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第壱章 嵐の前の静寂 四 蜜月の時

 陽の光に照り輝く雪原の麓(ふもと)に白い煙と舌鼓を打ちたくなる香ばしい匂いが燻っている。


 そして何より、この神秘的な景観にはお世辞にも似つかわしくない擬音が轟いていた。


 その元凶はというと……。




「むっふ~~! うまいのです! 美味なのですぅ!」


 白金のストレートロングを後ろに流し、黒曜石のごとき双眸、透き通るように白い肌を這い回るように刻まれた濡れ羽色の刺青が特徴的な美貌の少女が、ご満悦とばかり貌をほくほくさせながらこんがり焼け塩をまぶした鹿肉をむしゃむしゃと頬張っている。


 黒と白の二色が際立つ衣(ドレス)が肉の油や塩で汚れるのもお構いなしだ。


 この黙ってさえいれば絶世の美少女とも言うべき乙女こそ、アフリマンの実体化した姿だ。


「お口に合って何よりだ」


 樰永(ゆきなが)は自らも狩って捌いた鹿肉を食しながら、満足そうな相棒に苦笑を浮かべる。


「ええ、本当に美味しい鹿ですこと……」


 朧(おぼろ)もゆっくりと咀嚼(そしゃく)しながら花のような美貌をほころばせている。

 

 樰永たちは雄鹿を仕留めた後、地上に降りそこで小休止とばかり焚火を熾(おこ)し、鹿をいくらか捌き持っていた塩をまぶして焼き、倒れた大木に腰を下ろして昼餉(ひるげ)をとっていた。残りは燻製(くんせい)として持ち帰るつもりだ。


「ふぅー! たらふく食べたら眠くなったのですよ~~。じゃお休みなさいなのです……」


 鹿肉を平らげた途端、雪の中へ大の字になって倒れたかと思う実体化を解き、器のシャムシールに戻っていく悪神に兄妹はいずれも呆れ顔を禁じ得なかった。


「まったく、どこまでも身勝手な神様だ……」


 樰永はげんなりとした貌でぼやくと、朧も焚火の後始末をしながら苦笑する。


「この子が聞けば、当然のごとく自分にとって褒美だとのたまうのでしょうね」


「違いない」


 兄が相槌(あいづち)を打つと、朧は不意に改まって口を開く。


「兄様はどう思いますか? 黄泉津大神(ヨモツオオカミ)が言ってたこと……。まともではないにせよ。いろいろと気になることを口走っていました。まさか、倭蜃(わしん)国の建国王で在らせられる磐余零犰那王(イワレオグナオウ)の名前が出てくるとは思いませんでしたけれど」


 それに樰永も神妙な面持ちでうなずいた。


「ああ、それと同時に聞きなれぬ名前もな。確か、"鬼無驅王(キナシカルノオウ)"だったか? 王と付くからには昔の王の名なのだろうが、俺の知るかぎり倭蜃王家の歴代王にそんな名前の王はいない」


 そう樰永が引っかかっているのは、そこだった。

 


 あの扶桑での一件から推察するに、扶桑の都とは元々あの禍神(まがつかみ)を封じるための巨大な結界だったのだろう。


 そう考えれば、そこで初代国王である磐余零犰那王の名が出て来るのは、むしろ自然なことだと言える。


 しかしだ。先にも言ったように鬼(・)無(・)驅(・)王(・)という名の王は倭蜃の歴代王の中に存在しない。


 ここで倭蜃王家の歴代王と大まかな歴史を説明しよう。

 


 初代国王・『磐余零犰那王(イワレオグナオウ)』


 後の倭蜃国――極東大陸に蔓延る壱百八の豪族と妖魔四十八を征し、統一建国を成し遂げた稀代の英雄王。


 元は村ほどの勢力しかない弱小氏族の長であったが、万夫不当ともいうべき武技を誇った大豪傑であり、当時国家とも言えぬ無法地帯であった極東大陸を五人の朋友とともに各地を斬り従え、初の統一国家を現出させた倭蜃最大にして最古の英雄だ。


 その晩年は体制の基礎作りと北方應州の民族との融和に努めた。その治世二十年。


 そして、彼を支えた五人の朋友こそが今現在の朝廷の主権者たる五大摂権(せっけん)家の始祖に当たる。当時は伍大(ごだい)大臣(おおおみ)と言ったが。



 まず筆頭大臣たる『尭臣(タカトミノ)火濟(ホズミ)』


 磐余零犰那王の乳兄弟で無二の親友にして懐刀。後の一条宮(いちじょうみや)家の始祖。


 統一戦争の頃から王の頭脳として戦略や戦術のすべてを取り仕切り、その後の王朝の統治システムをも構築した稀代の辣腕家である。彼の描いた国家設計図により倭蜃王朝は未曽有の繁栄を遂げる土台をこしらえたのだ。


 また屈服させながらもいまだ独立心と反骨心が強い應州(おうしゅう)を複数の郡に区分けした張本人でもあり、さらに言えば、当時から今にまで至る應州の苦難の歴史の口火を切った張本人でもある。


 樰永をはじめとした應州の民にとってはあまり馴染めず、好ましくない人物と言えた。


 磐余零犰那王の死後も二代国王に仕え、その治世を大きく助け国内安定に力を尽くした。



 次に軍事を統括した大臣『焔部(ホムラベノ)武良慈(ムラジ)』


 後の鷲司(わしつかさ)家の始祖。磐余零犰那王の臣下の中で最強と謳われた武人であり猛将。あらゆる不利な戦でも先陣を切って王の道を切り拓いた無双の益荒男であり、火濟と並んで王の両翼と称された忠烈の義士。


 だが、酒色を大いに好むなど様々な問題行動も逸話として残っている。良くも悪くもアクが強い人物でもあったらしい……。


 磐余零犰那王の死後は火濟とともに国のため尽力するが、酒色が祟って十年後に病死。伍大大臣の中では最も早世であった。



 三人目は財政を司った大臣『諏我(スガノ)亞琵(アビ)』


 後の楠原(くすはら)家の始祖。元は敵対部族の族長であったが、磐余零犰那王の人柄に惚れ込み自ら下った経緯を持つ。武良慈とも互角に競り合う槍使いであるなど武勇にも優れたが、同時に吝とも評される米粒ひとつ無駄にすることを許さない倹約家という一面もあった。


 殊に金遣いが荒い主と朋友たちの財布の紐は彼が一手に握っていたという逸話が千年後の現在にまで残ってるほどだ。


 伍大大臣の中では最も長命で磐余零犰那王の死後も四代の王に仕えるも、時の暴君であった五代国王に諫言した結果刑死の憂き目に遭うも、六代国王の御代に名誉は回復され【真の大臣】と今現在も讃えられている。



 四人目は外交折衝を担った大臣『彌輪(ミワノ)聡里(サトリ)』


 後の萩原(はぎわら)家の始祖。文武にも優れたが、それ以上に交渉事や調停を得意とした人物。統一戦争でもその巧みな話術と温厚な物腰で多くの部族を傘下に引き入れた。


 王朝の創建後は、外交折衝を一手に引き受け、その辣腕を遺憾なく発揮した。


 海を隔てた当時の東西(エイジア)大陸中原を占めた驍(シァォ)帝国とその隣国であり、東西(エイジア)大陸東部から南南東に突出した半島を領土とした騎馬民族の流れを汲む強国・聖句麗(ソングリョ)(現在の東呀(トンチョク)・斉滸(チェホ)・夏秦(ハチン)に当たる)との外交折衝でも一歩も退かなかった。


 ただ主君をはじめとした我も個性もアクも強い五人の取りまとめに生涯苦心したという苦労人の逸話も残っているが……。


 伍大大臣の中では亞琵に次いで長命で三代国王の家庭教師を務めた。



 最後に宮廷の庶務を取り仕切った大臣『凌延(シノノベノ)遠瑞(エンスイ)』


 後の四条院(しじょういん)家の始祖。伍大大臣の中では最年少であったが、超人的な弓の名手であり武良慈と亞琵に並ぶ武功を上げた剛の者であり、さらには火濟と並ぶ機略と戦術を持つ名将であったという。


 五人の大臣の中でも磐余零犰那王を最も敬愛していたと言われ、彼が崩御した際には人目も憚らず号泣しその亡骸に縋り付いたという逸話が残されているほどである。


 王朝創建後は目だった功績はないものの、大臣のひとりとして王家と宮廷の庶務と綱紀に力を尽くしたとされるが、最愛の主君の崩御後はすっかり意気消沈して家督を子に譲り自らは野に下った。


 その後、主君の後を追うがごとくひっそりと病没した。


 なお、凌延家は伍大大臣の中では序列は最下位であったが、王家が倒れ四条院と姓を改めた後は三位の序列にまで家の位階を上げている。


 

 何はともあれ初代王の死後、この五人の大臣たちによって今に続く朝廷の形が整えられたと言えるだろう。


 では、改めて歴代の王たちの治世を見てみようか。




 第二代国王・『蛙那火邊王(アナホベノオウ)』


 先王の嫡子。頭の弱かった父王に反して文に長けた才覚の持ち主であったという。


 前王が遣り残した国のおおよその体制を整え、晩年は北国應州の乱に悩まされる。ただ病弱でその治世は十二年ほどであった。

 


 第三代国王・『神流雫王(カンナダノオウ)』


 先王の三男だが、嫡男と次男が立て続けに亡くなったため後継となる。武闘派にして文治の王。彼の時代で倭蜃王国の国家体制と法整備は完成し、應州の平定にも成功するなど歴代の王たちの中でも典型的な名君の好例として評価されている。


 その一方で怜悧かつ冷酷な人柄でも知られ、自らに反抗する者や勢力は断固として弾圧し処断するなど恐れられた。


 殊に、上記の應州征伐では、和解の場を設けると言いながら指導者たちを誘って一塊となったところを謀殺するなど、その統治はひたすらに非情かつ酷薄であった。


 それ故今なお、應州の民からは怨敵として憎悪の対象となっている。治世は三十三年。

 


 第四代国王・『嘉良玖珠王(カラクスノオウ)』


 先王の嫡子。怜悧さが際立った父王に反して温厚かつのんびりとした人柄であり能力も平凡で、可もなく不可もなしという統治を施行。


 凡君という評価が目立つも、逆に言えばそれだけ先代の統治システムが完成されていたともいえ、それに外れることなく治世をまっとうしたことから、聡明な明君という評価もされている。


 治世は二十五年。

 


 第五代国王・『奸寧王(カンネイオウ)』


 先王の嫡子。皇子(ミコ)の頃から短気かつ癇癪持ちで知られ、暗君な上に暴君。政には一切興味を示さず臣下に放り投げだった上、好色に耽り国中の女を美女と見るや、独身・人妻・未亡人問わず収拾した挙句に飽きたら殺すという所業を為した。結果、実弟にクーデターを起こされ弑逆される。


 治世は三年。歴代の王の中でも最短の治世であった。

 


 第六代国王・『葛山畿王(カツラギノオウ)』


 先々王の四子で奸寧王の実弟。生真面目で神経質な性格で知られた。


 妾腹の庶子であったが、次兄と三兄が謀反という名の言いがかりで粛清された挙句、自分にまで刺客を放つなど崖っぷちに立たされていたことに加え、兄王の所業に業を煮やし、臣や民に望まれていたこともあり簒奪を決意。


 兄王を弑した後、玉座に就き乱れた国政や財政を立て直す。ただ、それ故か心労も大きく上記の性格も手伝い治世はわずか十五年であった。


 しかし、その短命の治世で国を持ち直させた手腕は大いに評価され、今に至るまで稀代の賢君に数えられている。

 


 第七代国王・『阿頼耶日武尊王《アラヤヒノタケルノオウ》』


 先王の嫡男。倭蜃王朝二大暴君の一角。ただし倭蜃の武威を高めた戦王の一人。民に重税を課すも軍事力を強めるなど富国強兵に大いに貢献した他、元から独立性の高かった豪族たちと奸寧王の愚政によって分散気味だった権力を王の元に集約し王権を強めた。


 実際、彼の存命の間、内乱はほとんどなく驍(シァォ)帝国も一切手出しができなかった。治世は二十一年。

 


 第八代国王・『旭日古岐志王(アサヒコキシノオウ)』


 先王の次男。嫡男は謀反の疑いで廃嫡された。勤勉かつ信心深い賢君として臣民に慕われ、上述の父王とは対照的。先王の重税を軽くしつつも商業や経済に力を入れ、内治充実に努めた。


 新たな寺院を建立し美術にも理解を示すなど文化を高めることにも貢献した。治世二十三年。

 


 第九代国王・『朱璃櫛涙王《シュリノクシナダノオウ》』


 先王の三女。倭蜃王朝唯一の女王。父の死後、後継者争いに明け暮れる兄たちに業を煮やし、自らも参戦して兄たちを降し王位を獲得。父や祖父の路線を同時に踏襲する。


 軍事と内政をさらに拡充し、應州で見つかった黄金や銀の鉱脈を有効活用して財政を潤し、後の繁栄の礎を築いた女傑。


 ただし上記の政策は應州の民をさらに締め上げるものであったため、少なくない禍根も同時に遺した。治世三十年。

 


 第十代国王・『須佐塰瑞王(スサアマミズノオウ)』


 先王の嫡男。中興の祖と評される倭蜃王朝最高の名君。


 母から赤ん坊の頃から政治と軍事を学んだと評されるほどの英才教育を受けた麒麟児。齢十歳で母の補佐を太子として務めた。


 曾祖父、祖父、母が高めた国力と軍事力を背景に、自らも身分に関わらず有能な家臣団と軍団を組織した。


 内政・経済・軍事の三拍子をさらに充実させ、度々攻め寄せていた強国・聖句麗(ソングリョ)を逆に攻め滅ぼして、版図に収めるなど倭蜃王国を随一の大国へと押し上げた。


 また、應州の自治権を拡大するなど懐の深さと寛容さの持ち主でもあった。これ以後、王家と應州は共存に近い形で安定した関係を築くことになる。


 それ故に彼の王の人気は應州でも高かったりする。かくいう樰永も幼少時彼の武勇伝に心を弾ませたひとりだ。


 王家が滅びた今なお、彼の王の治世は「黄金の時代」と絶賛されている。最長の治世六十七年。

 


 第十一代国王・『白鴨部王(シラカベノオウ)』


 先王の嫡子。その治世のほとんどは父王が残した優秀な家臣団に頼りきりで、本人は酒色に耽るなど暗君と評されがちだが、その一方で福祉事業に力を入れるなどの面もあった。治世十八年。

 


 第十二代国王・『亜良那須紫崑王(アラナスノシコンオウ)』


 前王の末子で継承権は下位も下位であったが、謀略と暗躍で父王や兄皇子たちを抹殺。血みどろの玉座に座る。


 猜疑心が強く残忍で玉座に就いた後は徹底した管理統制を布き、自ら直轄の親衛隊にして諜報密告部隊を組織し、臣下臣民すべてを監視下に置いた恐怖政治を敢行した。


 結果、阿頼耶日武尊王と並ぶ倭蜃王朝二大暴君としての評を遺す。治世四十五年。

 


 そして、第十三代国王・『豊陽阿須那部王(トヨヒアスナベオウ)』


 先王の六子で倭蜃王朝最後の王という以外すべての詳細が不明。治世は三十五年で、その間の記録がどういうわけだか綺麗に剥ぎ取られたかのように抜け落ちてしまっているのだ。


 その後はそれこそ、彼の王を最後に王家は途絶え、残された五大摂権家の合議制に取って代わられたぐらいしかわかっていない。



 これが倭蜃王家歴代十三人の王だ。そこには、どう読み返してみても"鬼無驅王"という名も存在も一文字すら出てこない。




「私も聞いたことがありません。ただ、邪神の口ぶりから察すると磐余零犰那王同様にずいぶんと怨恨を抱いている相手であることは確かなようですが……」


 朧も顎に手を当てて推論を口にする。


「まあ、支離滅裂なババアではあったが、あの執拗な恨み節までもが虚偽とは考え難いな。ただ今考えるべきは、引っ込んじまったババアよりもセフィロトのことだ」


 兄の言葉に、朧は兄が帯刀しているアフリマンの器であるシャムシールを見つめて疑問を口にする。


「そう言えば……邪神討伐の際に変化した刀は元に戻ってしまったんですね」


 先日の邪神との戦いで樰永は、アイアコスの助けもあり刻鎧神威の器である剣を自らが使いやすい大太刀の倭蜃刀へと変化させたのだが、戦いが終わるとそれは元のシャムシールへと戻っていたのだ。


「ああ、あれは刻神の応用による一時的な形態だそうだからな。やはりあれはアイアコスの助けがあっての物だということだろう」


 樰永は自然とシャムシールの柄を握りしめながら決然とした声を響かせる。


「だが、コツは掴んだ。あの感覚を己の物にさえすれば、あの形態を維持することは可能なはずだ。さすれば刻神の完全な習得にも繋がる」


「はい。兄様なら必ず成し遂げられます」


 朧も真摯に満ちた声で肯定する。


 その声と眼差しにこめられた言葉にできぬほどの己への信頼と愛情に、樰永は己の奥底に堰き止め続けた愛おしさが急激に溢れ出るのを禁じ得なかった。


 そのまま朧を抱き寄せる。


「きゃ! 兄様っん……」


 顔を朱に染め上げ戸惑う声を出す愛妹の唇を己のそれで塞ぐ。たちまち花のように香しい芳醇な匂いが鼻孔を刺激し、想像以上に柔らかい口唇の感触が理性を深く蝕んでいく。


 朧はそれに舌を入れて応え、樰永も己のそれを突き入れて返す。互いに無我夢中で啄み合う。


「ぷはっ! はあ、はあ……」


 一旦唇を離すと、互いの口唇を唾液が繋がって伝う。


 愛する妹(おんな)の黄水晶(シトリン)の瞳が蠱惑的に潤む。それがますます欲情を止めどなく煽り立てた。


「朧……っ」


 堪え切れず再び唇を貪る。そこから行為は超過(エスカレート)していく。


 愛妹を抱きすくめた手は背中から臀部(でんぶ)へと自然に移っていき、遂には太腿へと至って、その艶めかしい感触を堪能する。


「に、兄様っ? そこは……めっ」


 朧は堪らず上ずった声音を鳴らす。


 だが、それは樰永にますます理性を手放させる一助にしかならなかった。


「駄目だというなら、今すぐ突き飛ばせよ。けど、それでも放してやる気は、ないけど、な!」


 開き直ってそういうや否や、そのまま後ろの雪原へと朧を押し倒す。


 ともに深く積もった雪の中に埋もれたが、寒さを自覚することなく兄妹(ふたり)はしばし見つめ合った。


「ずるい……! そんなの、私の答えだってわかってるくせにっ」


 押し倒された朧は紅潮した顔で熱い息を吐いてそう迸ると、今度は自分が兄の唇を啄みにいく。


 樰永も妹を抱く手を胸に持っていき、掌(てのひら)にすらあまる豊満かつ弾力に富んだ感触を愉しむ。


 互いに心の臓が破裂するのではあるまいかというほどに早鐘を打っているのがわかる。


 頭の芯が熱くなって双眸には互いの姿しか映らず。


 雪や風の冷たさも、どこにいるのかさえも今の二人は意にも介さなかった。


 いや、眼中にさえなかった。


 ただただ互いの感触と体温があるだけだった。


 ただそれだけの幸せを甘受していた。

 

 樰永は、湧き上がる衝動と焦燥に駆られるがごとく愛する妹(おんな)を求めた。

 


 ――愛しい。そんな言葉さえこの熱情を表すには不充分すぎる。溢れかえる気持ちを伝えるには時なんていくらあっても足りない……!

 

 朧は、痺れ蕩(とろ)けるような多幸感に耽溺していた。

 

 ――幸せ。今この瞬間、この刹那が永久に続けばいいのに。そう想うこの気持ちが罪だというなら私は喜んで地獄に行ってもいい。だって、このヒトを愛したことを過ちなんて決して思わない。

 


 だが、やがて二人は身体を離して、乱れた衣を直した。

 


「今はまだこれが精一杯だ。俺たちが、人目も憚らず結ばれるには何もかもが足りない……」


「はい」


 その言葉で顔を翳らせる愛妹の両肩を両手で抱いて、こう続ける。


「だが、俺は必ず足りない物を手に入れてみせる。必ず、この世界に俺たちを認めてもらうだけの手柄を打ち立ててみせる」


 いや、本来なら手柄などでどうこなる問題じゃないだろう。そもそも足(・)り(・)な(・)い(・)ではなく御(・)法(・)度(・)な問題なのだから当然だ。


 しかし、どのような願いでもまずは望まなければ話にならない。だからこそ――


「それもただの手柄では駄目だ。天下を治め得る手柄くらいは収めねばな」


「まるで天下は、私たちのことのついでみたいな言い方ですね……」


 朧がどこか呆れて言うのを、樰永はあっけらかんとした声で言い放った。


「馬鹿を言え。それはそれ、これはこれだ。おまえと結ばれることも、天下を一統することも俺の中ではどちらも大切な仕儀だ。そもそもそれら二つを両立させることこそが俺の目標だからな。あえて言うならだ。一石二鳥と言え」


「滅茶苦茶です……」


「元より承知の上だ」


 ジト目で睨む妹に兄は挑むような目線を向ける。すると、どちらともなく吹き出した。


「深刻どころの話じゃないはずなのに……。兄様に言わせれば、何だかどうってことのないような話に思えて来るから不思議です」


「それは誉め言葉か」


 茶化す体で訊ねる兄に、朧はその美貌を花のようにほころばせて首肯する。


「はい。もちろん」

 

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