第壱章 嵐の前の静寂 六 臥竜胎動
同時刻。大内裏、朝堂院跡地。
そこはアイアコスらホドの軍勢が陣を立てている場所だ。
白いオルドが立ち並び、赤・青・緑・茶の飛竜数十頭が佇み、民族衣装に身を包んだ将兵たちが整列し、その先頭にアイアコスたちがいる。
彼らは、一様に瓦礫と澄み渡る蒼穹、遥か先の市街以外は何もない空間に視線を注いでいた。
だがやがて、その何もなかった空間にひび割れたような亀裂が生まれる。
その亀裂は瞬く間に広がり、そこから黄色と白を基調にした一回り大きな飛竜が二頭づつで牽引する、鋼で補強されたオルド竜車が九百台出現した。黒い皮鎧を身に着けた御者が二名ずつ手綱を握っている。
その錚々たる軍勢こそ、アイアコス自身が選りすぐった精鋭中の精鋭にしてホド軍の本隊ともいうべき『紫雷竜騎士団』である。
この軍団のオルド車は何れも城や国を攻め落とす戦車そのもの。アイアコスのオルド同様空間歪曲により外観以上の広さが備わり、最大で五百騎の騎竜隊が収まっており、それらを賄うための兵糧や餌の羊、厩、兵たちの宿舎までが完備されている。
その上、ホドで産出される魔除けのミスリルや最高峰の硬度を持つオリハルコンなどで補強されているため、火矢や滅多な攻撃や魔術でも傷をつけることすらできない。逆にこちらが矢や投石を放つための隠し戸まで備わっている。
さらに駄目押しとして、それらを牽引する飛竜もまた別格だ。飛竜の中でも極めて純血の竜族に近く力も速度も最高峰な上、雷と風のブレスは最上級の魔術防護すら突き破る力を持つ嵐神竜は一頭で一万の軍勢に相当する武力を持つ。
また当然のことながら、これらを駆使する千八百の兵たちの練度や技量も高い。
まさに、ホド最強――否、セフィロト最強の部隊といっても過言ではない。
彼らは本来、西方の大国『ヴァルトシュタイン王国』への備えに付いていたのを、アイアコスの要請とその空間転移魔法で遥か東であるこの地に召喚したという次第だ。
召喚された軍団はすぐさま停止し、御者を務めていた黒衣の千八百の兵たちを先頭に、その後ろへオルド車から総勢四十五万の将兵が進み出て、すぐさま主であるアイアコスの前に整列して跪く。
しかし、その中から金色が光のように駆け抜けてきた。
「ステラちゃん!」
それにユリアが狼耳をピコピコさせて駆け出すと、同じく狼耳をピコピコさせて彼女より頭ひとつ分小さい金髪の幼女がその懐に駆け込んで抑揚のない声で挨拶する。
「お姉ちゃん、久しぶり」
彼女の名はステラ・シルグヴァイン。ユリア・シルグヴァインの二つ下の妹で、ともにアイアコスの弟子にして近衛のひとりだった。
姉妹水入らずの再会を微笑ましく見守っていたアイアコスたちは、その後ろから柔和な顔立ちをした初老の騎士へと視線を向ける。
「よお、坊たち。こっちじゃ、いろいろと大変だったみてぇだな」
その騎士は、まさに好々爺という形容が相応しい初老男性で貌や仕草に身振り手振りから温かみと安心感を抱かせた。
「いえ。セヴさんこそいきなりの要請に応えてくれて感謝します」
アイアコスは仮面越しでもわかるほどに穏やかな声音で謝意を述べた。
すると、初老の騎士は照れくさそうに頭をかいた。
「よせ、よせ。俺ぁ、今や坊の家臣のひとりだ。それが主命に従うのは当然のこったろう」
「叔父様。衆目ですよ」
レイヴンが苦笑してたしなめる。
「おっと、いけねぇ、いけねえ」
と、咳払いした。
そう余談だが、この二人は叔父と姪である。
二人ともアイアコスの生家の分家であるクローセル家の出身で、名をセヴランという。アイアコスやリュカたちを子供の頃からかわいがってくれた人物で、今は側近のひとりとして力を尽くしてくれている。
アイアコスのみならず、ホドの民からも親しまれており、紫雷竜騎士団の指揮を任されていることからも、その信頼のほどはわかるだろう。
姪の注意でゼヴランは折り目を正し、膝を突いて拱手する。
「何はともあれ御下命に従い参上いたしました。閣下、何なりとご命令を」
アイアコスもそれに主として応える。
「では命じる。戦だ。倭妖のサムライどもから宝を奪い返す」
「へえ? それにしてはずいぶんと物々しいじゃないか。こいつらを呼び寄せるほどのことかい?」
首を傾げるセヴランに、アイアコスは嘆息しながら説明する。
「生憎とただの宝じゃない。じゃじゃ馬すら真っ青な暴神だ。ついでそのお眼鏡に適ったサムライというのが、それなりの大身でな。最大兵力は騎兵十七万騎に水軍七百艘だそうだ。おまけに冬戦になる。こちらから攻める以上まとまった兵力と装備に準備がいる」
「そりゃ難題だなあ……」
「加えて、あの女王様と直接話をさせろなんて身の程知らずを平然と吐けるガキだ」
そこへリュカが混ぜっ返すように付け加えた。
「そりゃまた剛毅だな……」
セヴランは、素直に感心した面持ちで息をつく。
「さらに加えるならば、アレには何をしでかすかわからん凄みがある。刻鎧神威の扱いは今でこそ拙いが、何れはものにしてしまうだろう。その前に叩く」
断言する主に、臣下たちは一様に表情を引き締め首肯する。
「とは言え、目的はあくまでアフリマンの奪還であって国を落とすことではない。その戦略目的は違えぬように。準備が整い次第。秋羅国へと飛ぶぞ」
アイアコスが最後にそう釘を刺して号令すると、勇壮なる将兵たちは何れも「応!!」と豪声を重ね鳴らすと、各々の持ち場に付きはじめた。
そして、号令を終えた竜の将は自然と北の方角へと身体と視線を向けた。
――鷹叢樰永。事がここまで至った以上、おまえに退路はないぞ。正式な王命が下された以上、私も容赦はしない。見せてもらおうか。天下を統べるとのたまった、おまえの真価を。それに――
「聞いてみたいことも多々あるしな」
その無意識なつぶやきを聞いた者は誰もいなかった。




