まった微笑で応える。


 微妙な空気が流れる中、助け舟を出すがごとく義圀(よしくに)が野太い声を鳴らす。


「まあ、確かに今は縁談がどうのと言う前にまず戦だ。すべてはそれが終わった後のことだな。ひとまずは防衛戦の配置を決めようや」


 その声を切っ掛けとして話は軍議へと戻るのだった。

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