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第壱章 嵐の前の静寂 五 新政権

 一方、まんまと都の中枢を漁夫の利で掠め取った忠遠は……。


 扶桑京(ふそうきょう)大内裏(だいだいり)内裏(だいり)跡。仮宮。

 


 一月前の邪神騒動で、千年の都の象徴と言えた大内裏はそのほとんどが倒壊し、廃墟以前の荒野へと変わり果てた。


 今現在は、急ごしらえで申し訳程度に建てた仮宮で都の政務を執ることとなったのだが、その顔触れは大きく変わった。


 先の騒動により、公卿の長にして前摂権(せっけん)であった一条宮(いちじょうみや)是叡(これあき)、側近の左大臣鷲司(わしつかさ)前嗣(さきつぐ)は失脚し、その派閥に連なる公卿の多くが更迭された。


 そして、王権代行者たる摂権が座るべき上座には、是叡に代わってひとりの男が座している。


 黒衣の束帯に烏帽子という出で立ちに、顔全体を梵字が編まれた長い白布でおおった異相の公卿、四条院(しじょういん)忠遠(ただとお)である。


 その隣には、場違いとすらいえる黒と(くら)い紫を基調にした甲冑に身を包み、忠遠同様に顔を兜と総面で覆い隠した大柄な武者が仁王立ちで佇んでいる。


 一月前、四万の芦藏(あしくら)軍を率いて上洛してきた武将、宍戸(ししど)蔵馬(くらんば)丹囓(たんげつ)。当主・嵩斎(たかとき)の名代を務める家老にして芦藏最強の猛将である。


 その下座には、失脚騒動と邪神による被害で大幅にその数を減らした少数の公卿が平伏している。


 その先頭に座すのは、二名の公卿だ。


 恰幅がいい体格で公家というよりも武家に見える左眼に眼帯をした隻眼(せきがん)の老公卿、楠原(くすはら)治禎(はるさだ)


 柔弱な面立ちの壮年公卿、萩原(はぎわら)清聡(きよさと)


 二人とも、今回の人事粛清において位階と官位が繰り上がっているが、それも完全に朝廷の主導権を握っている新摂権に比べたら、微々たる些事でしかない。

 


「ほな。今後は芦藏軍四万がしばし都の常備軍になる。方々異存はあらへんな」


 それを象徴するかのように有無を言わさぬ冷たい声で刺す摂権に、公卿たちは誰ひとりとして異存どころか貝殻のように口を閉ざすばかりだ。


 だが、治禎はそのまま黙りはしなかった。


「待ちい。それは構わへんが、その()()()とはいつまでや?」


「もちろん、大内裏の再建やらがすんだ上、都の治安が安定するまでやな」


 何でもないことのようにのたまう忠遠に反駁(はんばく)したのは、清聡だ。


「お待ちください。確かに……大内裏の再建も重要な案件なれど、今都の民草は旧政権の圧政により疲弊している上、此度の一件により恐怖で困惑しておりまする。まずはそれらを鎮めるとともに、民たちの生活を立て直すことこそが急務ではおじゃりませぬか」


 しかし、それを新摂権は布の下から嘲りが含まれた失笑を返した。


「話にならへんな。大内裏は朝廷の権威の象徴や。それがいつまでも焼け野原やったら、天下に顔向けできんやろうが。何より、こんな仮住まいで政務など執れるかいな」


「そりゃそうやが、資金はどないするんや? わしらかて、民かて、ない袖なんぞ振れへんぞ」


 治禎の詰問に答えたのは、摂権の隣に佇む武者だった。


「その点は一切問題ない。大内裏再建の儀は、我らが一切合切お引き受け申す」


 その声は冥府の獄から聞こえてくるかと思えるほど暗くくぐもっており、黒光りする甲冑も相まって公卿たちを射竦めた。


 ――こん男が芦藏自慢の"鬼蔵馬"か。飼い主の嵩斎に負けず劣らず不気味な男やな。忠遠め。つくづくとんだ厄介(モン)どもを呼び寄せよってからに……!


 治禎が内心で地団太を踏むのをよそに、武者はその地獄の底からの声をさらに響かせる。


「我が主君、嵩斎公は此度の都の争乱に心を痛め、一日も早い朝廷の復権と天下安寧のため力を尽くされる所存。公卿の皆々様もどうかご助力を(たまわ)りたく(そうろう)。無論。某もまた殿から全権を託された者としての責務を果たす所存にございまする。努々(ゆめゆめ)そのことご承知していただきたい……」


 その言葉を最後にその日の朝議は幕を閉じた。

 

 

 

「まったく、一月前以上にけったいな事態になってもうたなあ」


 仮宮を後にして歩く治禎のぼやきに、隣を歩いていた清聡も憂いに顔を歪める。


「はい。結局は晴季(はるすえ)が申した通りでおじゃりました。まさか、あの忠遠殿にここまでの行動力があられたとは……」


「わしらの眼も節穴になったもんや。いつも気だるげで、やる気なんぞ少しも感じられへんかった唐変木やと思っとったんが、ようもこないな絵図を描くとはなあ」


 治禎は重苦しい息をついて己の不明を嘆く。


「今回の一件はすべて芦藏と忠遠殿の掌の上やったということですね。鎮守府(ちんじゅふ)将軍任官の件は言わずもがな、是叡殿と(ラン)帝国の密約に至るまで、そのすべてが今の状況のために」


 清聡の推論に治禎も歯噛みしながら肯く。


「せや。すべてが大掛かりな(フェイク)やったんや。まんまと騙されたわ。こら、ここからが正念場やぞ清聡」


「はい。都でこれ以上の好き勝手はさせまへん」

 

 







「と、あの二人は思っとるんやろうな。阿保らしい。あんな雑魚どもこそ何ができるゆうんや」


 誰もいなくなった仮宮でそう嘲る忠遠に、黒紫の甲冑武者が重苦しい声でたしなめた。


「戦に油断は禁物でござる。まして、敵を侮るなどもっての外」


「わかっとる。俺かて阿呆やない。それはそうと、おまえんとこの莫迦殿はどないしてる?」


「しばしは大殿の喪に服す所存……」


 主君を愚弄するような発言にも特に反応せず、淡々かつ簡潔に述べる武者へ忠遠は大きな舌打ちを打った。


「相変わらず白々しいわ。まあ、やることをしっかりやってくれるならそれでええ」


 吐き捨てるように言う摂権に、今度は武者の方が口を開く。


「それを申されるなら、御身こそすべきことをしていただきたい。黄泉比良坂(よもつひらさか)の穴を来たる日までお守りするは、御身のお役目でござる」


「そのための宮を新たに作るんは、あんたらの役目やろうが。いつまでも裸同然の宮殿では守れるモンも守れへんわ」


 そうやり返すと武者はなおも憮然と言う。


「我らにできることは、せいぜい資金や職人に工夫(こうふ)を提供する程度。建造図を描くのは御身にしかできぬこと」


「無口かと思えば、結構饒舌(じょうぜつ)やんか」


 皮肉まじりに嘲りを返すも、それ切り武者は口を一切開かなかった。


 忠遠は別段それを気にせず話を本題に切り換えた。


「それはそうと近々鷹叢(たかむら)西界(せいかい)奴原(やつばら)が事を構えるかも知れんらしいな。その際、あんたらはどないする気や?」


「殿は今のところは静観なされる意向にござる」


「ふん。()()()()()、か。相も変わらず煮ても焼いても食えへん男やで。ええやろう。あんたらの手並みを拝見したろうやないか」

 

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